第17話「......」
学院の鐘が鳴り、一日の終わりを告げる。
夕闇が徐々に校舎を包み込み、生徒たちは思い思いに寮へと帰っていった。
レイヴンは静かに貴族寮への道を歩いていた。
初日を終えた今、頭の中には様々な思いが渦巻いている。
(喋れないというハンデは、思った以上に厄介だな......)
自己紹介ですら一苦労だった。これからの授業や、対人関係はさらに難しくなるだろう。
だが、それ以上に気になるのは、ヴィルヘルムのような敵対者の存在だった。
そんなことを考えながら歩く中、背後から大きな足音が聞こえてきた。
「おーい、レイヴン!待ってくれよ!」
振り返ると、ガルハートが豪快な笑顔で駆け寄ってきた。
彼の額には汗が浮かび、どうやら訓練場で体を動かしていたようだ。
「ふう、やっと追いついた。さっきから呼んでたんだぜ?」
レイヴンは軽く肩をすくめる。
聞こえなかったのは、彼が深く考え事をしていたからだ。
「初日から一人でさっさと帰るなんて、寂しいじゃないか」
ガルハートは肩を組みながら、一緒に歩き出す。
「今日はすごい一日だったよな!あのヴィルヘルムってやつは面倒そうだけど、他には面白い奴がいっぱいいるし」
彼は止まることなく話し続ける。
レイヴンは黙って聞いているだけだが、ガルハートはそれを気にする様子もない。
「それにしても、お前の魔法はすげぇな!詠唱なしであんなことができるなんて」
レイヴンは軽く頷く。
そう言えば、喋れないというハンデは、魔法においてはあまり問題にならない。
頭の中での詠唱さえあれば、魔法を発動できることは分かっている。
ガルハートはレイヴンの表情を不思議そうに見つめた。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
レイヴンは再び頷く。
「お前はなんで喋らないんだ?嫌なら答えなくていいけど」
その質問は、いずれ来ると思っていた。
レイヴンは一瞬考えた後、肩をすくめる。
「......そういうもんなのか。気にすんなよ、俺は別に気にしないからさ」
ガルハートは気さくに笑う。
「でも、つまらないことで悩むなよ。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ......あ、いや、教えてくれ」
彼の率直な態度に、レイヴンは内心で苦笑する。
喋れないことを大したことないと思ってくれているのは、ある意味で救いだった。
「おっ、寮に着いたぜ」
二人は貴族寮の門を潜り、共同の部屋へと足を運んだ。
*
寮の部屋は、二人で使うには十分な広さがあった。
大きな窓からは学院の敷地が一望でき、夕焼けに染まる校舎が美しく映える。
レイヴンとガルハートのベッドは部屋の両端に配置され、中央には学習机やソファが置かれていた。
ガルハートは荷物を放り出すと、大の字になってベッドに横たわる。
「ふう、疲れた~!でも充実した一日だったぜ」
レイヴンはアルナがきちんと整理してくれた衣装ケースから着替えを取り出し、静かに制服を脱ぎ始めた。
「なぁ、レイヴン」
突然、ガルハートが真剣な声で呼びかける。
「さっきのヴィルヘルムの件だけど、気をつけたほうがいいと思うぜ」
レイヴンは振り返り、ガルハートを見る。
彼は珍しく真面目な表情をしていた。
「あいつ、単なる問題児じゃないからな。学院内でも結構な数の取り巻きがいるし、面倒なことになりそうだ」
ガルハートは起き上がり、レイヴンに真っ直ぐ向き合った。
「俺はああいう連中は苦手でな。実力で勝負せず、背景とか立場で人を判断するようなやつは」
彼は両手を組み、続ける。
「俺は派閥なんて気にしないタイプだから、誰とでも仲良くするぜ。だからこそ、お前にも忠告しておきたいんだ」
ガルハートの真剣な眼差しに、レイヴンは軽く頭を下げた。
感謝の気持ちを伝えたかったが、言葉にはできない。
だが、ガルハートは彼の気持ちを理解したようだ。
「礼なんていいさ。ルームメイトだからな!」
彼は豪快に笑うと、すぐにいつもの明るさを取り戻した。
「よし、晩飯の時間だぜ!食堂に行こうぜ!」
レイヴンは首を横に振る。
ガルハートは少し驚いた表情を見せる。
「行かないのか?腹は減ってないのか?」
レイヴンは机に置かれたスケジュール表を指差し、図書館の位置を示した。
「図書館か?調べものがあるってことか」
レイヴンは頷く。
「へぇ、初日からやる気満々だな。いいぜ、俺は食堂に行くから、後で合流しようぜ」
ガルハートは軽く手を振ると、部屋を出ていった。
彼の足音が遠ざかるのを確認し、レイヴンは深く息を吐いた。
(図書館も行くが、まずは自分の能力を確認しておかないと)
レイヴンは指を鳴らし、目の前に半透明のステータスウィンドウを表示させた。
【ステータス】
名前:レイヴン・クロイツァー
年齢:16
種族:人間(貴族)
称号:クロイツァー家次期当主
レベル:35
HP:1450 / 1450
MP:3000 / 3000
攻撃力:350
防御力:300
魔法攻撃力:450
魔法防御力:400
敏捷性:400
知力:500
魅力:400
【スキル】
•元素魔法(火):Lv.4
•元素魔法(水):Lv.3
•元素魔法(風):Lv.2
•元素魔法(土):Lv.4
•非元素魔法(結界):Lv.5
(火と土が得意で、風はまだ弱いな)
レイヴンは自身のステータスを確認しながら、今後の方針を考える。
非元素魔法の結界は得意だが、他の元素魔法も強化しておく必要がある。
特に風魔法は、弱点になりかねない。
(今日は実験室を確認して、明日から本格的な練習だな)
彼は静かに身支度を整え、部屋を後にした。
*
レイヴンは学院の図書館へ立ち寄り、いくつかの魔法書を閲覧した後、実験室のある北棟へと向かった。
ガイウス先生の説明にあったように、実験室の使用には許可が必要だが、見学は自由だった。
北棟に到着すると、入り口には監視役の上級生が立っていた。
「こんな時間に来るなんて珍しいな。何か用か?」
レイヴンは軽く会釈し、見学したい意図を伝えるために、首を傾げて中を覗き込むような仕草をした。
「ああ、見るだけか。いいぞ、だが中に入るときは必ず許可をもらうんだぞ」
上級生は彼を通し、実験室の入り口まで案内した。
実験室の扉を開くと、広々とした空間が広がっていた。
円形の部屋の床には複数の魔法陣が刻まれ、壁に沿って様々な魔導器具が並んでいる。
天井には魔力を増幅するための特殊な結晶が埋め込まれていた。
(ここなら、非元素魔法の結界も安全に練習できそうだな)
レイヴンは部屋を一周し、設備を確認していく。
防音設備、魔力吸収装置、緊急停止用の魔法陣……すべて最新の設計だった。
(明日、ガイウス先生に許可をもらおう)
実験室を出た後、レイヴンは訓練場へと向かった。
この時間、多くの生徒は食堂や寮で過ごしているため、訓練場は空いている。
魔法練習用のエリアに入ると、幸いにも誰もいなかった。
(基本的な元素魔法なら、ここで練習できるな)
彼は周囲を確認し、誰もいないことを確かめると、深く息を吐いた。
そして、まず火の魔法から試してみることにした。
(灼熱の息吹よ、我が呼びかけに応えよ)
『承認。第三階梯まで許可する』
(熱を集め、炎となれ!『ファイアボール』!)
レイヴンの指先から小さな火の玉が生まれ、空中でゆっくりと回転する。
彼はその炎を指先で操り、様々な形に変化させていく。
(Lv.4だけあって、制御は容易だな)
しばらく火の操作を練習した後、彼は次に土の魔法を試した。
(大地母よ、我は不動なる守護への感謝を捧げる)
『承認。第三階梯まで許可する』
(堅牢なる岩となれ!『アースシールド』!)
地面から小さな土の塊が浮かび上がり、盾の形に固まる。
レイヴンはその硬度を確かめるように軽く触れ、満足げに頷いた。
次に彼は水の魔法を試みる。
(水の理よ、我が願いに応じたまえ)
『承認。第二階梯まで許可する』
(水流よ、我が手に従え!『ウォーターストリーム』!)
空気中の水分が集まり、細い水流が形成される。
Lv.3の熟練度は、火や土ほどではないが、基本的な操作は問題なかった。
最後に風の魔法――彼の最も不得手とする属性を試した。
(天空の風よ、我が声に応えよ)
『承認。第一階梯まで許可する』
(疾風となり、切り裂け!『エアカッター』!)
空気が僅かに震え、小さな風の刃が生まれる。
しかし、その形状は不安定で、すぐに消えてしまった。
(やはり風は苦手だな。もっと練習が必要だ)
レイヴンは額の汗を拭いながら、自分の現状を確認する。
元素魔法はバランスが取れているが、より複雑な魔法を使いこなすには、まだ練習が必要だった。
そして最も大切な非元素魔法――結界は、実験室での練習が必要になる。
(明日からが本番だな)
彼は静かに拳を握りしめた。
家族を救うためには、より強くならなければならない。
突然、背後でドアが開く音がした。
レイヴンは慌てて魔法を解除し、振り返る。
そこに立っていたのは——
「やはり、ここにいたか」
冷静な声が響いた。




