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中華王朝史記

京劇の哪吒を通して追った母の背中

作者: 大浜 英彰
掲載日:2026/04/04

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 多感な子供時代に見聞きした作品は後々の人生を方向付けるキッカケとなるそうだけど、私こと愛新覚羅仁美(アイシンギョロ・レンメイ)公主にとっては京劇で観た「封神演義」の「哪吒鬧海」がそれに該当するのかも知れない。

 もしもあの一幕を観ていなかったなら、私は単なる「公主殿下」として表敬訪問などの公務に明け暮れていたのかも知れないのだから。


 あれは確か、私がまだ神戸のインターナショナルスクールの初等部に在籍していた義務教育時代の事だった。

挿絵(By みてみん)

 当時の私は、中華王朝の和碩親王(ホショイチンワン)夫妻の長女として勉学に励みながら公務に参加するという割と気楽な立場に身を置く事が許されていたの。

 父上こと愛新覚羅永祥(アイシンギョロ・ヨンシィアン)和碩親王殿下と御一緒に空路で中華王朝の本国に赴いた時も、私が参加した中で公務らしい公務といえば紫禁城での式典くらい。

 後はスポーツの大会や伝統芸能の視察といった、社会見学の意味合いも含んでいたわ。

 北京の劇場の桟敷席で鑑賞した「封神演義」の京劇にしても、そうした社会見学的な公務の一環なのだと思う。

 だけどそれは私にとって余りにも鮮烈な体験であり、後の人生を大きく左右する重大なターニングポイントでもあったの。

 端的に言うならば、私は護法神である哪吒(ナタク)の強さと雄々しさにすっかり魅了されてしまったという事ね。

 宝具の混天綾を駆使して自由自在に空を飛び回り、乾坤圏を宙に踊らせて敵を討つ。

 そんな哪吒の活躍に、私はもう釘付けになってしまったわ。

 お陰で次の演目までの幕間には、側近として随伴して貰った師傅の公孫喬(こうそんきょう)にこんな風に熱っぽく語ってしまった程よ。

挿絵(By みてみん)

「哪吒の雄々しくも華やかな戦い振りは、全くもって素晴らしいの一言に尽きますね。私も『封神演義』の物語には慣れ親しんできたつもりですが、京劇という表現ならばまた印象も変わるのですね。特に乾坤圏が自在に空を舞って敵を討つ所などは…」

 身振り手振りも交えて熱弁する私に、師傅は一切口を挟まれなかった。

 ただ上品な微笑を浮かべ、相槌を打たれるのみ。

 その聞き上手な姿勢には、今思うと本当に頭が下がるわ。

 やがて私が一通り語り終えると、師傅はこう仰ったわ。

「それはよう御座いましたね、公主殿下。混天綾を揺らして宙を舞い、乾坤圏を空中に飛ばす。そんな哪吒の優れた武勇に殿下は魅せられたのですか。」

 対話相手の言いたい事を的確に要約し、次の会話に繋げる。

 師傅は聞き上手なだけでなく、話上手な女性でもあったわ。

 だからこそ両親は、公邸における私への教育を彼女に任せたのだろうな。

 そして師傅は「ここからが本題」とばかりに襟を正して私に向き直ったの。

「哪吒に負けず劣らずの御強い御方ならば、殿下の御側にもいらっしゃいます。きっと殿下も、その御方の事に好感を抱かれると存じますよ。」

「存じておりますよ、師傅。それは私の母上で御座いましょう。」

 私の実母にして和碩親王妃でもある愛新覚羅千里(アイシンギョロ・チェンリー)殿下が立志伝中の人物にして類稀なる武勲の持ち主であらせられる事は、娘としてよく知っている。

挿絵(By みてみん)

 何しろ母上が父上と結ばれた事自体が、その人並み外れた武勇に裏打ちされているのだから。

 元を辿れば、母上は中華王朝の愛新覚羅氏と結婚する身分の女性ではなかった。

 何しろ十七歳になるまでの母上は、国際治安維持組織である人類防衛機構で特命遊撃士という公安職に従事する一介の日本人少女でしかなかったからだ。

 確かに中華王朝は同盟国である日本や李朝とは傍系の皇族同士で政略結婚をしているけれども、 皇室とも華族とも士族とも無縁な血筋の人間とはそもそも縁談すら成り立たない。

 恐らく十六歳の頃の母上も、そうお考えだったはずだ。

 そんな母上の運命を一変させたのが、我が中華王朝の今上女王であらせられる愛新覚羅麗蘭陛下と瓜二つの容姿と、当時は第一王女であらせられた女王陛下が反政府分子に御命を狙われていた事だったの。

 影武者として故意に拉致される事で、反政府分子の拠点を突き止めて内部崩壊に導く。

 その功績を評価される形で、中華王朝の前身である大清帝国の時代から続く名誉称号にして我が満洲族の言葉で「勇者」を意味する巴図魯(バトゥル)の官位を日本人女性としては歴史上初めて与えられた。

 ここから母上と中華王朝王室の縁が生まれ、それは日を追う毎に深まっていったの。

 日中の国際親善を目的とする各種の行事や式典への出席に啓発目的の講演活動、そして日本の華族や政財界と中華王朝の上流社会や華僑コミュニティとの交流促進。

 そうした文化的な橋渡しは勿論の事、武人としての功績もまた華々しい。

挿絵(By みてみん)

 中でも長崎で開催された日中友好式典における暗殺計画の阻止においては、その優れた鉄扇術と指揮能力により参加者に一人の犠牲者も出す事なく不穏分子の掃討を成し遂げたのだから。

 しかもこの時に生命を救われた中華王朝側の要人には後に私の父上となる愛新覚羅永祥和碩親王殿下もいらっしゃったので、この一件がなければ父上と母上は政略結婚に至らず私もこの世に生を受ける事はなかっただろう。

 この時の縁がキッカケで母上は日本から中華王朝へ国籍を変更されて和碩親王妃として王室入りを果たされたのだけれど、古巣である人類防衛機構には国際安全保障特別相談役という形で今も軍籍を維持されているし、関西の華僑コミュニティという支持基盤を活かす為に生活拠点を神戸の公邸に置かれているの。

 従って母上の事を「東アジアの軍神」や「神戸の女王陛下」と呼ぶ人も少なくないわ。

 そんな母上は言うまでもなく、私にとっても憧れの人なんだ。

「殿下は乾坤圏をブーメランのように用いる哪吒の戦法をお気に召された御様子ですが、若き日の親王妃殿下も同様の戦法を取られた事が御座います。何しろ長崎での日中友好式典の際に、賊徒の戦闘ドローンを鉄扇の投擲で撃墜されたのですから…」

「むう、それは…」

 若き日の母上が、あの哪吒と同じ戦法で父上を救われた。

 その事実は幼少時の私の興味を、否応なしに刺激するのだった。


 だから神戸の公邸に帰宅するや、私は母上本人に詳しい事を尋ねてみたの。

挿絵(By みてみん)

「そうね、仁美。あれは私が十七歳だった年に起きた事よ。私は元々は狙撃兵だったのだけど、式典会場にはライフルみたいに目立つ代物は持ち込めないでしょ?だから特殊警棒やブーメランとしても使えて敵の攻撃も払い落とせる鉄扇を携行したのよ。」

 何でもない事であるかのような穏やかな声色と語り口。

 それがかえって、歴戦の猛者としての母上の凄味を一層に際立たせるのだった。

「ところで仁美、どうして改まってそんな事を聞くのかしら?」

「母上、実は本国の北京で京劇を鑑賞したのですが…」

 京劇の哪吒が宝具を用いて空を駆けながら戦う雄々しさと華やかさに、すっかり魅せられてしまった事。

 鉄扇をブーメラン代わりに投擲してドローンを撃墜したという若き日の母上の武勇伝に、京劇の哪吒に通じる雄々しさと華やかさを感じた事。

 可能ならば自分も鉄扇術を習いたい事。

 一切口を挟まずにそれらの全てを聞き終えた母上は、このように切り出したわ。

「貴女がそう言い出してくれて喜ばしい限りよ、仁美。だけど約束して欲しい事があるの。私が鉄扇術を会得したのは永祥様や陛下を始めとする王室の方々を御守りする為だし、それも突き詰めれば公安職としての治安維持の為。つまり有事の際の抑止力であり、力を誇示する為に無用な争いを求めてはいけないという事よ。」

「存じております、母上。東海龍王や石磯娘娘の身内に過剰なまでの武力を行使した為に、哪吒も罪を得る事となりましたからね。パスカルも『正義なき力は暴力である』と説いておりましたし、母上から学びし武術は行使するにしても節度と矜恃を持ちたいと感じた次第です。」

 このような経緯を経て、私のスケジュールに体術と鉄扇術の訓練が新たに加わったの。


 それから数年後。

 インターナショナルスクールでの勉強や家庭学習と同時進行で続けている体術と鉄扇術も、この頃には随分と板についてきたわ。

「良い上達具合よ、仁美。インターナショナルスクールもボチボチ長期休暇に入る事だし、この様子なら特別研修にもついていけそうね。」

 母上の仰った「特別研修」とは、独身時代の母上が士官として配属されていた人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局で行われるより実践的な軍事訓練の事だったの。

 今から思えば、この時点で母上は私の将来的なキャリアを視野に入れていたんだろうな。

挿絵(By みてみん)

「公主殿下の御母堂と小職とは養成コース修了以来の旧友ではありますが、特別研修の際には一切の容赦や手心を加えません事を予め御理解下さい。」

 母上が日本国籍の少女士官だった頃からの親友である和歌浦マリナ准将補による厳格な念押しは、私としても望む所だったわ。

 公主殿下として遠慮されては研修にならないし、特別扱いされたら養成コースの訓練生達から余計な反感を買ってしまうもの。

 アサルトライフルや拳銃の射撃訓練に、トレンチナイフ等を用いた近接格闘訓練。

 いずれもハードではあったけれど、若き日の母上も通られた道だと思うと少しも苦にはならなかったわ。

挿絵(By みてみん)

「和碩親王妃殿下に負けず劣らず、公主殿下も御強いので御座いますね。(わたくし)の母も特命遊撃士のOGなので、『若き日の母に追いつけ追い越せ』の精神で日夜励んでいますよ。」

「有り難う御座います、生駒喜里子准尉。私達二人、似た者同士ですね。」

 こんな具合に、特別研修で一緒になった訓練生の子達とも仲良くなる事が出来た訳だし。


 そしていよいよ、単独演武も兼ねた鉄扇術の実戦訓練の時と相成ったの。

挿絵(By みてみん)

 拳銃やトレンチナイフを用いた訓練も楽しかったけど、母上との鍛錬で使い慣れた鉄扇を用いる事が出来るのは喜ばしい限りだったわ。

「射出される標的は生分解性プラスチックの軽量ディスクですが、直撃の場合は相応の衝撃がありますのでくれぐれも御用心の程を。それでは、訓練開始!」

 やはり母上の旧友だった教導隊所属の淡路かおる教官の号令に呼応するかのように、白い軽量ディスクの標的が四方から接近してくる。

 急所に当たれば相当に痛いであろう事は、迫り来る風圧と風切音から自ずと想像出来たわ。

「ほっ、はっ!」

 套路の型を応用したステップで回避し、鉄扇を振るう。

 打ち、突き、止め打ち。

 この基本の動作を喰らい、軽量ディスクは次々と演習場の地面に落ちていったわ。

「むっ!?」

 雲行きが変わったのは、訓練の順調さに慣れを感じ始めた時。

 放出機が設置されている方向以外からも、ディスクが飛んでくるようになってきたの。

 しかも新手は放出機の機械的な攻撃とは異なり、パターンを読まれまいとする不規則性が感じられたんだ。

「成る程、すると新手の射手は人間…ならば!」

 呼吸を整えて精神を統一した私は、全身の神経と感覚器官を研ぎ澄ませたの。

 特に気配りしたのは、髪の生え際を通る神経の感覚。

 若き日の母上はツインテールに結った髪で風の感覚を読み、狙撃任務に活かしていたという。

 そして私も長く伸ばした黒髪をツインテールに結っているのだから、母上に出来た事が出来ないはずがない。

「来るっ…そこっ!」

 そうして敵の動きを察してからは、一瞬の出来事だったの。

 鉄扇の片方を手頃な角度まで広げ、手首のスナップを効かせて空中に放り投げる。

 そしてサッと正中線から外れ、残るもう一方の鉄扇で飛来するディスクを払って弾く。

 軌道を変えられた軽量ディスクは第二波と見事に正面衝突し、次々と地面に落ちていったわ。

 そして空へ舞った方の鉄扇はというと、上下二方向から放たれたディスクを弾き落としながら美しい放物線を描き、私の手元へと戻ってきたの。

「見事な腕前よ、仁美。それでこそ、私が育て上げた後継者ね。」

「母上…やはり貴女でしたか。直々の御鞭撻、心より感謝致します。」

 ライフルサイズのハンディ放出機を抱えた母上に、私は拱手の礼で応じさせて頂いたの。

 南北朝時代の楠木正成は「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」と言ったけれど、自ら試練として立ち塞がる事で私を成長させようという母上の厳しくも深き愛には頭が下がる思いだったわ。

 この特別研修で私は間違いなく哪吒になる事が出来たし、そしてそれ以上の物を得る事が出来たのよ。


 そうして得た物の一つが、中華王朝禁衛軍への入隊という将来の目標だったって訳。

挿絵(By みてみん)

 恐らく母上は、私に自分と同じ公安職を目指して欲しかったのだろう。

 もしも私が一般家庭の子供だったら、「私はお母さんとは違う!」とか言って反発したのかも知れないね。

 だけど私は、決してそうは思わない。

 何故なら母上が公安職だったからこそ私が生まれる事も出来た訳だし、人類防衛機構での特別研修や禁衛軍への入隊により沢山の素敵な出会いもあった訳だからね。

 今では大尉階級の特命遊撃士として堺県第二支局で頑張っている生駒喜里子ちゃんも、そんな素敵な出会いの一つだよ。

 中華王朝の公主として、そして禁衛軍に所属する一人の公安職として。

 これからも一層に頑張っていかなくちゃね。

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― 新着の感想 ―
誰にでも憧れのヒーローというものはありますよね。 主人公が鉄扇で実戦さながらの訓練をする姿は、とても美しく、凛とした迫力を感じました。
鉄扇を自由に操れる筋肉は父様の血でしょうか。 両親の良いところを受け継いでいますね(•̤̀ᵕ•̤́๑)
哪吒と比べられちゃうんだ、お母さん(゜ω゜) そんな超人と比べられて、見劣りしないと思われるとか、お母さんも超人だなあ。 と言いながら封神演義はジャンプVerくらいしかまともに見てないんだけど(・_・…
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