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えらいこっちゃ・8

 杏の中間試験の成績はいつもと同様、中の下と言う出来栄えだった。

「頑張ったのに、成績って上がらんもんやねえ」

 思わず杏は溜息をついた。

「もう、そんな辛気くさい話やめて、ランチ! な? 食べよ」

 そう言うクラスメートも杏と同じ程度の成績だった。


 中学校での昼食は、普通それぞれクラスの同性の友達と食べるのだが、その後は部活の練習だったり図書室に行ったり、校庭や体育館でバスケットやサッカーを軽くやったりするものもいる。杏は龍生と約束をするわけでは無いのだが、食後同級生が部活の用事に出かけた後は、何となく桜丸山古墳と言うか桜大塚と言うか、その麓の芝生を貼った辺りに行って、話し込む事が多い。


 そう言えば「古墳の名前としては桜丸山古墳で、住所は桜大塚」と龍生に教えてもらうまで、どちらが正しいんだろうと、チラッと疑問には思ったが、調べた事も無かった。疑問を解決するのに手間を惜しまず、すぐに調べる龍生と自分では大違いだ。いつも龍生に聞けば何とかなると思って頼りきり、と言う有様のままでは、勉強だって出来ないままかもしれない。そんな気もする。


 だが、杏の沈んでいた気分も、龍生の姿を目にした途端、浮上した。

 


「何となく杏が来てくれそうな気がしたねん」

 杏も龍生が待っていてくれるような気がしたから、急いだのだ。

「以心伝心やねえ。なんや嬉しい」


 すると、龍生は何とも言えず優しい表情で、杏に微笑む。同じ高校に入る事が出来たら、一緒に過ごせる時間も余り減らさずに済むだろう。一緒に昼に弁当だって食べられるだろうし。だが……同じ高校に行けないと、こんな龍生の顔を見る機会も大幅に減ってしまう。そんな事を思うと、一度浮上した気分がまた沈んだ。


「龍生に弁当作りたいんやけどな……」

「へえ、それは嬉しいけど、ここの学校はスクールランチを頼むのが、半分以上やな。せやけど高校に行ったら弁当が普通やろ?」

「そうみたい。上に高校生の兄ちゃん、姉ちゃんがいてる子は、みんな弁当」

「高校生になったら、弁当一緒に食べたいもんやけど……」

「でもそれ、龍生とおんなじ高校に入学せんとあかんなあ」

「特進コースのある私学にすれば、一緒の高校行けるのとちゃうか? 弘樹は美穂とそないな方法で、同じ高校に行こうと考えてるのやて」


 確かに、美穂は自分より更に成績が悪かったりする。公立なら弘樹と同じ高校は無理だろう。私学の中には成績優秀者は学費免除で、有名大学への受験を目指すコースを特別に設けている所も多い。


「龍生が特進コースで、私が普通コース……そんなら有り得るかな……でも、そうなると、大学はやっぱりさすがにバラバラやねえ」

「なら、一緒に東京に出て隣同士の部屋借りるとか、逆に自宅から通える大学に決めるとか。うーん……杏の親父さん、下宿はアカン言わはるやろなあ」


 父親は「大阪・神戸と京都で用は足りるはずや」と常々言っているので、恐らく東京には出してもらえない。母親が「東京は下宿代が高いから、うちじゃあ無理」とも言っていたし。


「龍生は京都まで通うん?」

 京都の超難関の国立大学も、龍生なら楽に狙えるとは、教師達の間で定着した評価のようだ。

「親父と同じ大阪の大学で構わん。ちょうど俺がやってみたい分野の世界的な研究者の先生もいてはるし」


 龍生の父と杏の父が共に学んだ大学の工学系は、世界的な業績をあげている卒業生も多いそうだ。龍生は理科系らしいから、本気で構わないのかもしれない。杏はちょっと安心した。


「そんなら、私はその近所の私学には入れんかなあ……」

「杏の親戚が何人か通ってる所?」

「うん」

「あそこ、今ではなかなか難しいねんで。もっと勉強せんとアカン」

「わかってる!」


 龍生は今回学年トップだった。それに追いつくのはとても無理だが……同じ高校に行きたい。


「ああ、そうや。肝心な事言うの忘れ取った」

「何?」

「弘樹の家で、美穂も一緒に勉強会をするんやて。杏も一緒に、どない? 先生役は弘樹の親父さんや」

 弘樹の父・芳樹は神主だが、高校の英語の教員でもあって、国語の教員の資格も有るらしい。弘樹は出来るから勉強会の必要性は余り無いが、さほど成績の良くない美穂と、同じ高校に入るためにやるのだろう。


「数学は俺が教えたる」


 芳樹も弘樹も文系なので、数学や理科に強い龍生が居た方が都合が良いのだ。

 今日の学校帰りに早速始めるらしい。四人揃って、帰宅部なので、時間もそろえやすいだろう。


 空は抜けるように青い。もうすぐ冬を迎える所為か、空気の透明度が高い気がする。寒いのは好きではないが、隣の龍生の気配を、より一層暖かく身近なものに感じるには悪くは無いかもしれない。そんな風に杏は感じた。


「勉強もやけどな、弘樹の親父さんに聞いて欲しい事も有るンや。どうも、あのマークさんたちと別れた日以来、変な夢をみるんやわ」

「どないな夢なん?」

「俺がな、カボチャパンツとは行かんけど、結構フリルやらなんやらついた装飾過剰な服を着てんねん。場所はどこぞの大邸宅か城みたいな所の部屋で、暖炉の前に寝椅子かなんか置いてあって、そこでウトウトしてると胸が締め付けられるように苦しくなって、腹から喉にかけてメチャメチャ痛むねん。激しく咳き込むと、仰山血を吐いてるんやわ。その血を見て、何時自分が死ぬんやろう……と漠然と考える……そんな夢やった」

「他に、覚えてる事無いん?」

「そうやなあ……どうも杏そっくりの顔の女の子に会いたいって思ってるみたいやった」

「私、そっくり?」

「うん。その子を抱きしめて、キスしたい、そんな事考えてるみたいやった。他にはなんも思い出せんけど……夢の中の感覚や感情の動きが、妙にリアルやねん」

「やっぱり、それって過去生とか前世とかを夢に見てるんかな?」

「そうなんやろうな……こんなん、初めてやで」


 因縁めいた夢だけに芳樹に相談したいと言う龍生の話は、杏にも頷ける。


「何で、私は龍生の夢を見んのかなあ……」


 こないに龍生を好きなのになあ……と言う言葉は、さすがに口には出来ない杏なのであった。

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