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赤毛の職人とぬいぐるみの戦争  作者: 牛熊


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8. 第5章 足りないもの-1

ネイトとラッセルはフリントムーア連邦から帰国した後、打ち合わせのためその足でラッセルの家に向かった。


日が高い時間帯ということもあり、下町では行き交う人々が多く、子どもたちが走り回っていた。


2人を乗せた車は人混みの間を縫うようにして進んでいく。


無事家に着いた後、ラッセルは出迎えてくれたリネットを抱き上げて家の中に入りながら、エリノアに様子を尋ねた。



「留守番している間、問題はなかったかい?」


「大丈夫よっ!」


ラッセルの問いにエリノアがいつも通り元気よく答える。



双子の世話をスチュアートと近所の人に頼んでいたおかげもあって、どうやら問題はなかったようだ。


ラッセルはリネットを下ろし、留守番してくれた娘たちにお土産を渡す。


フリントムーア連邦の名産品である帽子やブローチはその場で渡すが、現地で仕入れてきた生地は後日2人の要望を聞きながら服に仕立てる予定だ。



「ありがとう、パパ!」


「愛してる!」


2人は黄色い声を上げ、お土産を抱えて姿見の前に駆け出した。


ネイトが「まるで山賊だな」と呆れ返っていると、2人は早速ファッションショーを始めた。


帽子を被りながらポーズを取り、ブローチの付ける場所を変えて一番似合う場所を探していく。


生地を体に当てながら、「ワンピースにするか、それともセパレートで別の生地と合わせるか」「どうせならブローチとセットで考えましょう」と議論まで始める始末だった。



笑顔混じりではあるが、その顔は真剣そのもの。


幼いながらも、やはり女性なのだろう。


ラッセルはその様子を微笑ましく眺めながらも、展示会で見た貴婦人たちの光景を思い出して身震いする。


(あと10年もすれば、この2人もああなるのだろうか...?)


ラッセルは遠くない未来に思いを馳せながら、ティーポットとカップの準備を始めた。



**********



窓から差し込む光がテーブルを染める。


テーブルには使い込まれたティーポットとカップが並び、紅茶とミルクの香りが漂っていた。


ネイトとラッセルは隣り合って座り、その正面にはエリノアとリネットが同じように座っている。


そして、4人のちょうど真ん中、テーブルの中央にはベアトリスが鎮座していた。



ネイトは赤い髪を無造作にかき上げ、淡褐色の目でベアトリスをじっと見つめた。


ラッセルは髭を指で撫でながらネイトの言葉を待つ。


エリノアとリネットは金色の髪を揺らして、興味津々に2人を見ている。


そして、ネイトは紅茶を一口飲んだ後、腹をくくったかのような表情で口を開いた。



「俺は今から少女になる」


ネイトはそう言い放った後、ベアトリスを掲げた。


「ベアトリスのことを理解するためには、そうしなきゃならねえ」


食卓が静まり返った。


ラッセルの灰色の目が見開き、エリノアが「え、どういうこと!?」と叫び、リネットがクッションを抱きしめて固まる。


ネイトは真剣な表情で続けた。



「今まで、ぬいぐるみ作りを舐めてた。適当に作りゃいいと思ってたが、そんな自分を殺してやりたいくらいだ。ティムの野郎に舐められたままじゃいられねえ。恥も外聞も捨てて、最高の作品を作るため最善を尽くす」


ネイトはバッグから、チョコレートビスケットとショートブレッドの2つの箱詰めを取り出し、エリノアとリネットに差し出した。


そして、頭を下げる。


「お前らの力を貸してくれ。頼む」



エリノアは目を丸くし、ラッセルは髭の下で唇を震わせた。


目の前にいる人間は本当にネイトだろうか?


頼み事をするだけでも驚きなのに、わざわざお菓子の詰め合わせを持ってくるなど信じ難い。



しかも、オックストンに住む者であれば一目で分かるような、高級店のマークが入った箱入り品をだ。


ネイトと知り合って間もないが、こんな殊勝な人間ではなかったはずだという思考が、目の間の光景を受け入れさせまいと2人を阻む。


だが、リネットは2つのビスケットの箱を見た瞬間、灰色の目を輝かせ叫んだ。



「引き受けたわ! 私に任せて!」


金色の髪が揺れ、彼女はビスケットの箱に飛びついた。


「ちょっと、リネット! 落ち着きなさいよ!」


エリノアはリネットをたしなめたが、彼女も笑顔を隠せていない。


ラッセルはネイトの決意に驚きつつ、静かに頷いた。



「分かった、好きなようにするといい。帰路では思いつめている様子だったが、そんなことを考えていたんだな。サポートは任せてくれ」


「助かる」


ネイトはラッセルと目を合わせて頷いた後、ベアトリスの頭に手を乗せ、エリノアとリネットに向き合った。



「お前ら、ぬいぐるみを日頃どう扱ってる? 具体的に教えてくれ。どんなことでもいい。友達とかの話でもいいぞ」


エリノアは左側の編み込みを指で弄りながら答えた。



「ベッドで一緒に寝たりするわ。ぬいぐるみがいると安心するの。友達の話だと、小さい頃は外に出る時いつも抱えてたって言う子もいたわね。ぬいぐるみが木の枝に引っかかって破れて、大泣きした子を見たことあるから、そんなに珍しい話じゃないと思うわ」


リネットはビスケットを頬張りながら、エリノアに続く。


「家で本を読む時に抱えてるよ。膝の上に置くと、なんか落ち着くの。他にも勉強する時とか、机の上に置いておくと見守っててくれるようでやる気が出てくるわ」


そして、リネットはゴクンとビスケットを飲み込み、ベアトリスを指さした。



「女の子になるんでしょ。じゃあ、まずぬいぐるみに名前をつけなきゃ」


大事なぬいぐるみに名前をつけずして、なにが少女か。


本気だと言うなら覚悟を見せろ。


言外にそう主張するリネットを前に、ラッセルとエリノアは「流石にハードルが高いのでは...」と考え、顔を強張らせる。


しかし、ネイトは平然とベアトリスを掲げ、淡褐色の目でリネットを見返しながら宣言した。



「じゃあ、今からこいつはシェヘラザードだ。俺の相棒だな」


その言葉を聞いて、エリノアがすかさず指摘する。


「こいつじゃなくて、彼女よ」


ネイトは一瞬驚き、すぐに頭を下げた。



「…そうだな。彼女だ。悪かった。こういうところから直していかねえとな」


彼の声には、今までになかった謙虚さが滲む。


ラッセルはそんなネイトに驚き、灰色の目でじっと見つめた。


エリノアとリネットも顔を見合わせ、「なんか…変わったね」と囁き合った。

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