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第3話「......」

 食事を終え、自室に戻ったレイヴンは、重厚な扉を静かに閉めた。

 深紅のカーテンから差し込む陽光が、部屋の中を柔らかく照らしている。

 豪奢な装飾が施されたこの部屋も、まさしくゲームの中で何度も見た光景だった。


(……落ち着け。まずは、今の状況を整理しよう)


 ベッドに腰を下ろし、深呼吸をする。だが、喉から漏れるのはやはり「……」だけ。

 言葉を発することができないという現実が、再び彼の胸を重くする。


(俺は神谷 蓮。高校二年生で、深夜までゲームをしてたら……気がついたら、ここにいた)


 頭の中で何度も繰り返す。これは夢でも幻想でもない。現実として、この世界に存在している。


(そして今の俺は――レイヴン・クロイツァー。この家の跡取りで、ゲームの中じゃ確か……)


 記憶を辿る。

『エターナルクレスト:運命の聖戦』。蓮が愛してやまなかったRPG。その中でクロイツァー家は、王国に反逆した悪役貴族として描かれていた。


(でも、今の両親はそんな悪人じゃない。むしろ、めちゃくちゃ良い人たちだ)


 父の無言の優しさ。母の温かい微笑み。ゲームの中で描かれていた冷酷な貴族像とは、あまりにも違いすぎる。


(……ということは、やっぱり冤罪ってことか?)


 ゲームのシナリオでは、クロイツァー家はレイヴンが18歳の年に王国に対して反逆罪を犯したとして没落する。

 だが、その内容はどこか曖昧で、詳細な描写はなかった。


(あれって、実は真実じゃなかったのか?)


 その時、レイヴンの頭の中に別の記憶が浮かび上がった。

 それは、転生する前のレイヴンの記憶――この世界のレイヴンが実際に生きてきた人生の断片。


 父の厳しいけれど温かな視線。

 母の微笑みと、優しく髪を撫でる手の感触。

 屋敷の中を走り回った幼少期の思い出、庭で父と魔法の練習をした記憶。

 そして――王都の学園に入学することを楽しみにしていた日のこと。


(……これは、俺じゃない。でも、確かにレイヴンとしての記憶だ)


 それは、蓮の記憶とは明らかに異なるが、どこか懐かしささえ感じるほど鮮明だった。

 まるで自分が本当にこの世界で生きてきたかのような感覚。


(……俺は蓮でもあり、レイヴンでもあるってことか)


 この瞬間、レイヴンは自分が単に転生したのではなく、この世界のレイヴンの記憶と融合していることに気づいた。

 ゲーム知識と、この世界の記憶。その両方を持つ自分だからこそ、家族を救えるかもしれない。


(とりあえず、分かってることをまとめよう)


 頭の中で冷静に情報を整理する。


・現在の年齢は16歳。あと2年でクロイツァー家が冤罪で没落するはず。

・家族は明らかに善良で、反逆の意思はなさそう。

・他の貴族たちの中にクロイツァー家を陥れようとしている勢力がいる。

・レイヴンは無口キャラで「……」としか喋れない。


(……喋れないのが一番の問題だな)


 どれだけ家族を救いたいと思っても、肝心の情報を伝える手段がない。


(……でも、両親には伝わる)


 父と母はレイヴンの沈黙の中にある意図を読み取ることができる。これは大きい。

 父母を通じて情報を共有し、家族を守るための手を打つことができるかもしれない。


 窓の外を眺めると、庭で父が使用人たちと談笑している姿が見えた。

 厳格な表情ながらも、使用人たちに優しく接しているその姿は、ゲームの中のクロイツァー家の当主像とはまるで違う。まあ、父は言葉を発していないのだが…...。


(絶対に、こんな家族を失わせたりしない)


 二年という猶予はある。だが、それは決して長くはない。

 レイヴンは静かに拳を握りしめた。


(……喋れなくても、絶対に家族を守ってみせる。)


 そう心に誓いながら、レイヴンはこれからの2年間をどう生き抜くかを考え始めた。


(家族のことは一旦置いといて、まずは自分の能力を確認しないと)


 この世界がゲーム『エターナルクレスト』の中であることはほぼ確実だ。

 ならば、ゲームと同じようにステータス画面やスキルツリーが存在するはず。


(確か、ステータス表示の方法は……)


 ゲームの記憶を辿りながら、レイヴンは指を鳴らす――その瞬間。


 ピンッ――


 空間に淡い光の粒が浮かび上がり、目の前に半透明のステータスウィンドウが現れた。


(……出た! マジでゲーム通りだ)


 目の前に表示されたのは、自分の能力を数値化したステータス画面だった。


【ステータス】

 名前:レイヴン・クロイツァー

 年齢:16

 種族:人間(貴族)

 称号:クロイツァー家次期当主

 レベル:35


 HP:1450 / 1450

 MP:3000 / 3000

 攻撃力:350

 防御力:300

 魔法攻撃力:450

 魔法防御力:400

 敏捷性:400

 知力:500

 魅力:400


(……レベル35って、結構高いな)


 普通、学園に入学する貴族の子息はレベル20前後が平均だ。

 レイヴンのレベルはそれを遥かに上回っている。


(でも、これって……レイヴン本人の努力か? それとも俺が転生してきたから?)


 疑問は尽きないが、ステータスをさらに確認していく。


【スキル】

 •元素魔法(火):Lv.4

 •元素魔法(水):Lv.3

 •元素魔法(風):Lv.2

 •元素魔法(土):Lv.4

 •非元素魔法(結界):Lv.5


【アビリティ】

 •無言の意思疎通:Lv.MAX

 •静寂の加護:Lv.1

 •無口の極意:???


(……結界魔法、Lv.5って結構強いな。元素魔法はバランス型か)


 レイヴンはゲームの記憶と照らし合わせながら、自分の能力の特徴を確認した。

 クロイツァー家の特異性として、非元素魔法が強力であることは知っていたが、ここまでレベルが高いのは意外だった。


(それにしても……「無口の極意」ってなんだよ)


 スキル一覧の最後に表示された謎のスキル。詳細を確認しようと意識を向けるが、説明文は表示されない。ただ「???」とだけ記されている。


(……これ、絶対ろくでもないスキルだろ)


 苦笑しながらも、レイヴンは他の固有スキルの詳細を確認した。


【無言の意思疎通】

 沈黙の中でも相手と意志を通わせる能力。家族にのみ効果を発揮する。

 ※発動条件:発声を伴わないこと。


(やっぱり、父さんと母さんに意図が伝わるのはこのスキルのせいか)


【静寂の加護】

 沈黙を守ることで魔力の回復速度が上昇する。

 さらに、沈黙の時間が長いほど、魔法の威力が上昇する。

 ※現在の上昇倍率:1.5倍


(沈黙で魔力回復って……ゲーム的には便利だけど、俺には皮肉にしか思えないな)


 次に、レイヴンはスキルツリーの確認に移った。

 目の前のウィンドウが切り替わり、枝分かれしたスキルツリーが表示される。


【スキルツリー】

 ───【元素魔法ツリー】───

  │

  ┌────┬────┬────┬

【火Lv.4】【水Lv.3】【風Lv.2】【土Lv.4】

│ │ │ │

   【上級魔法習得】(ロック中)


 ───【非元素魔法ツリー】───

  │

  ┌────┬────┬────┬

【結界魔法 Lv.5】   【ロック中】

  │

【多層結界】(ロック中)

  │

【究極結界】(ロック中)


 ───【無口強化ツリー】───

  │

【無言の存在感】(習得済)

  │

【沈黙の威圧】(ロック中)

  │

【絶対沈黙】(ロック中)


(……ツリーのデザインはゲームと同じだけど、無口強化ツリーって何だよ)


 レイヴンは思わずツッコミを入れたくなったが、冷静にその内容を確認していく。


【無言の存在感】

 発言せずとも場の中心に立つ。周囲の人間に強烈な印象を与え、誤解を招きやすくなる。


(いや、これは困るって!誤解されるのはマジで勘弁してくれ……)


【沈黙の威圧】

 何も言わずに相手を圧倒する。精神耐性の低い敵は逃走することがある。


(これは使えるかもな。でも普段の生活で発動したら……いや、それは困る)


【絶対沈黙】

 一定時間、全ての音を遮断する結界を展開する。範囲内の全ての生物が発声不可能になる。


(……これ、戦闘以外で使ったら大問題じゃないか?)


 スキルツリーを確認し終えたレイヴンは、溜息をついた。

 喋れないというデメリットを補うどころか、さらに無口を極める方向に特化していることに苦笑いするしかなかった。


(まあ、意外と家族を守れる力があるっぽいから、悪くないのか......?)


 無口であることが宿命なら、それを最大限に利用するしかない。

 レイヴンは静かに決意を固めた。

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