えらいこっちゃ・7
「それにしても依頼主が玉になってしもうたんかいな。ややこしい話やな」
三個の玉と言うか宝玉と言うかを前にして、美穂の祖父・正覚は驚いていた。
桜大塚を離れて、皆で打ち揃って、正覚のいる寺まで出向いて、今後の事を話し合う事になったのだが、なぜか誰もマークに事情を尋ねない。得体の知れない大きな力の持ち主だと思うと、声をかけにくいのだろうか……と龍生は思った。
「なあ、芳樹さん、どないしはる気や? お宅の神さん居てはらへんようになってしもうたで」
「いやあ、大丈夫ですわ、たぶん」
「たぶん?」
大覚は怪訝な顔をした。芳樹の答は確かに意味不明だと、龍生も思った。
「本来は伊勢の外宮の御祭神である豊受大御神をお祀りしていたはずなんですわ。まあ、元々がお稲荷と縁の深い神様やからなあ。いつのころからか、あの、おキツネ様が主な御祭神扱いになったと言うか、すり替わった様ですねん」
「すり替わった?」
「豊受大御神様は古い昔からの、この日の本の神様ですねん。イザナミノミコトのおしっこから生まれたワクムスビと仰る神さんの娘さん言う事になってます。おキツネ様はどこか外国から来た祟り神さんで、荼枳尼天さんかその眷属かようわかりませんが、ともかく血の穢れを気にせえへん神様なのは確かですわ」
「イザナミって黄泉の国の女神ですね?」
「そうやな、腐乱した体を現世から追いかけてきた夫であるイザナギノミコトがご覧になって、恥をかいたとお怒りになり、黄泉比良坂で離婚されたんやな」
排泄物と血、性質は違うが穢れと言えば穢れの様に龍生には思えた。
「すり替わりやすい条件が有った言う事ですね」
「そうやなあ、どちらも割合と穢れとされれいるものと密接な関係が有る神様やな」
考え込んでいる芳樹に向かって、マークがこともなげに言った。
「この金と銀の宝珠は、芳樹さんが預かられたらいかがでしょうか?」
マークが何がしかの行動を取った結果、この事態なのに、何をのんきな声で言っているんだかと龍生はムッとしたが、芳樹も大覚も何も言わないので黙っている。それにしても……先ほど口走った「苛めたと言えば苛めた」と言う言葉は、具体的にどのような行動を示すのだろう?
「一体何をしたら、おキツネ様達がこんな状態になってしまったんですか?」
芳樹も不思議だったらしい。
「金銀のキツネは、おキツネ様に取り込まれることを激しく拒否していました。あんなに穢れたものの中に取り込まれたくないという意思をハッキリ伝えて来たのです。それでも強引におキツネ様が飲み込もうとするので、説得を試みたのですが聞く耳を持たない。押し止めるために僕とフェリシアの気を少し放ったら、いきなり玉になってしまったんです。すると、それと同時に金銀のキツネも宝珠に戻った……と言う具合です」
「マークさんは、何で僕が宝珠を持ったほうが良いとお考えなのです? それほどの神気をお持ちならマークさんが保管される方が妥当ではないですか?」
その芳樹の言葉に龍生も弘樹も頷く。
「僕の神気は攻撃的ですが、芳樹さんの神気は強いのに穏やかですからこの小さなキツネ達も安心でしょう。それに、僕が玉にしてしまったので、ついでですから穢れを浄化してきましょう」
マークが言うには異世界の神域に非常に強い浄化作用のある霊泉が有り、そこに沈めれば清められるとの事だった。
「確かに、清められたら、金銀のおキツネも嫌がらないでしょうね……わかりました。僕が預かります」
芳樹は金・銀の宝珠を受け取った。
「ねえ、金剛石って言うかダイヤみたいな宝珠はどこなんでしょう?」
杏が疑問を口にすると、美穂も同様な疑問は感じていたようだ。
「そうそう、私もどうなっているのか気になるわあ」
「それにしても……摩尼宝珠も揃わんと、あかんのやろうなあ……」
考え込む芳樹に向かって、マークが思いもよらぬことを言った。
「金・銀の宝珠やこの大きなおキツネ様の記憶から感じられる摩尼宝珠の波動ですが、僕が長年探している探している存在と関係が有りそうです」
「この剣ですが……」
マークは芳樹に以前見せた剣を、また、虚空から取り出して皆に見せた。そして今度は抜き放って見せた。
「僕が今いる世界の最初の皇帝、開祖に当たる人物の愛剣でした。剣が記憶しているその開祖の波動と、摩尼宝珠の波動が、良く似ているのです」
「ひょっとしたら、その波動ってマークさんのものと、似てたりしませんか? 」
「さすが、芳樹さんは良い所を突いていらっしゃる。ですが、僕の放つ波動では、大事な要素が欠けているようです。そこで……フェリシア」
「はい」
フェリシアも虚空から剣を取り出して、抜き放った。
「わああ……綺麗な剣」
杏は感嘆の声を上げた。
「これは后の剣とされているものなのよ」
フェリシアの言葉からすると、女性用の剣と言うことらしい。
「皆さん、これを御覧下さい」
マークとフェリシアは、抜き放った剣の刀身同士を交差させた。すると、色の無い強い光が生じた。
「この光の波動が、金銀のおキツネが慕い、大きなおキツネを封じた存在のものと実に良く似ています」
「ふううむ。ご夫婦の剣の波動が合わさるとお宅の開祖さんの波動とほぼ一致する、そう言う事ですか」
芳樹があごに手を当てて、深く頷くと、今度は正覚が質問した。
「と言う事は、あれかいな、昔々にマークさんのいてはる所の開祖さんはこの日本においでになって、祟り神さんを封じて従わせた……そないな話になるんですかな?」
マークは大きく頷いて、こう言った。
「ええ、以前伺ったお話の『どこからとも無く現れた名も知らぬ強い神力の神様』の正体が開祖皇帝なのではないかと……そんな風に今は考えています」
輝きを放つ一対の剣は美しい。異世界の宝剣といった存在なのだろう。
「刀身が黒い剣なんですね。黒なのに輝いている……」
ふと龍生はマークが持つその剣から、どこか懐かしいような気配を感じていた。
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