幕間「アルナ・フィンレイの回想」
クロイツァー家の屋敷は、夜の静けさに包まれていた。
アルナ・フィンレイは、夜の当番として屋敷内の見回りを終えたところだった。
廊下を歩きながら、明日から始まるレイヴンの学園生活のことが自然と頭をよぎる。
(……いよいよ、レイヴン様も学園に行かれるのね)
少しの寂しさと、それ以上の期待が入り混じった感情が胸に広がる。
彼女がクロイツァー家に仕えるようになって数年。最初は仕事として割り切っていたが、今ではこの家族の一員のような気持ちで日々を過ごしていた。
(最初は本当に怖かったんだけどなぁ……)
クロイツァー家は王都でも有名だった。
無口で冷酷な魔法貴族という噂がまことしやかに囁かれ、屋敷に仕えることを躊躇する者も多かった。
アルナ自身も、初めてこの屋敷に足を踏み入れたときは緊張で手が震えていたものだ。
(でも、全然違ったのよね)
確かに、奥様以外はみんな無口だった。
当主もレイヴン様も、口数は極端に少ない。というか喋っている姿をほとんど見たことがない。
でも、その静けさの中にある優しさや温かさを、アルナは日々の中で感じ取るようになっていた。
(レイヴン様って、本当に静かな方だけど……優しい方よね)
廊下ですれ違うときに見せる小さな頷きや、仕事でミスをしてしまったときでも怒ることなくただ静かに見守る姿勢。その全てが、彼の冷たさではなく、人柄の穏やかさを物語っていた。
(でも、あれが普通なんだろうなぁ……この家の人たちにとっては)
周囲の誤解もその無口さから来ているのだろう。
しかし、屋敷で過ごす時間の中でアルナは知っている。
この家族がどれほど温かく誠実であるかを。
(それにしても……レイヴン様。学園に行くなんて、ちょっと心配)
明日から始まる学園生活で、レイヴンは多くの貴族や平民と関わることになる。
彼の無口さが誤解を生まないか、周囲に馴染めるのか――そんな不安が頭をよぎる。
(でも、きっと大丈夫。あの方は、言葉がなくてもちゃんと伝わるものを持っているから!)
そう思うと、自然と微笑みがこぼれた。
彼の静けさの中にある強さや優しさは、きっと誰かに伝わるはずだ。
いや、伝わってほしいと願っている。
(それに、私も一緒に行くんだから……!)
貴族の子息は、学園に執事やメイドを同行させることが許されている。
アルナもレイヴンの付き添いとして、学園生活を共にすることになっていた。
(うう、でも学園って緊張するなぁ……私、ちゃんとやれるかな?)
アルナ自身も学園の雰囲気や、他の貴族たちとどう接すればいいのか不安だった。
でも、レイヴンがいるからきっと大丈夫。彼の側にいることで、自分も少しは強くなれる気がする。
(……よし、明日は絶対に遅刻しないようにしなきゃ!)
ドジを踏む自分の姿が頭をよぎり、思わず頬を膨らませた。
普段なら何かしら失敗してしまうアルナだが、明日はレイヴンに迷惑をかけないよう、気合を入れ直す。
(頑張ろう、レイヴン様のためにも)
静かな廊下に足音を響かせながら、アルナは自室へと戻っていった。
明日から始まる新しい日々に、少しの不安とたくさんの期待を抱きながら――。