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ただの買い物

作者: 月見里さん
掲載日:2026/05/25



 喧騒とは違って。麗らかとは遠回りな表現で。穏やかとは言いにくい。そんな一瞬だったような気がする。

 心の中は、落ち着いていて。

 気づいたら、少し乱れたような気がした。

 でも。

 ゆっくりと、悲しい気持ちが出てきた。

 微睡みながらの歩みで、寂しさが訪れてきた。

 寝坊助のような感情だ。

 そんな自分が、今までの今までを後悔してしまう気持ちさえも出てきて、自己嫌悪が滲んできては瞳が垂れ下がる。

 失ってきた過去を、取り戻すのに躍起になろうとして、不可能なことに気付いた無力感が包んできて、どうしようもない真実から逃れるだけの理由を探す気力も湧かない。

 笑えない。

 喰らって、心が沈む。

 意識も沈んで、どうしようもない。

 前を進む親の背中は、こんなにも小さかっただろうか。

 こんなにも、手は皺だらけだっただろうか。

 歩みは、こんなにもゆっくりだっただろうか。

 そんなことに気づいた時には、もう遅かったような気さえするのだ。

 久しぶりに父親と一緒に買い物をした時のことだった。そんな、当然の残酷を知ることになったのは。


 父親は、買い物のメモを見て、当たり前のように振り向いた。シミが至る所に刻まれた顔で。いつまでも変わっていないと思っていて――信じていた父親の顔は、いつの間にか老けていた。

 でも、懐かしいような顔だった。

 なんだか、それでもいいと勘違いしてしまうほどに。


「お菓子はいいか?」

「もう、何歳だと思ってるの」


 社会人にもなった。働きにもでた。

 お金を稼ぐことの大変さ、というよりかは仕事上の人間関係がいたく複雑で、迷惑なほど単純なことの方が大変だった。

 私だって、お菓子を食べる時は食べるが、今はそうでもない。健康診断で面倒事を数値化されるくらいなら、健康体である方が面倒事をキャンセルできる。

 だから、好き好んで食べるようになったことはなくなった。

 それを、父親はえらくしょげたような顔をした。

 気にかかる。

 そんなに落ち込むことだろうか。


「お前、チョコ好きだったろう。母さんが困ってたくらい、隙を見ては食べて口の周りをべったりチョコまみれにしてよく怒られてたな」

「そんな昔のこと、覚えてないよ」


 そういえば、好きだった記憶はある。

 あの頃、チロルチョコがとても好きだった。

 コーヒーだったりとかは苦手だったが、牛柄のパッケージに包まれたものをよくポケットに忍び込ませていた気がする。

 甘くて、子どもの敏感な味覚でも猛烈な甘味は楽しかったのだ。喉がへばりつくようなチョコレートが好きだった。


「あー、でも、ポケットにチョコ入れたまま、洗濯機突っ込んだら怒られたことあったかも」

「そうそう。小さいから持ち運びしやすいからどこにでも入っててな、母さんと一緒に困って笑ったもんだ。……そうか、もう食べないのか」


 父親の隣に並ぶと、悲壮感が共有されたのか。

 いや、違う。

 父親が感じているのは、悲しい――という気持ちじゃないのだろう。

 恐らく、何度も経験したことの反芻なんだ。

 言葉的には、寂しいに近いと思う。


「お父さんは食べないの」

「お医者さんから止められてるからな。また、看護師さんに怒られるのは嫌だしな」


 困ったような笑顔を浮かべる。

 そういえば、医者から糖尿病だと診断されたとは聞いたことがある。

 肝臓の数値も良くないらしい。

 健康診断で、面倒事の数値化が人生の寿命になったような残酷さが父親から漂っているような気がして、取り払いたくなった。

 いや――どちらかといえば、肩代わりしてあげたいと思ったのかもしれない。

 父親が眺めていたチョコレートを、横から掻っ攫うように手に取る。


「なんだ、いらないんじゃないのか」

「たまにはいいかなって。お父さんも、ナッツくらいならいいんじゃない。食べようよ」

「……ん、じゃあ、そうしようかな」


 ちょっと元気が出てきたように見えた。

 いや。

 父親が元気になったわけじゃない。

 私の気持ちが、少し楽になったんだ。

 現実を直視できて、どうにかこうにかやり過ごす方法を見つけたから、重荷に感じていたことが軽くなった。

 育ての親が、自分よりも早くにいなくなってしまう。

 小さい頃から手塩にかけて育ててくれた彼が、いつの間にか小さくなって、足取りも呼吸も重くなったことに、自分は喰らった。

 耐えられるか不安になった胸中に、お父さんは昔の私に思いを馳せながら接してくれた。

 本人が一番分かっているんだろう。

 今の現実も、先の未来も、残酷で辛いものだと。

 でも、それでも、過去になっていく。

 だから、過去を一緒に連れて行ってしまえば、多少しんどくても。辛くても。辛抱できると。

 辛さを抱えながら、歩くことはできると。

 ゆっくりとでも。

 私も、いつかは年老いていく。

 満足に歩けるか分からない。

 体力も、もつかは分からない。

 面倒事が数値化されて、制限が増えるかもしれない。

 そんな時は、一粒のチョコレートをご褒美に頑張るのもいいかもしれない。


「ちょっと、お父さん。ナッツ以外買わないでよ。お医者さんに言うよ」

「……バレちったか」


 ………………………………前言撤回かも。

 意外と元気じゃんか。

読んでいただきありがとうございます。

そして、いつも応援ありがとうございます。

少しでも「面白い!」と、思ってくださったら、

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ポイントを入れて、応援して下さると嬉しいです。


人生というのは常に進んでいくものだと思っています。

例え、自分自身の状況、状態がどうであれ、平等かつ公平に進んでいきます。

なにか良いことがあっても、予期せぬ悪いことがあっても、引き連れて引き摺り回すように連れて行ってしまいます。

で、あるなら。

「辛いことを抱えたまま」進むことは、決して悪いことだとは断言できないと私は思います。

しんどくて、息苦しい生きにくさを抱えても、それは悪いことじゃないと思うのです。

良いことだと言いにくいかもしれませんが、少なくとも、今抱えても大丈夫なものであるなら、とりあえずは手元に置いておくのもいいかもしれません。

人生に正解が明記されていない以上、不正解を自身で決めることはできないから、そこら辺は自由だとは思います。

生きる、というのはそういうことだと思います。

それを最高だと言えるくらい。

意外と大丈夫なことは多かったりします。

もし、そうでないなら誰かを頼ったり、然るべき機関に助けを貰うことも必要だったりするかもしれません。

その選択が間違っていたとしても、皆、それを抱えて大丈夫な振りをしていたりします。

辛くなさそうな顔をして、大丈夫だと言っていたりします。

その後には、大体大丈夫なことになっていたりもします。


だから、今は辛いことを焦って片付けなくても。

抱えて未来へ持って行っても、大丈夫だったりします。

それを誰かが責めるなんてことはありませんし、自分自身が責める理由にはならないはずでしょう。


ですので、私は腹に巻きついた面倒事を抱えていきます。

皆様も、間食はなるだけ控えて健康的な生活を送ってくださいませ。

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