えらいこっちゃ・3
「ここが奇妙な波動を感じる場所なんだが……」
マークは教育委員会が建てた「立ち入り禁止」の札の前に、難しい顔をして立っていた。この中学の裏庭は桜丸山古墳という名の、れっきとした古墳時代の円墳らしい。
「俺、以前ここで奇妙な声を聴いたことを思い出しましたよ」
「どんな声だった?」
「どこか知っている声のような気がする、たぶん男の声だな。呼び止められたんですよ。『待て』と。俺が足を止めると『まだ機が熟しておらぬな、行くが良い』と言われました」
「いつの話だ?」
「小学五年生になる直前の春休みだから、二年前ですかね。俺はまだ千葉に住んでました。親父が本社に用事があるのに、俺と母親もついて行って懐かしい社宅のみんなと会ってから、中学生の兄ちゃん姉ちゃん連中について、ここで咲き始めた桜の木の下に立って話し込んでいたんですが、そろそろ新幹線の時間も迫ってるんで、立ち去ろうとした瞬間、腕の所を掴まれたような気がして、立ち止まりました。その瞬間、声が聞こえたんですね」
「古墳は発掘済みなのかな?」
「そこに書いてあるように府の教育委員会が発掘して、報告書も有りますよ。すぐそこの図書館で読めます。持ち出し禁止ですけどね、コピーぐらいできますよ」
「と言う事は、龍生君も調べてみたんだな」
「ええ。内部は鎌倉期に盗掘された可能性が高いそうで、残っていたのは割れた銅鏡のかけら、さび付いた剣、朽ちた木棺、大量の朱、器台っていうんですかね埴輪の元祖みたいなの、あとはかなりたくさんの壺だか瓶だかのかけら、そして男性の腰骨、骨粉、そんなところです」
「腰骨は古墳の主かな?」
「被葬者であると推定されてるようですけどね、壺のかけらに紛れ込んで見つかったようです」
以前は自由に入れた頂上部は、無粋な真新しい鉄条網付きフェンスで囲まれている。
「ちょっと、中を確かめてくるよ」
マークは一瞬で、立ち入り禁止の部分に入り込んだ。
「誰か来ると厄介ですよ」
「気配が無い。大丈夫だ」
龍生の目には、マークが桜の葉がすっかり色づいた大木の下でじっと立って考え事にふけっているだけのように見えたが、そうでもないのかもしれない。
「この近所に、もっと小さな円墳が二つあったな」
「ええ。黄金丸山、白銀丸山、です。ここから真南の方向ですね。江戸時代は双子山なんて呼んでいたようです」
「そこの隙間からで良いから、この桜の木の枝に触ってみてくれないか?」
「別に構いませんが、なぜまた?」
「桜は霊的な波動と馴染みやすい樹のようなんだ。この樹の力を借りて、ここに存在する残留思念というべきものを増幅させて読み取ろうと思うんだが、君の波動がうまくなじみそうに思われる。君の魂の記憶の所為かもしれないな」
「魂の記憶ですか? それは一体どんなものなんですか? 」
「まあ、君の場合はそのまま前世の記憶だろうなあ」
マークは急に、塀の中から龍生に射る様な視線を向けてきた。それがこれまでののどかな話しぶりと余りにもチグハグで、なぜ自分が時折こんな風に睨みつけられなくてはならないのか、龍生はこの間から疑問だった。
「チョッとばかり胸糞悪い情景を見るかも知れないが、頼めるだろうか?」
「それって、俺の前世ってやつと関係が有るんですか?」
「僕の推測が正しければね」
マークが桜の幹に手を置き、頷いたのを合図に、龍生は塀の隙間から垂れ下がる大枝の一部を握り締めた。
「な、なんだ、これは!」
龍生は絶叫した。
「ああ、もう良いよ。御協力感謝する」
気が付くと、龍生は腰を抜かして地面にへたり込んでいた。
「なあ、マークさんは知ってるんだろう? 今の凄まじい情景が一体何なのか」
「ああ。君の地球への生まれ変わりを計画したのは他ならぬ僕だし」
「生まれ変わりを計画するって、それ……」
「霊格は高く魔力は強い特殊な魂だから、地球への転生にも自身の希望を最大限取り入れた。今、君は前世で渇望していたものを手に入れているはずだ」
「何をそんなに欲しがっていたのかな」
「心の通い合う暖かな親子関係、良い友人関係、心から愛しく思う配偶者、だな。結婚はまだ待たねばいけないが、まあ、希望通りになるだろう」
マークはあえて一番肝心なことを伏せている。そう龍生には思われた。なぜ「生まれ変わりを計画」したのか?
「なあ、俺はマークさんの何なんです? いや、何だったんです? 」
「生きている間は、一度の面識も無い間柄だ」
「前に言ってましたね、俺が弟のようなものって……」
「父親は廃人と成り果てた皇帝だった男で、前世の君と僕は母親が違う。どちらの母親も事情は異なるが、陰謀に巻き込まれ毒殺された」
「さっきの凄まじい情景は何だったんですか? 」
「君が母と弟・妹を一度に毒殺されて失った直後、我を忘れて魔力を暴走させた時の様子だ」
「たくさんの人を殺してしまったんですか?」
「ああ。無実の人間を多数巻き込んでな」
「これがマークさんが『生まれ変わりを計画した』理由ですか?」
「これだけじゃないけれどな、まあ、最大の理由だ。今したかったのは、君に前世の罪を知らせる事じゃない」
「じゃ、何が目的なんです?」
「あの惨劇の情景の刺激で、微弱であった波動が強まり、はっきり読み取れた。君が引き起こした事件は異世界のものだが、あの波動の持ち主が清めたのは、この地域で起きた同様の惨劇だったのだ」
「じゃあ、ここでの惨劇を引き起こした犯人は?」
「人じゃないな。恐らくは、祟り神と呼ばれるような存在だ」
そういえば美穂の祖父・正覚は何と言っていた?「大変な祟り神さん」と言っていたではないか……
「マークさんは、何が目的なんですか? 」
「その祟り神を封じたと言う『名も知らぬ強い神力の神』の正体が知りたい」
「なぜですか? 」
「まあ、色々とあってね」
どうも自分は、この『兄』とは前世で相当ややこしい関係であったらしい。そして、どうやら自分は大きな罪を犯した結果、地球に転生する事になったようだ 。
「なあ、前世で俺はマークさんに殺されたのか?」
「いや、言っただろう、一度も生きている間、会った事が無いと。まあ、自滅を誘うような事はしたがね」
「じゃあ、俺はその誘いに乗って自滅したのか?」
「……そうだ。まあ、君が僕の立場でもそうしただろうさ。もう過ぎたことだ、余り悪く思わんでくれ」
マークは先ほどとは打って変わって、龍生と視線を合わせるのを避けた。
「俺は……異世界も、前世も、あんたたちが現れるまで何も知らなかった。知らずに平和に楽しく暮らしていた。それなのに、あんた達がいきなりやって来て、色々引っ掻き回されている」
「すまん。だが……君ほどの霊力が有れば、多かれ少なかれ前世の記憶を蘇らせていたはずだ。僕たちの介入で、その時期が多少早まりはしたが、悪い事ばかりでも無いはずだ」
「たとえば何が良い事だって言うんだ」
龍生は話しているうちに、無性に腹が立ってきた。
「君が杏ちゃんと、間違いなく夫婦になれるようにせいぜいサポートさせて貰うよ」
「それも、何か異世界の事情に関わるのか? 」
龍生の問いに対して、マークは無言で、ゆっくりと頷いたのだった。
季節は秋なので、矛盾する記述を改正しました