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えらいこっちゃ・9

 下校後、そのまま弘樹の家で勉強会をはじめていると、やがて芳樹が職場から戻る。それぞれの家には電話で連絡を入れ、勉強会が終わったら芳樹が責任をもって家に送るという事になっている。


「おじさん、ホンマにお世話になります」

「うちの親からも、よろしく申し上げてくれと言うてました」

「これから、よろしくお願いいたします」


 中学生たちが折り目正しく挨拶するのを芳樹は好もしげな表情で見ていたが、余り大仰な事もできないから気楽にやってほしいと言った。


「金と銀の玉、何や光が強くなっとらん?」

 弘樹の言葉で、神棚に乗っかった金銀二つの宝珠に皆の視線が向けられる。

「職場では、おとなしゅうポケットに納まっとんのやけど、鳥居を潜った途端飛び出すねん」

 そう言えば部屋に入ってくる芳樹より少し先に勝手に飛んできて、部屋の神棚に納まった。それを見ても四人の中学生はもうこんな現象も慣れっこで、騒がなかった。


 芳樹の話では、金と銀の小さなおキツネ様は小さな玉になった後、芳樹の後をくっついて離れないらしい。夜寝る時も、枕の右側と左側に居るそうだ。

「食事のときは膝のあたりにおるし、風呂までついて来るんやで」

「何だか良くなついた子犬か子猫みたいですね! 良いなあ、かわいいなあ」

 杏は心底羨ましそうだ。すると「かわいい」と言う言葉に反応したのか、二つの宝珠は左右に小さく揺れた。

「ほんま、おもろいなあ」

「この子達、ほんまにおじさんが大好きなんですね」

 美穂は感心していた。確かに芳樹は柔らかく穏やかで明るい雰囲気をいつもまとっている。これが「気」と言うものなのだろうかと龍生は思う。人外のものとは言え、これほど好かれるのも芳樹の人徳なのだろう。


 勉強会が済んで、女子二人を送り終えた後、龍生だけ夕食を御馳走になることになった。


「そうかあ。龍生君のお父さん、海外に行かはるんか」

 勤め先の会社が新しく海外に生産拠点を作るそうで、その総責任者となることが決まったらしい。

「はあ。その準備で母も今週は東京です。本当は母も父に付いて行きたいのでしょうが、俺の進学が有るから日本に残る事にしたみたいです。生活費さえあれば、俺一人でも暮らせんことも無いと思うんですが……義務教育も済んでない未成年を置いて行くわけに行かないと言うんです」

「そりゃあ、幾ら君がしっかりしていても、親御さんとしては御心配やろう。……そうやなあ、この家に下宿するのはどない? 」

 芳樹からの思わぬ申し入れに龍生は驚いた。

「ああ、それ、エエ考えやと思う。僕もそれやったら、色々と好都合や。勉強の教えあいっこもしやすいし」

 弘樹はすぐに賛成した。一番面倒をかける事になるであろう母親の百代も「龍生君なら大歓迎」と言う。 


「すぐにメールでも入れてお母さんにお知らせした方がええわ」

 芳樹は非常に乗り気なようだ。

 言われたように龍生は母にメールを送った。すぐに返事が来て、それから田辺家の人々と龍生の母との電話でのやり取りが続いた。

「……かまいません。日付の変わらんうちは、みな起きておりますんで」

 どうやら、母親は芳樹の申し入れをありがたく受け入れたいようだったが、最終的には父親と話し合って結論を出したいと言う事だろう。


 かなり遅くなったので、龍生は帰宅する事にした。送って行こうという芳樹の申し入れを断って、自分一人で社宅に戻る。芳樹が神主を務める神社とは目と鼻の先に建っている役職者用の社宅は、これまで住んでいた小さな平社員でも入れるタイプの倍の広さだ。この社宅に入って、生まれて初めて龍生も自分用の個室というものを貰ったのだった。決して広くはないが、龍生は結構気に入っている。

「もうすぐ、引っ越す事になるかなあ……」

 田辺家に下宿するのは楽しそうだが、勝手気ままは出来ないだろう。自分一人だからと言って、だらけた生活を送るつもりは全く無いのだが……。風呂に入れば、風呂掃除も洗濯もちゃんとやってしまうし、冷蔵庫の在庫だって意識して整理しようと考える。面倒といえば面倒なのかもしれないが、龍生はそういう仕事がかなり好きなのだった。



「へええ、結構家庭的なんだなあ」

 いきなりマークが玄関から現れた。靴を置いて来たらしい。

「しばらく静かだったのに、今日は何の用です?」

 あの玉をマークたちが持って行ってこの方、半月近く平和だったのだ。

「そんな迷惑そうな顔をするなよ」


 龍生はあからさまに迷惑な顔をした自覚は無かったが、そんな風に見えたらしい。異世界で皇帝をやっていると言うこのマークと言う男を、一体どこまで信じたら良いのか、まだ自分の中ではっきりしていないと言う事が関係しているのかもしれない。嫌いと言う訳では無いのだが、何となく信用しきれない物を感じてしまう。ウソをついているとは思わないのに、どこか胡散臭い、担がれている、そんな感じがしてしまうのだ。


 龍生は沈黙していた。案の定、マークは勝手に話し始める


「あの大きなおキツネ様だった玉、完全な浄化にはしばらくかかりそうだ。でも片手で勘定できる程度の年数で、終わるはずだよ。そうなれば、また状況が変わるかもしれないな」

「金銀の宝珠は、弘樹の親父さんにくっついて回ってますが、あれは、どうしてなんでしょう?」

「芳樹さんの波動は澄み切って美しくて強い。あの小さなおキツネ達には魅力的なんだろうよ」

「状況が変わるって、何が変わるんですか?」

「正直言って、具体的に何がどうなるかわからん。わからんが、変わると思う」

「なんすかぁ、それ! 訳わかんねぇ」


 人の家にノコノコと、それも、この男の言う通りなら異世界から御苦労にもやって来て、何を言ってるのかとちょっと腹が立ち、思わず大阪ではあまり使わないようなとんがったアクセントで叫んでしまった。叫んでしまってから、龍生は少しきまり悪くなった。


「確かになあ。だが、君、芳樹さんの所に下宿するんだろ?」

「まだ、決まってませんよ」

「決まるさ。間違いない」

「それは間違いないんですか?」

「ああ。君の御両親が菓子折りの一つも持って、今週末にでも挨拶なさるだろうよ」

「なんでまた、そう、自信満々なんですか」

 自分の親の事なのに、なぜこの男にこうもハッキリと決めつけられないといけないんだろう。妙に腹立たしい。

「いや、事実そうなるだろうからさ。分かった。また別の機会に話すよ」

「用が有るから来たんでしょう? そういう態度、気分良くないです」

「君には気分が良くも無い話だろうからさ。またにする。じゃあね」


 来る時も勝手だが、帰る時も勝手だ。なんだよ! そんな悪態をついつきたくなった龍生であった。

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