第7話「......」
砕け散った魔狼の残骸が風に舞う。
戦いの余韻がまだ周囲に漂っていたが、静寂が訪れた。
その中で、一人の少女が駆け出す。
「お坊ちゃまっ!」
メイド服の裾を翻しながら、アルナ・フィンレイが走り寄った。
彼女の顔には明らかに動揺が浮かんでいる。
レイヴンは無言のまま、彼女を見た。
「大丈夫ですか!? どこか怪我は……」
そう言いながら、アルナはレイヴンの身体を隅々まで確認する。
レイヴンは (大丈夫だ) と言おうとしたが、声は出ない。
結局、軽く首を振ることで応えた。
アルナはレイヴンの無言の返事を受け取ると、ほっと息をついた。
「……もう、心配しましたよ! いきなり飛び出して……!」
叱るような、しかし安堵が混じった声色だった。
そして、ふと彼女の視線が別の方向へ向けられる。
そこには、レイヴンたちに助けられた二人――レオンとリリアがいた。
戦いを終えたばかりのレオンは、剣を収めながらレイヴンたちへと視線を向けた。
その表情には、驚きと感謝の色が浮かんでいる。
「……この度は助けていただき、誠にありがとうございました!」
レオンは姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。
リリアもそれに倣い、深々と頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます!」
二人とも貴族に対する正式な礼儀を崩さず、端正な態度を取っていた。
しかし、レイヴンはそれに対し、ただ静かに立っているだけだった。
「……」
沈黙が生まれる。
レオンが「?」と微かに首をかしげる。
リリアも「えっ?」という顔をしながら、戸惑ったようにレイヴンを見た。
その沈黙を破ったのは、ルシアだった。
「私たちは王都へ向かう途中だったの。道中で貴方たちの戦いを目にして……放っておくわけにはいかなかったから」
ルシアの言葉に、レオンは僅かに驚いた様子を見せながら、丁寧に応じた。
「……重ねて、お礼を申し上げます。貴族の方々に助けていただけるとは、思ってもおりませんでした」
リリアがそっと顔を上げる。
「私たちは、魔物の気配を察知し、戦うつもりでしたが......想像以上に強く、兄も吹き飛ばされてしまって……」
悔しげな表情を浮かべながら、リリアは静かに言葉を紡ぐ。
「ご無礼でなければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
レイヴンは、応えようとした。
だが、言葉は出ない。
「……」
再び沈黙。
レオンとリリアの表情が微妙に固まる。
リリアは戸惑いながら、そっと兄を見た。
レオンもまた、レイヴンの反応を困惑した様子で見ている。
その沈黙を破ったのは、再びルシアだった。
「彼はレイヴン・クロイツァーよ」
「クロイツァー……」
レオンが小さく呟いたが、その名に特別な反応を示したわけではなかった。
リリアもまた、どこか「知らない人だな……」という顔をしている。
(……そうか、彼らはまだ俺のことを知らないんだ)
レイヴンは、心の中で小さく呟いた。
エターナルクレストの本編では、クロイツァー家は悪役として登場していた。
だが、物語が始まる前のこの時点では、彼らにとってはただの一貴族の名に過ぎない。
再び静かな間が生まれる。
それを破ったのは、ルシアだった。
「王都へ行くなら、私たちと同行するといいわ」
レオンとリリアが驚いたようにルシアを見た。
「えっ……」
リリアが驚いたように声を漏らす。
「ですが、そのようなご厚意をいただくのは……」
レオンが控えめに言葉を選びながら断ろうとするが、ルシアはあくまで淡々とした口調で続ける。
「戦ったばかりで疲れているでしょう。ここから王都まではまだ距離があるし、馬車を使った方がいいわ」
そう言われ、レオンとリリアは顔を見合わせる。
しばしの沈黙の後、レオンが深々と頭を下げた。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
リリアも同じく頭を下げる。
「感謝いたします」
こうして、レイヴンは主人公たちと共に王都へと向かうことになった――。