表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

第2話「......」

 アルナの手助けを受けながら、レイヴンは重い身体を起こした。布団から出ると、見慣れないがどこか既視感のある豪華な服が用意されている。紫の刺繍が施された黒いジャケットと、貴族特有のエレガントな装飾が施されたブーツ。間違いない、これはゲームの中で見たクロイツァー家の服装だ。


(……これ、着るのか?)


 無言のまま服を手に取ると、アルナがにこやかに微笑んだ。


「お坊ちゃま、ご自身でお着替えになりますか? それともお手伝いしましょうか?」


(いや、助けてくれるのはありがたいけど、そんなことより普通に喋りたい……)


 当然言葉で答えられるわけもなく、レイヴンは静かに首を横に振る。それを見たアルナは、満足そうにうなずいた。


「やっぱりレイヴン様は自立心が強いですね! いつもそうですもんね!」


(違うってば……!)


 心の中でツッコミを入れながらも、レイヴンは黙々と着替えを済ませた。


 着替えが終わると、アルナはレイヴンを食堂へと案内した。

 アルナに導かれて廊下を進むと、レイヴンはクロイツァー家の屋敷の豪奢さに改めて圧倒された。ゲームで何度か見た光景だが、現実としてそれを歩くと、その静けさが異様なほど際立つ。重厚な扉の前でアルナが一礼し、静かに扉を開けた。


 重い扉が軋む音を立てて開かれると、そこには二人の大人が座っていた。

 クロイツァー家の当主である父と、その隣に座る母。どちらも穏やかで、気品のある雰囲気を纏っている。父は厳しい表情を浮かべてはいるが、その目の奥には確かな優しさが宿っていた。


 レイヴンが入ってくると、父は無言のままレイヴンに目を向け、静かに頷いた。その仕草には、安心感と愛情が滲んでいた。


(父さん……心配してくれてたのか)


 母はレイヴンの姿を確認すると、優しい微笑みを浮かべて声をかけた。


「レイヴン、目覚めて良かったわ。具合はどう?」


(俺は……)


 反射的に返事をしようとしたが、やはり口から出たのは「……」だけだった。喉に力を込めても、言葉は音にならない。


(……やっぱりダメか)


 だが、母はその沈黙を当然のことのように受け入れ、柔らかく頷いた。


「大丈夫そうね。あなたのことはお母様、ちゃんとわかってるわ」


(……伝わってる? 本当に?)


 母の言葉には、確信めいたものがあった。まるで彼の中にある言葉が、そのまま届いているかのように。


 父は静かにレイヴンを見つめたまま、口元に微かな笑みを浮かべた。

 その無言の表情からも、レイヴンは父の気持ちが伝わる気がした。


(……お前が無事で良かった、って感じか)


 静かな空気の中で、レイヴンは家族の温かさを感じた。ゲームの中では悪役として描かれていたクロイツァー家が、実際にはこんなにも温かい家族だったことに、胸が締め付けられる。


 母はテーブルに並べられた朝食を指さし、穏やかに声をかけた。


「さあ、朝ご飯にしましょう。今日は大事なお話もあるからね」


 食卓に着くと、父は静かに食事を始めた。

 レイヴンもそれに倣ってナイフとフォークを手に取る。母はそんな二人の様子を微笑ましく見つめながら、会話を続けた。


「レイヴン、あなたが目を覚ましたのはちょうど良いタイミングだったわ。今日、あなたの学園の入学手続きをするの」


(学園……?)


 レイヴンは驚きながらも、「……」とだけ返した。だが、母はその沈黙を気にすることなく続ける。


「そう、王都の学園よ。あなたが成長するための大事な場所。お父様も期待してるわ」


 父は静かに頷きながら、レイヴンに穏やかな視線を送る。

(……頑張れ、ってことか?)


 レイヴンは無言で父の目を見返し、静かに頷いた。そこには言葉がなくとも通じ合う感覚が確かにあった。


 しばらくして、レイヴンはふと気になっていたことを母に問いかけることにした。喋れないことは分かっているが、父と母には何故か気持ちが伝わる気がする。


「......」

(お母様。今、私は何歳でしょうか?)


 母は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに微笑んで答えた。


「もうすぐ、あなたは16歳になるわね。今年はお屋敷の管理も任せようかと思っていたのよ」


(16歳……! あと2年で18歳か……。)


 ゲームの中では、クロイツァー家が冤罪で没落するのは主人公が18歳の時だった。つまり、今はその直前。まだ時間はある。だが、このまま何もしなければ――。


(……何とかしないと……!)


 レイヴンの焦りは母にも伝わったのか、彼女は穏やかな口調で続けた。


「大丈夫よ、レイヴン。あなたがしっかりしていることは、私たちも知っているわ」


(……知ってるって、何を?)


 だが、母はそれ以上深く語ることはなかった。ただ、優しく微笑むだけだった。


 そのとき、執事が一通の手紙を持ってきた。

 それは王都からの貴族会議の招待状だった。


「クロイツァー家の皆様へ。3ヶ月後、王都で開催される貴族会議にご出席願います」


 母は手紙を読み終えると、少しだけ眉をひそめた。


「最近、貴族会も騒がしくなってきたわね。いい噂を聞かないわ」


 父もその言葉に頷き、真剣な表情を浮かべた。


(……やっぱり、何かある)


 ゲームで知っている未来が現実に迫ってきている。だが、まだ2年の猶予がある。

 その間に、レイヴンは家族を守る方法を見つけなければならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ