花園から蜜
フレッシュな空気の中、もう一度生き直すの。
――――3月。花の香がフワフワと優しく踊る季節。
「フ~、あの段ボールはなにが入ってたっけ……? ン、『食器類』とな」
華奢な体だけど舞は力持ち。引っ越しの荷造りの際、マジックで大きな文字で箱の横四面と上部にしっかり書いていてよかった。
舞の年齢は41才。女盛り!
ここ『メゾン・ド・アドラブル』303号室は、2DK。一人暮らしには充分だ。同じマンション内でもいろいろな造りがあると聞いた。
部屋数は50戸もない、そんなに大きくないマンションだ。
休職中の舞は、一番お安い部屋を選んだ。暫く生活は福祉のお世話になる。
舞は2カ月前まで平凡な主婦だった。夫は、結婚するまで、デートの時は細やかでとても優しい人だった。けれど、いざ一緒に暮らし始めると……仕事に一生懸命だという事は理解していたつもりの舞だが、どっぷり仕事漬けの日々。
夫を支えるのが自分の役目だと懸命に尽くした。毎日愛妻弁当を作り。朝食も夜ごはんも凝った料理を作ってみたり。
しかし夫は日々くたびれ果てていた。舞がねぎらいの言葉をもらった事はないに等しい。とても寂しかった。
去年のクリスマス前の事。
(今時ダサいかな)と気にしつつも、舞は夫に暖かく過ごしてほしく、毛糸のベストを編んでいた。
(スーツの下に着たらあったかいよね)と、夫が着た姿をイメージしながら棒針をマジシャンのように毎日操っていた。
帰宅した夫に「ここまで出来たんだよ? あなたへの贈り物」とエプロン姿で微笑んで編みかけのベストを見せた舞。
夫は「良いから、メシの準備してくれ」とそっぽを向いた。
結婚9年目の事だ。
そのような事は幾度かあった。
舞が夫と楽しもう、喜びを共有しようとしても……夫はまるで会社に尽くす機械のようだった。
その、『ベストの件』がきっかけで、舞は初めて大爆発した。これまでの孤独感や苛立ちを一気に吐き出したのだ。夫は暖簾に腕押しという感じ。大喧嘩になり、舞と夫は協議離婚する運びとなった。
夫は賃貸マンションを出て行った。舞は役所へすぐ相談に行った。
精神科へは3年前から通っていた。
舞は寂しくてたまらなかった。夫と強く愛し合いたかった。それは新婚当初から段々叶わなくなって行った。ついには舞の心はストレスで悲鳴を上げ、クリニックへ通うまでとなってしまったのだ。
*
「あたしのリスタート! ゆるくがんばるわ」
セロテープでグルグル巻きにした新聞紙を開ければ、お気に入りの柄の食器が顔を覗かせる。
艶やかな黒髪ポニーテールを傾けつつまじまじとお皿に見入る舞。切れ長で大きく黒い瞳にちょっぴり落ち込みが滲む。
(好きだけど……可愛い模様だけど、悲しい過去を思い出すから新しい食器を買おう。100円商品でも良いよね!)
お金はそんなにない。貯蓄は夫と平等に分け合ったが、貯金は何かの時にある程度は置いておく必要があると舞は考える。
気を取り直し、レースのカーテン越し、陽光の中、ごきげんに荷解きを進めて行く舞。衣類をラックにしまったり、雑貨を置く配置などを考える。
舞は細々した小物類を箱から出して行っている際、少し手を止め立ち上がり、カーテンを開け目映さに目を細めながら、新居から見える風景を見回してみた。
ここは賑やかな駅からは少し離れた住宅街。大きな公園の豊かな清々しい緑が良く見える。まだ空気はポカポカとまでは行かないが、春の匂いとともに温みを含む。
(わ! 咲いているチューリップ発見)
見下ろせば花壇に、愛らしいつぼみが肩を並べているのだが、その内の1つ、ピンクのチューリップがしっかり花開いていた。
この8年と少し、2人でいたのにひとりぼっちの気分だった。今もそれは変わらない。物理的にもひとりぼっちになった舞。
舞のうつ病は決して軽くはない。夫のために、倒れそうな体に鞭を打ちデキる嫁を演じてきた。気分の落ち込み・不眠・食欲不振・時々消えてしまいたくなる危うさ。
「少しずつやればいっか」
自身に言い聞かせるように、舞は荷解きを中断しレモンティーを淹れた。
*
舞の移動手段は専ら自転車だ。春が本格的になればもっとペダルを踏むと心地よい。
引っ越して来てから少しずつ荷解きして行き、一週間後にはすっかり部屋が自分好みに整った。舞は気分が良い。
「な~んだ、冷蔵庫、なんにもなかったじゃん!」
夕方から舞は自転車に乗り、少し遠いが激安スーパーを目指した。土地勘はないので、スマートフォンのネットナビゲーション機能に頼る。
初めて来るスーパーにワクワク。
「安い!」と小声でつぶやいてしまったほど、そのスーパーはお安かった。嬉しくて舞はカートを押し、じっくりゆっくり店内を見て回った。
そして山ほどの食材を抱え帰宅。マンションにエレベーターがなかったら大変なところだ。
良い買い物ができたと鼻歌を歌いつつ自転車置き場まで帰って来た舞。
「よい、しょっ! と、ン、なかなか重い」
大きな大きなマイバッグ用の旅行鞄を肩から下げて苦笑い。
エントランスのほうへ向かって歩いて行く。
「エーン、エーンッ、痛いよー! エーン」
(まあ! 大変)
見たところ小学3~4年生のボブヘアーの愛らしい女の子がおしりを地べたに座り込んで泣いている。
わんさか食料品の入った袋なんてなんのその、舞はその子のもとに駆け付けた。
「お嬢ちゃん、大丈夫?! どうしたの、あ!」
答えを待つ前に舞は気づいた。女の子は転んだのだろう、左の膝頭を擦りむいていて血が出ている。
「痛いよぉ。痛いよー」
「ああ、かわいそうに。お嬢ちゃん、お家はこのマンションなの?」
そこへ丁度30代と思わしき紳士がやって来た。
「万友美、大丈夫か? どうしたの!」
「パパ!」と女の子。
(この女の子は『まゆみ』ちゃんで、男性は父親)
「お父様でいらっしゃるんですね。わたしは先日引っ越してきた303号室の遥本舞と言います。お嬢さん、怪我をされています! お早く処置をしてあげてくださいね」
「あ、ありがとうございます。万友美、行こうか」
「うん、パパ、痛い」
相変わらず女の子はシクシク泣いている。
「お嬢ちゃん、パパが治して下さるからね、大丈夫だよ……。では失礼します」
万友美ちゃんとパパさんにお辞儀をし、肩の荷物をしょい直しエレベーターを目指す舞。
ところが……(あら)
メゾン・ド・アドラブルにはエレベーターが2基あるのだが、こちらの親子も舞と同じエレベーターなのか、歩き出す方向が一緒だ。
だんだん万友美ちゃんが泣き止んで来た。
(パパが帰って来てくれて安心したのね)
舞はなんだかホッとした。
向かう方向が一緒だからかパパさんが話し掛けてきた。
「あ、私達は504号室に住んでおります。時林と申します。よろしくお願いします」
静かで……優しい笑顔。
舞は、お嬢ちゃんがいるというのにはにかんでしまった。
エレベーターに乗り込む。
「あ! パパ、血が止まってるよ!」と万友美ちゃん。
「そうか、それは良かった。でも消毒をしようね」
「はーい!」
エレベーター表示灯が『3』の数字を光らせた。
「では、失礼します。まゆみちゃん、お大事にね!」
「はい!」
万友美ちゃんは、やっぱりパパがいる事で安心したらしい、元気な返事をした。
帰宅しやっと重たい食材たちから解放された舞。
「フー……解放感! それにしても……素敵なパパさんだったな~、カッコいいし!」
(時林さん……504号室、ね)
自然と胸の中に書き留めた。
束の間舞はボーっとしていた。
それから食材を冷蔵庫や棚にしまい、クリームシチューを作り始めたのだった。
そんな事があった日の2日後のゴミの日、奇遇にも素敵なパパ・時林さんとマンション前でばったり会った舞。
「おはようございます」
先にゴミ置き場へ向かって歩いて行っている時林さんへと、舞は朗らかにご挨拶。
「あ、ああ! 先日はありがとうございました」
「いえ、いえ。お嬢さんのお怪我、大丈夫ですか?」
「ええ、あれからすぐ水で洗い流し消毒してやりました。まだ絆創膏は貼っていますけどね。大した事が無くて良かった。自転車置き場の段差でつまずいてしまったらしいです」
「本当に良かったです。あたし、心配していたんです。とても痛そうにされていたから……」
「『お姉ちゃんが優しくしてくれたから心強かった』と万友美が言っていました」
「まあ! あたし、お姉さんじゃないですよ、ウフフ」
ちょっぴり、否、かなり喜んでいる舞だ。
「え……と、私から見てもお嬢さん、ですよ? って、これってセクハラですよね、失礼しました!」
顔を真っ赤にするパパさん。
(キャ、かわいい! 男らしくてセクシーな雰囲気なのに、純情なのね)
「ああ、ここにゴミを置いて下さい。私がゴミのネットを掛けますから」
パパさんは先に自分のゴミを置き舞へ促した。
「あ、すみません。ありがとうございます」
舞は花のような笑みをパパさんへ向けた。
「ああ、時林さん、お忙しいんじゃないですか? あたし、なんだか長話を持ちかけちゃって、ごめんなさい」
「いえいえ、今日は夜勤ですからたっぷり時間があります。妻は朝早く仕事に出て行くので、ゴミ出しは私の仕事です」
(フ~ン。奥さん、ネー)
なんだかいけない炎に火が付く予感の舞。
「あ、奥様もお勤めですか。ご立派ですね、子育てとお仕事のご両立。あたしは……欲しかったけど子どもが出来ませんでした。そしてシングルになりここへやって来たの」
少し眉を下げる舞。
すぐに(あ、しゃべりすぎたかな)と感じ「すみません、こんな話をしてしまい、あたし……」
すると時林さんは穏やかに「ご近所さんです。ご遠慮なく行きましょ!」と明るい笑顔を舞へ向けた。
パパさんの名は時林雄介・30才の男盛りだ。
舞と佑介はマンションのエレベーターやエントランスなど、度々会うようになる。
「今日は花冷えですね」だとか「え? あんな遠くのスーパーまで? 今週末、近くのスーパーが売り出しですよ!」なんていう耳寄りな情報を舞は佑介からもらったり、舞は「花壇のチューリップがどんどん育っていて嬉しい」などと会話をした。
ほんの短い時間だが、週に何度かそういうタイミングがある。
舞と佑介は1カ月もすると、まるで昔からの友人か……恋人であるかのように打ち解けたムードをかもした。
*
(売り出しか~。あのスーパー、普段は高いけど、そんな日も定期的にあるのね。ちょうど今日ね、時林さんが教えて下さったもの。よし、行くか!)
舞は、佑介に教えてもらったスーパーへ朝10時ごろ出掛けた。
さすがに目玉商品が並んでいるだけにスゴイ人出だ。
(ン~、今日は何にしようかなー。あ! キャベツがこの大きさで98円!? 買い! そうね、お好み焼きに決定!)
瞳を輝かせ買い物カートを押しつつキョロキョロする舞。
(お豆腐、30円?!)
もはや瞳はキラキラではなくランランと変化して行っている。
「舞さん!」
(え……?)
振り返ると佑介がいた。
「あ、名前、憶えて下さっていたんですね?!」
胸の高鳴りを抑えきれない。
「ええ、舞さん」
こんな生活感のある場にいても、色香を隠し切れない素敵な時林さん。
「あ、私の名前は佑介と言います」
(キャ、こんな自己紹介って……求愛行動?)
などと先走る舞。
「素敵なお名前ですね」
「ありがとう。舞さん、今日はこのスーパーへ来られたんですね」
「はい、佑介さんが……教えて下さったからよ?」
思い切って舞も下の名前で呼んでみた。
佑介は凄く恥ずかしそうにしている。
(なんというか……正直な人なんだなぁ)
とても彼を好ましく思う舞。
二人は自然と一緒にそれぞれの買い物カートを押し一緒に店内を回った。
「今日も夜勤です。でもうちの妻、弁当の一つも作ってくれない。共働きだから贅沢は言えませんけどね。今も仕事に行っています。にしても、家事のほとんどは私の仕事です」
「まあ、立派なご主人だわ。あたし、ね、お弁当作るの好きなのよ?」
意味深な言葉を言ってみたりする舞。
すると佑介はイケメンらしからぬ慌てぶりだ。
舞はサディスティックに、胸がキュンキュンしてしまった。
でもあまりにも照れていて可哀相になってきて、舞は切り出した。
「夜勤のあるお仕事なのですよね、佑介さん。前も言っていらしたわ」
「ええ、バイクの部品を作る工場で働いています」
そう言いながら、お総菜コーナーの大きな中華弁当をカゴに入れた佑介。
「これ、仕事の休憩時間に食べます」とスマイル。
「夜勤……大変ですね!」と舞。
すると佑介が言った。
「ええ。昼間に寝にくい時もありますよ。……持て余してしまいます」
伏し目がちにしたあと、舞を見つめて『持て余す』と言った時の佑介から、オスの香りがした。
舞はおなかの下辺りがキュッとする心地。
凄く胸がドキドキする。
スーパーマーケットは賑わっている。二人はそれぞれの声を相手に届けるためにかなり近寄った。
佑介からは、獣の匂いと甘いトワレのまざったようなたまらない香りがする。
女豹と化した舞は告げてみる。
「あたし、今休職中ですからお家にいるの。よろしかったら眠れない時……お茶を召し上がりに来られます?」
大胆発言をしてしまった自分に我ながら驚き、顔を真っ赤にする舞。
(恥ずかしい!)
しかし……「良いんですか?」と佑介。
佑介はじっと美しい瞳で舞を見つめた。
「はい……」
逃げ出したくなるほど恥ずかしく、うつむく舞。
「明日、丁度夜勤なんです。そして……明日は持て余しそうな予感がします」
(誘惑されている! 妻子のある男性に。いけないわ。でも……)
舞は、大人の誘いを掛けながらもどこか少年のような佑介の屈託のなさを、さらに魅力的に感じる。
「では、明日お待ちしています」
なんだか、佑介に唇を見つめられている気配を感じた。エッチに震えそうな、舞の紅いルージュを引いた唇が光を帯びた。
互いに口説き落としたい気分に濡れている。こんな隠し事はバレてはいけないと、自然と二人は別れてそれぞれにメゾン・ド・アドラブルへと帰った。
帰宅し、豊かな胸が爆発しそうな舞である。
その夜、お風呂で体を洗いながら舞は、バスルームの鏡に泡まみれの真っ白な素肌を映し、くびれたウエストを撫で上げた。
(虜にしてみせるわ、佑介さん。そして尽くしてあげる……)
*
運命の朝が来た。乙女チックな気分と、シたくてしょうがない雌の欲望が渦巻く舞。
いつ佑介が訪れてもよいように、早朝、シャワーを浴び、極上のシャンプーで髪を洗う。
(狂わせたいわ、彼を。色っぽい佑介さんと溶け合いたい……)
恋にときめく舞はバスルームを出、自慢の肌と髪の毛を入念にお手入れ。そしてほんのりとお化粧をした。
装いは菫色で白い襟つきの愛らしいワンピースを。
ソワソワする。舞は部屋を意味もなくウロウロ行ったり来たり。時々鏡を見ては長い髪をとかし、何故かモデルみたいに気取ったポーズを作ってみたり。
――――午前9時過ぎ。
ピンポーン。
「あ! 彼ね」
インターホンモニターを見るとやはり、そう!
「はーい!」
歌うようにチャイムに返事をし、ドアを開けた舞。
「お、おはようございます。早くに来ちゃった……舞さんに、早く……逢いたくて」
いきなりの動物的な甘い言の葉。
舞はモジモジしつつ「嬉しいわ……。入って」と、佑介を招き入れた。
「こちらへどうぞ」とリビングのソファーへと佑介をいざなう。
「はい」
ホットな言葉を舞に告げた佑介だが、緊張しているみたい。硬くなっている。きっと……『硬くなっている』のは全部?
「コーヒー、お飲みになります? あ、でも、佑介さんお帰りになられたら睡眠をとられるんですよね」
「ううん、オレ……あ、『オレ』とか言っちゃった」
「いいじゃない、『オレ』で、ね」と舞がウインク。
すると佑介はゴクリとつばを飲み込んだ。そして「うん。オレ、コーヒーを飲んでも寝る時は無茶苦茶眠れるんだよ」と言う。
「じゃあ、お淹れするわね」
「はい」
ソーサー付きのコーヒーカップ2つを載せたお盆を持ち、テーブルに置いた後……舞は佑介の隣に座った。
「あ、あぁ……」と佑介は頬を紅潮させた。
「恥ずかしいの?」と、舞はお姉さんのように佑介の顔をのぞき込んだ。
ガバッ!
「あん!」
佑介がいきなり舞を抱きしめた。
舞は蕩けそうな感覚に眩暈がしそう。夢見心地……。佑介の体は、やっぱり硬かった、筋肉質でしなやかだ。そして、やっぱり全部を硬くしている。女が疼く。
二人はソファーから立ち上がり、抱き合い見つめ合った。
(熱いわ。瞳も。佑介さん、カッコいい……)
舞の躰がジンジン燃えて来る。
互いに愛撫の限りを尽くした。そしてナチュラルにベッドへと……。
二人の情事はリズミカルで激しく、何回も繰り返された。
「アハァン! 素敵だわ、佑介さん!」
「ハー、ハー、ハー……舞さん、良すぎるよ!」
何度目かの絶頂のあと「コーヒー、冷めちゃったね」ニコリとして舞が言う。両手を佑介の首に巻き付けている。
「丁度良いんだよ。実はね、舞、オレは猫舌なんだ」
(呼び捨て、嬉しい……)
「佑介……あなたの事あたし、好きになっちゃった。どうしよう」
舞は正直に告白した。
すると佑介は「両想いだよ。オレのほうが先に惚れてた」
「え!?」
「初めて舞を見た時から、男としての感情が沸き起こったんだ」
「それって、あたしの躰を好きになったって事?」
「ううん。娘を気遣ってくれた優しさと……もちろん見た目の綺麗さもあるし、お色気も、ある。でも舞の心も愛してしまったんだよ?」
「嬉しいわ」
二人は瞬間接着剤でも塗られたかのように、互いから離れられない躰になった。もちろんハートも重なり混ざり合っている。
初めて一つになった日にLINE IDを交換した。
これで情事を存分に満喫できる。密やかな愛の交換を繰り返せる。
夢のようなひと時を、二人はうっとりしつつ続けている。
ある日など、佑介が舞に夢中になりすぎ、妻が帰宅する時刻を忘れ帰りたがらず、舞を求めた。
「佑介、もう夕方5時前よ。奥さん、帰ってくるまでにお家のベッドで寝ておかなきゃ怪しまれるわよ? また今度シヨ?」
佑介の髪の毛を撫で回す舞。
「うう……。うん、寂しいけど、わかったよ」
佑介は舞のバストをグイグイ揉んだ後、興奮したままだがしぶしぶ服を着た。
会話と躰で互いを知って行く。
舞は、佑介になら自分の弱い処も見せられる、見せたいと思い、自身の心の病について話した。
「……なんでうつ病になってしまったかというと、結婚生活のせいだったんだ。元夫は仕事人間でした。あたしが尽くしても、はっきり言って尽くし甲斐のない人だったわ。孤独だった」
「舞……」
しわくちゃになったシーツの上で佑介は舞を包み込むように、しっかりと抱きしめた。
「淋しかったね、舞。オレは今、こんな立場だけど……オレ、舞を放っておけない。一緒に元気になろう。舞を守るよ。がんばるよ」
「うん……うん。ありがとう、佑介」
そして舞は素直に問うてみた。
「ネェ佑介?」
「ン、なぁに、可愛い舞」
少しためらったが訊いた。
「奥さんとシてるの?」
ギュ! と佑介は舞を抱きしめた。
「大丈夫だよ、舞。随分、うん……6年以上ないよ。6年前から寝室は夫婦別さ。オレの寝相が悪いから、それがきっかけだったんだけど……はっきり言って、冷めきった間柄だよ。ただ、娘のために家族として協力し合っている」
それを聴き、病ゆえ不安を少し抱きつつも、佑介を信じようと誓う舞。
「オレ……本気なんだよ? 舞。わかる?」
「ええ。わかるわ。一緒の気持ちです」
*
今日はクリニック通院の日。
舞は下りて来るエレベーターを待っていた。表示灯が舞のいる『3』を示した。3階。
見ると、たまたま佑介が一人で乗っていた。
「佑介!」
「舞っ、ああ、今日はクリニックだね」
「うん」
そしてぴったりと躰を背後からくっつけて来る佑介。
「当たってるでしょう?」
「ダメよ、佑介、そんな事。防犯カメラがあるんだから」
それでも佑介はガマンできずに、熱い部分を当てながら舞のおしりを撫で回した。
(ああ! こんなはしたない事、凄く燃えるわ。でも奥さんやご近所さんに見つかっちゃ大変)
カンじながら、舞は女心を必死で抑えた。そうして佑介のスケベ行為を必要最小限にとどめさせた。
その後もエレベーターで、舞と佑介はよく二人きりになり、鼓動を高鳴らせ、震えが来るほどにエッチな気分を我慢した。
そうしていつも通り、奥さんが出勤したあとの情事の際に、その努力を爆発させていた。
舞のベッドにて、性の獣と化した雄と雌は純愛を与え合い、貪り合った。
*
そんなスウィートなメロドラマみたいな日々が2カ月経過した頃の事だ。
土曜日。舞は新しい洋服が欲しくてショッピングへ出掛けようとしていた。
そこでようやく、初めて時林一家とエレベーターで一緒になった。
これまでに、佑介やお嬢ちゃんそれぞれと一緒になる事はあったが、家族三人揃ったところ、そして奥さんには初めて会った。
ショートカットで凄く痩せていて、きつそうな雰囲気。お世辞にも美人とは言えない……。佑介から年齢も聴かされていたが、とても29才には見えない。舞より年上に感じられる。つまり更けている。
ちなみに万友美ちゃんは10才、小学4年生だと随分前に佑介が教えてくれていた。
「お姉ちゃん!」と人懐こく声をかけるお嬢さんの万友美ちゃん。
「こんにちは!」と笑顔で舞が返した。
佑介が妻に話す。
「ああ、真佐恵、前に万友美が転んだ時、この方が声をかけて下さったんだよ。話しただろう」
改めて舞は奥さんのほうへ向き「初めまして。遥本舞と申します。よろしくお願い致します」と挨拶をした。
しかし、奥さんはツーンッと黙ったままそっぽを向いた。
気難しい性格だと佑介から聴いてはいたが(初対面でこれ?)舞は不快だった。
だがなるべく平静を保った。
変に敵意を見せ、佑介との関係を見破られては嫌だ。
1階まで下りる短いはずのエレベーターに乗っている時間がいつもより長く感じられた。
(ほんとヤな感じ)
佑介も一芝居うち、なんでもないような顔をしていた。
メゾン・ド・アドラブルで冴えない思いをした出発だった。
イライラがあってか、舞は少々お洋服を衝動買いしてしまった。
(あれが奥さんか。『まさえ』だってさ! フン! なによ!)
帰ってからも腹の虫がおさまらない舞であった。
好きな人のパートナーを見るなんて嫌なものだ。たとえ魅力のない相手であったとしても、嫉妬してしまう。
でも、一夜明けると舞の気持ちはなんとか落ち着いていた。
そして愛しい佑介がやって来た。
ドアを開けたらいつも佑介に飛びつくけれど、ちょっぴり拗ねている舞。
「舞? ごめんね、悲しませてしまって……」
「許さない! 今すぐ思い切り抱いて、死ぬほどイかせてくれたら許すかどうか考えてあげる」と舞はふくれっ面をしつつも流し目を送った。
佑介は(この小悪魔がたまらない)という感じで、すぐさま舞をお姫様だっこした。
ベッドまで舞を連れて行き、少し乱暴にベッドへ寝転がせ、みずから服を脱ぎ始め裸になった。
ハートが部屋中に乱れ飛ぶ。ジェラシーすら二人の愛欲を刺激し、更に繫がりを深める。
あまりにもロマンチックで情熱的なラブシーンだ。
二人の愛の確認作業は今日も長時間に及んだ。
舞は佑介がもしも夫ならどんなに素晴らしいだろう、と夢を見る。
(儚い夢かな)とすぐに諦めてしまうが……時々、万友美ちゃんを含めた三人で幸せに暮らしているところを想像してはため息をついているのだ。
遊園地で遊んでいるところや、公園を三人でおしゃべりしながら歩いているところ。
舞は、会う度に自分を慕い話し掛けてくれる万友美ちゃんが心底かわいい。
*
「あ! 万友美ちゃん」
舞がコンビニへ出た帰り、万友美ちゃんがマンションのエントランスの外にいるのが遠目に分かった。塾の帰りかな。
(でも、もう夜の9時前よ?)
佑介は既に夜勤へ出ている時刻だ。
(奥さん、心配じゃないのかな。こんな時間に女の子一人外に出して……)
「万友美ちゃん」
駆け足で近づいて行った。
なんと万友美ちゃんが泣いている。
「どうしたの? どこか痛い?」
「お姉ちゃん! エーンッエン、エーン!」
万友美ちゃんは舞にしがみ付いて泣き止まない。怪我などはないようだが……。
「ママはお出かけなの?」
すると万友美ちゃんは首を横に振る。
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお家へ帰りましょう。もう夜だもの、ね」と舞が促す。
「ママが怖いから嫌」
万友美ちゃんがそう言った。
「え!?」
「ママが玄関の鍵を閉めたの」
これはいけない、と舞は即座に万友美ちゃんを自分の部屋へ入れてやった。
「お姉ちゃんがママにお話しに行って来ても良いかな? 万友美ちゃん」
「嫌だ! 怖い。言いつけたって怒られるよ、ママに」
「万友美ちゃん、なにがあったのかお姉ちゃんにお話できる?」
万友美ちゃんは少し黙って下を向いていた。暫くし、コクリと頷いた。
舞はミックスジュースを冷蔵庫から出し「どうぞ」と万友美ちゃんへ差し出した。万友美ちゃんは凄い勢いでジュースを飲み干した。
(のどが渇いていたんだな。可哀想に……)
「ママは、パパがお仕事に行ったあと、いつもあたしを叩くの」
「え!」
一瞬舞はショックで言葉を失った。でも万友美ちゃんに声をかけた。
「それは酷いわね。ああ、可哀相に……万友美ちゃん」
そっと、向かい合い座っていた万友美ちゃんのそばへ行き抱きしめた。
「お姉ちゃんがあたしのママなら良いのに! あたし、ママの事、怖くて嫌い! 叩かれて痛い。ヤダ!」
舞は今すぐ佑介にLINEを送りたいが、そんな訳には行かない。不倫関係が露わになりかねない。
「万友美ちゃん、これからお姉ちゃんは万友美ちゃんを助けてくれるところに電話を掛けるわね? お姉ちゃんがママにお話をしないほうが良いのならその方法が良いと思うのだけど、万友美ちゃん……苦しい事をこれからお姉ちゃんははっきりと言います。ママが他の人に怒られたり、捕まるかもしれないけど、良いですか?」
万友美ちゃんは「ママは悪い事、あたしにしている。だから捕まって欲しいよ!」と言った。
それを聴き、舞は迷わず虐待相談ダイヤルへ通報した。
(赦せない!)
佑介にいつか話そうと思っていた事が舞にはあった。それはこういう事だ。
舞は、DVに満ちた家庭で育っていたのだ。子どもを虐待する大人を絶対に赦せない。
自分の心の病は幼少期の虐待も影響しているのかな、と考える時がある舞だ。
暫くすると、舞の部屋の前辺りが騒がしくなり、ドン! ドンッ、ドン! とドアをけ飛ばされるような音がする。
「怖いよ~! お姉ちゃんっ」
舞にしがみ付く万友美ちゃん。
「大丈夫よ、万友美ちゃん。お姉ちゃんがいるからね!」
ドアの向こうから物々しい言い合いが聴こえて来る。
「お辞めになって下さい、時林さん! どうしてこのお宅のドアをけ飛ばしたりするのですか!?」
「ちっ、あの女に決まってる! 前もあのクソガキが転んだ時、介抱しやがった」
舞は耳を疑ったし、何よりも万友美ちゃんに聴かせたくなかった。
悲しみで胸がいっぱいだ。
「万友美ちゃん、向うのお部屋へ行ってドアを閉めていなさい」
そう言い、舞は玄関を開けた。
「なにやってるんですか?!」
「ハ?! あんたには関係ねーわ。クソガキを返せ」
「黙りなさいよ! あんた!」
舞はこらえきれずに叫んだ。
「子どもはオモチャじゃないのよッ!」
懸命に万友美ちゃんの母をなだめようとしていた児童相談所の職員らしい人が「あの、あなた様のお宅に今、万友美ちゃんはいらっしゃるのですか?」
「はい。わたしは遥本舞と申します。舞ちゃんはお母様を怖がっていらっしゃいます。『叩かれた』とも」
あとから警察も駆け付けた。
「言う事聞かないガキを殴って何が悪い! だいたい、欲しくもなかったガキだよ。物の弾みで出来ちまったガキさ」
なんてむごい事を! 舞は気絶しそうなほど頭に血が上った。そしてそれを上回る胸の痛み。
こんな言葉を万友美ちゃんが聞いている。それが一番耐え切れない。
警察官が「お嬢さんに会わせてもらいます、遥本さん」と言った。
舞は「ええ、その前にこれ以上、万友美ちゃんを傷つける訳に行かないので、早くお母さんをどこかへ連れて行って下さい」と言った。
涙が出てきた。余りにも悲しい。
警察から佑介に連絡が入ったのだろう。約1時間後に父親である佑介が帰宅した。
それまで舞の自宅で万友美ちゃんは、警察と児童相談署の職員に、日常的にあった虐待の事実を一生懸命話していた。
舞はいろいろと考えた。
(まさか、佑介とあたしの関係がバレていてストレスを感じた奥さんが万友美ちゃんを痛めつけていたの?)とか……。
しかし、万友美ちゃんの話によると、小学校に上がった時からずっと巧妙な虐待が行われていた事が判明した。顔は殴らなかったり、言葉で罵ったり、耳を塞ぎたくなるような酷い虐待だ。
虐待が行われていたのは、舞がメゾン・ド・アドラブルへ引っ越してくる前からだった。
佑介の顔が真っ青になっていた。
走って来たのだろう。舞の部屋にやって来た佑介は、ゼーハーと息切れしていた。
「万友美!」
「パパッ、ワ―ン!」
父親がやって来た事に安堵の気持ちがあっただろうし、辛さが溢れ出し始めたのだろう、万友美ちゃんは佑介に抱きつき号泣した。
「万友美! ごめん、パパが悪い! ママの虐めに気付かなかったなんて、情けないパパだ、赦してくれ! 可哀想に、万友美! 万友美……」
佑介は鼻汁を滲ませながら男泣きした。
母親は事情聴取のため、既に他の警察官に連れて行かれていた。
佑介が帰宅したので、児童相談署の職員・警察官は時林家へと移動した。
舞と佑介はしっかりと見つめ合った。
佑介がどれほど悲しんでいる事かと思うと胸が張り裂けそうな舞だ。
*
佑介はすぐに拘置所にいる妻へ離婚届を送った。
ハンコはすぐにつかれ、佑介の手元に戻ってきた。
弁護士の話によると「仕事が旨く行かなくてイライラしていたから、子どもをストレス発散の道具にした」と真佐恵は悪びれる様子もなくしゃべったという。
なんという事だろう。ずっと癒えない傷だってある事を知っている舞は、万友美ちゃんが気の毒で打ちひしがれた。
万友美ちゃんは佑介が休みの日にカウンセリングを受けるようになった。
それは舞から佑介への提案であり、お願いだった。
万友美ちゃんは相変わらず舞の事が好きらしく「ママになって!」とマンションで会うと口にする。
でも舞は、寂しく辛い思いをしてきた万友美ちゃんには、パパと二人きりの温かい時間を持ってほしい、と祈るような心地がしている。
万友美ちゃんが児童相談所の人へ強く訴えている事、そして父親である佑介の信頼感から、佑介が夜勤へ出ている夜間、万友美ちゃんは舞と一緒に過ごす事となった。
舞と佑介の関係?
も・ち・ろ・ん、万友美ちゃんが学校へ行っている時は、思いきり色んなポーズで楽しんでいるよ?
舞と佑介はハート型の右と左。ふたつで一人の人間が出来上がるみたいに恋しさが止まらないんだもの。
これからはエレベーターで抱き合って、ディープキスしちゃっても良いかもよ?
愛し合うことは素敵なこと。




