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第15話「......」

 レイヴンはゆっくりと立ち上がった。

 教室の視線が一斉に集まり、彼の喉が締め付けられるように感じる。


(どうすれば……)


 自己紹介。

 それは誰もが一度は経験する、ごく当たり前の儀式。

 けれど、喋れない自分にとって、それは越えられない壁のように思えた。


 周囲の視線が、徐々に変化していく。

 最初は興味津々といった様子だったのが、やがて「なぜ喋らない?」という苛立ちや、「見下しているのか?」という敵意に変わっていく。


 額から冷や汫が流れ落ちる。

 レイヴンは必死に考えを巡らせた。


(……そうだ。昨日の戦闘では、詠唱せずに魔法が使えた。それなら——)


 わずかな希望に掴まりつくように、レイヴンは目を閉じる。

 頭の中で詠唱を組み立てる。


(無形なる力よ、我が意志に従いて顕現せよ)


『汝の意思に応ず。第四階梯まで許可する』


(虚空に境界を描け!『クリスタル・バリア』!)


 密やかな声が響き、レイヴンの前方に透明な結界が展開される。


「第四階梯!?」

 教室の生徒たちが息を呑む音が聞こえた。


(次は——水の理よ、我が願いに応じたまえ)


『承認。第二階梯まで許可する』


(水流よ、形を成せ!『アクアウェイブ』!)


 結界の中に、水の粒子が集まり始める。

 それはゆっくりと形を変え、文字となって浮かび上がる。


「レイヴン・クロイツァー」


 透明な結界の中で、水の文字が静かに輝いた。


 教室が静まり返る。

 誰もが、その予想外の自己紹介に言葉を失っていた。


「非元素魔法に水魔法……?」

「しかも詠唱なしで?」

「クロイツァー家って、確か非元素魔法の……」


 囁きが飛び交う。

 リリアが目を輝かせ、「すごい!」と小さく声を上げる。

 レオンも腕を組み、真剣な眼差しでレイヴンを見つめていた。


 ルシアは表情を変えなかったが, その瞳には僅かな驚きの色が浮かんでいる。

 ゼスティナは無表情のまま、しかし鋭い視線でレイヴンを観察していた。


 ガルハートは「おぉ!」と声を上げ、興奮した様子で立ち上がりかけたが、周囲の視線に気づいて慌てて座り直す。


 だが、全員が好意的な反応を示したわけではなかった。


「ふん、見せつけているつもりか?」

「自己紹介で魔法を使うなんて、見栄っ張りね」

「貴族様は私たちと話すのも嫌なのかしら」


 いくつかの冷ややかな声も聞こえる。

 特にヴィルヘルムは、明らかな敵意を込めた目でレイヴンを見ていた。


(……まあ、こんなものか)


 レイヴンは静かにため息をつく。

 自己紹介一つ、まともにできない自分。

 これから始まる学院生活で、どれだけの壁に直面することになるのか。


 レイヴンは自身の今後を憂いながら席へと戻った。


 ガイウスは興味深そうに目を細め、レイヴンの様子を観察していた。

 そして、何か考えるように顎に手を当てると、次の生徒を指名した。



 すべての生徒の自己紹介が終わると、教室には微かな緊張感が漂っていた。

 貴族と平民が同じ教室で学ぶという状況は、どちらにとっても慣れないものだったからだ。


 ガイウスはゆったりと立ち上がり、面倒そうな表情で教壇に立つ。

 そして、欠伸を噛み殺しながら声を上げた。


「まぁ、それぞれの個性が見えて面白かったよ」


 彼はそう言いながら、特にレイヴンの方をちらりと見た。


「さて、改めて――ここは王立学院。国内でも最高峰の魔法と剣術を学ぶための場所だ。言うまでもないが、ここでの学びは単なる知識や技術だけじゃない。王国の未来を担う人材を育てるための場所でもある」


 ガイウスはそこで一旦言葉を切り、教室全体を見渡した。


「この学院では、貴族も平民も関係なく、実力次第で評価される。そういうシステムになっている。もちろん、現実問題として身分の差が意識されることはあるだろうが……」


 彼は少し皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「少なくとも私のクラスでは、そういった無意味なことで評価が左右されることはない。それだけは約束しておこう」


 その言葉に、平民の生徒たちの表情が少し明るくなった。

 対照的に、一部の貴族の生徒たちは不満そうな顔をしている。


「さて、授業の内容だが……基本的には午前中に座学、午後に実技という流れになる。座学では魔法理論や王国史などを学び、実技では剣術や魔法を鍛える」


 彼は書類を手に取りながら続ける。


「各自のスケジュールはこれから配るから、それに従って行動してほしい。特に実技の授業では、自分の適性に応じたクラス分けが行われるが、これは随時変更される可能性があるから覚えておくように」


 そう言って、ガイウスは助手に指示し、生徒一人一人にスケジュール表を配らせた。


 レイヴンもスケジュール表を受け取り、静かに目を通す。


(……なるほど)


 基本的には一般的な時間割だが、水曜午後には「自主鍛錬」の時間が設けられており、学院内の施設を自由に使えるようだ。

 また、金曜午後には「実戦演習」という科目があり、実際の戦闘を想定した訓練が行われるとある。


「それから、学院には様々な施設がある。図書館、訓練場、魔法実験室、医務室などだ。これらは基本的に自由に使えるが、規則は守ること」


 ガイウスは少し真面目な表情になる。


「特に魔法実験室の使用には許可が必要だ。危険な魔法の練習は必ず教師の立ち会いの下で行うこと。これは絶対だからな」


 生徒たちが頷くのを確認して、彼は続ける。


「あとは……そうだな、学期末には成績評価のための試験がある。これは学科と実技の両方で行われる。学科は筆記、実技は実際の戦闘能力が評価される」


 彼はわざとらしく肩をすくめる。


「特に実技試験は厳しいから、心構えはしておくように。まぁ、最初から完璧にできる奴なんていないから、日々の鍛錬を大事にしてくれ」


 そう言って、ガイウスは教壇の上の書類を手に取った。


「特に優秀な生徒は『学院騎士団』への推薦も可能だ。これは学院最高の栄誉であり、将来的に王国騎士団への道も開ける」


 その言葉に、幾人かの生徒の目が輝いた。

 特にレオンは強い決意を滲ませた表情を見せている。


「さて、今日はこれくらいにしておこう。午後からは学院内の施設見学を予定している。昼食を済ませたら、正門前に集合するように」


 ガイウスはそう言って、大きな欠伸を噛み殺しながら教室を後にした。


 彼が去った後、教室内はすぐに活気づいた。

 生徒たちは思い思いにスケジュール表を見比べたり、雑談を始めたりしている。


 レイヴンは静かに席に座ったまま、学院生活の展望を考えていた。


(……喋れないというハンデはあるが、なんとかなりそうだな)


 そう思った矢先、ガルハートが大きな声で話しかけてきた。


「おい、レイヴン! さっきの魔法すげぇな! 詠唱なしであんなことができるなんて!」


 彼は興奮気味に続ける。


「俺は剣一筋だから魔法はからっきしなんだけどさ、お前みたいに器用に使えるやつは尊敬するぜ!」


 レイヴンは軽く頷くだけだったが、ガルハートはそれで満足したようだ。


「よーし、これから一緒に学院生活頑張ろうぜ! ルームメイトとして、切磋琢磨していこうじゃないか!」


 そう言って、彼はレイヴンの肩を力強く叩いた。


 その様子を見て、リリアがクスリと笑いながら近づいてきた。


「レイヴン様、さっきの魔法本当にすごかったです! 私も水魔法が得意なので、いつか教えていただけませんか?」


 彼女の率直な態度に、レイヴンは少し驚いた。

 平民の少女が貴族に対してそこまで親しげに話しかけてくるのは珍しい。


 レオンもリリアの後ろから歩み寄り、礼儀正しく一礼する。


「昨日は本当にありがとうございました。これからよろしくお願いします」


 彼の態度はリリアよりも慎重だが、敵意は微塵も感じられない。

 純粋に礼を尽くしているだけだった。


(……これが主人公の兄妹か)


 レイヴンは内心で苦笑しながら、静かに頷いた。


 その様子を遠くから、冷ややかな目で見つめる者もいた。

 ヴィルヘルムとその取り巻きたちだ。

 彼らは明らかに不満そうな表情で、レイヴンとアシュフォード兄妹たちを睨んでいる。


 レイヴンは特に気にする様子もなく、立ち上がった。


(これからが本番だ。家族を守るためにも、しっかりと立ち回らないとな)


 そう決意を固めながら、彼は昼食のために教室を後にした。


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