えらいこっちゃ・5
「ふううん、名所図絵って、江戸時代の旅行ガイドブックみたいなもんですか?」
龍生は弘樹と弘樹の父・芳樹と三人で、地元の中央図書館で地域の伝承や言い伝えに関する文献を探していた。
「まあ、そうやな。安永9年の『都名所図会』の刊行を皮切りに、各地のものが出来るんやけど、現在の大阪府にあたるエリアはみんなかなり早いで。ここらの四十年後になって、やっと『江戸名所図会』が刊行されたんや」
「これは、復刻本ですか?」
「そうやな。昭和の一けたに復刻してくれはった方々のおかげで、こうして僕らも目にする事が出来る訳や」
昨夜弘樹はネット上のデーターベースを調べてみたが、大阪界隈のものはわずかしか見当たらなかったそうだ。
「京都と東京が優先やな」
生まれてこの方、ずっとこの町で暮らし、地元びいきの気持ちが強い弘樹は不満そうだった。
「まあ、確かにここらあたりに観光目的で来はる方なんて、珍しいやろな」
神主の資格を取るために二度目の大学生活を東京で送った芳樹は、弘樹より反応はクールだった。
「さすがに地元だけあって、全九巻そろえてるんですね。しかもここら辺の事が乗っている第六巻も、ばっちりありますやん」
「おお、龍生君、それや。そこに双子山に関する伝承、あるいは怪事件の風聞、そないなもんが有るとええなと思ったんやけどな」
「これ、どない?」
弘樹が指し示した個所に、こんな記述があった。
双子山の狐精
双子山は二つの丸き山の形にて、白銀丸山、黄金丸山とも言へり。古き世の皇子の陵とも古の功臣の御墓とも。由縁詳ならず。御墓の前のたひらなる所にいつのころよりか小さき祠有り。近年霊験昌んなる金銀一対の狐精現れたりとの風聞これ有り。人々、稲荷の使いならんと噂す。
「二匹の狐の噂は僕、子供時分に聞いた事あるで。江戸時代にもう噂になっとったんか。せやけど……金銀一対……ふうむ」
「発掘したとか、遺跡やとか、そんな教育委員会の立札も無いやん、なあ、龍生」
「確かに、あそこは柵も何も無いなあ」
「土地の所有は、どうなっとったかな、法務局に閲覧に行かんと……」
「あの、双子山、誰の所有なん?」
「ここらの大地主やった家のおばあさんが相続しはったのは、聞いた記憶が有るんやけど、そのおばあさん、ずいぶん前に亡くならはった筈や」
「なら、だれが持ってんのやろ?」
「だから、それを調べに行くのやないか」
「桜丸山古墳のことも一応調べた方が良いですよね」
「そうやな。うっかり忘れるところやった、おおきに龍生君」
またひとしきり、みなで手分けして調べたが、弘樹が声を上げた
「これやないか? こないな話、僕は初めてや」
桜大塚
丸き小山の形にて桜の名所なり。日本武尊の陵とも、その御子の御墓とも古き口伝に言ふ。人々が願えば雨を呼び、良き実りを齎し、皆々尊崇しけり。鎌倉殿の世に一人の強欲なる長者の御墓を暴き殷つ事ありて後、霊験も失せにけりとかや。件の長者は雷に打たれ死にけるとか。たびたび金銀の龍見ゆ、との風聞有り。
「鎌倉時代に盗掘を受けた、っていう発掘報告書の調査結果と一致するんですね」
「ほんまやな。ヤマトタケルノミコトは無いやろうけど、どなた様か凄い方のお墓なんやろう」
「金銀の龍見ゆ、って言うのは、江戸時代の人が見たって事やろうか? 」
弘樹は今はそんな噂は聞かないので、奇妙に感じたらしい。
「風聞有り、やから、現在進行形やな」
龍生はその長者なる人物が実在の人物だったとして、何を手に入れたかったのかが知りたかった。
「ホンマに、墓に何が有ったんやろうな? それとも目算違いやったかな?」
芳樹も龍生と同じ点が気になるようだ。
法務局の支所で土地台帳を閲覧してわかったのは、現在双子山は某カード会社が所有していると言う事だった。
「この会社って会長が変な死に方をして、つぶれる寸前まで行った所じゃないですか?」
「おお、そうやな。あの会社、今は外資に買い取られて、首脳陣も総入れ替え……ニュース出てたわ」
芳樹が車を運転して帰る道すがら、二人の中学生に語ったのはこんな因縁話だった。
「僕は直接には知らんのやけどな、あの会長はこのあたりの生まれの人やったねん。それが、亡くなる直前夢にうなされとったそうや。このあたりまでは、週刊誌にも出とったな。問題はその先や。あの会長にじかにお祓いを頼まれた神主がおるんや。そいつ、会長が大邸宅を立てた阪神間の御屋敷町の辺りの、結構大きな神社の息子やねん。大学時代、僕とは東京で同じ下宿におった仲やから、まんざら知らん仲でもない。そいつが言うには、会長は金銀の狐にうなされとったんやと。邸で通り一遍のお祓いはしたそうやけど、効き目無かったらしいわ。そいつ、霊感無いねん。勉強はようでけたんやけどな」
「それで、今から、双子山に行きます?」
「そうやなあ、その方が話が早そうや。僕もそこそこ霊感は有るけど、マークさんの話しぶりやと、龍生君の力は強いみたいやからな」
「金銀のおキツネが、出てくるやろうか?」
「弘樹の言う様に、スムーズに事が運べば、万々歳やけどな」
「おキツネ様が捜している、宝珠そのものなんか、違うんか、それだけでも知りたいですね」
「それがわかれば、ミッション・クリアは近そうやけどな」
芳樹の車は、隣り合う二つの古墳の間の小道に止まった。三人はとりあえず車を降りたのだったが……
「なあ、噂をすれば影やない?」
弘樹が指差した方角に、ヒョイヒョイひょうきんな動きで虚空を飛び回る小さな金銀の狐が居た。