第14話「......」
王立学院のBクラスの教室は、東棟に位置していた。
高い天井には装飾の施されたシャンデリアが吊るされ、大きな窓からは朝の陽光が差し込んでいる。
入学初日とあって、生徒たちは各々席に着きながらも、緊張と期待が入り混じった様子だった。
(……思ったよりも多いな)
レイヴンは教室を見渡しながら、淡々と現状を確認する。
貴族の生徒はそれなりの人数を占めているが、平民出身の者もちらほらと混ざっている。
レオンとリリアもすでに席についており、彼らの周囲には同じく平民の生徒が集まりつつあった。
そのとき、扉が静かに開く。
「おーおー、みんな緊張してるなあ」
気の抜けた声が響き、教師が悠然と教室へと入ってきた。
無造作な赤茶けた髪に、ルーズに着こなしたローブ。
どこか頼りなさげな雰囲気を漂わせながらも、その鋭い眼光には確かな実力が感じられる。
(……昨日の手続きを担当していた教師か)
レイヴンは昨日のことを思い出しながら、その男の動向を注視する。
「さて、今日からお前たちの担任を務めることになった、ガイウス・ヘンドリックだ。よろしくな」
彼は気だるげな口調で名乗り、教壇に寄りかかるように腕を組む。
「貴族の坊ちゃん嬢ちゃんも、平民の子たちも、ここでは立場は関係ない。だからって馴れ馴れしくしろとは言わんが、互いにうまくやっていけよ」
その言葉に、一部の貴族生徒が微かに眉をひそめる。
だが、ガイウスは特に気にする様子もなく、淡々と続けた。
「では、早速だが自己紹介でもしてもらおうか。前から順に適当に頼むわ」
教室内がざわめく。
それぞれがどんな風に自己紹介をすべきか考えているのだろう。
「では、まずはそこの君から」
ガイウスが適当に指名したのは、前列に座る貴族の少年だった。
彼は立ち上がると、姿勢を正し、堂々と名乗る。
「アルフォンス・グレイバーグ。風属性の魔法と剣術を得意としている。王国騎士団の家系に生まれた身として、いずれは国の役に立つ存在になりたいと考えている。よろしく頼む」
その堂々とした態度に、教室内の貴族生徒たちは満足そうに頷く。
次に指名されたのは、鋭い目つきをした金髪の少年だった。
「ヴィルヘルム・グランツだ。貴族たるもの、生まれながらにして優れた素養を持つべきだと考えている」
彼はゆっくりと立ち上がると、軽く顎を上げ、周囲を見渡した。
「俺が得意としているのは土属性魔法だ。もっとも、貴族としての責務を果たせるのは、真に血筋が優れた者だけだが。平民共は身の程を知りながら励むことだな」
その尊大な態度に、一部の貴族生徒たちは満足そうに頷くが、平民の生徒たちは明らかに警戒する。
(……なるほど、こういうタイプか。というより、昨日絡んできたあの貴族だな)
レイヴンは特に表情を変えずにヴィルヘルムを観察した。
次に指名されたのは、細身で知的な雰囲気を持つ少年だった。
「ユリウス・フォン・ブラウナーです」
彼は落ち着いた口調で名乗ると、眼鏡を軽く押し上げながら言葉を続ける。
「この学院では魔力理論を深く学んでいきたいと思っています。魔法はただの力ではなく、緻密な計算と理論によって成り立つものです。そして、私は自分の手でより高度な魔術を生み出したいのです」
彼の言葉に、一部の生徒は興味深そうに頷くが、何を言っているのかわからないという顔をする者もいた。
「実技はあまり得意ではありませんが、理論的な考察には自信があります。魔法の本質を探求することこそが、真の強さに繋がると信じています。よろしくお願いします」
ユリウスは丁寧に一礼すると、静かに席へと戻った。
「はーい、次は私の番ね!」
軽やかな声が教室に響いた。次に立ち上がったのは、金髪の巻き髪を揺らす少女だった。どこか朗らかで、貴族らしい威圧感はない。
「セシリア・ローレンスよ! 剣術も魔法もそこそこ得意だけど、一番大事なのは楽しく学ぶことだと思ってるの!」
彼女は明るく微笑みながら、周囲に視線を巡らせる。
「貴族とか平民とか関係なく、せっかく学院にいるんだから、みんな仲良くやりましょ? 楽しい学院生活にしたいものね!」
彼女の快活な態度に、教室の空気が少し和らぐ。貴族の中には「軽薄だ」と言いたげな表情をする者もいたが、逆に平民の生徒たちは少し安心したようだった。
「というわけで、よろしくお願いしまーす!」
セシリアは軽くウィンクして、席へと戻った。
「次、そこの君」
ガイウスが指を向けると、一人の少年がゆっくりと立ち上がった。短く刈り込まれた黒髪、鋭い眼差し。服装はきちんとしているが、どこか無骨な雰囲気が漂う。
「ダリウス・エインズワースだ」
彼は淡々と名乗ると、少し間を置き、続ける。
「剣術を学びに来た。……以上だ」
それだけ言うと、ダリウスはさっさと席に戻ろうとした。
「おいおい、それだけか?」
ガイウスが少し呆れたように眉を上げる。
ダリウスはちらりと視線を向けたが、特に気にする様子もなく答えた。
「他に言うことはない。学院に来たのは、強くなるため。それ以上でも以下でもない」
そのぶっきらぼうな態度に、教室内が微かにざわつく。貴族の生徒たちは少し顔をしかめ、平民の生徒の一部は納得したように頷いた。
「……ま、そういうのもアリだな」
ガイウスは肩をすくめる。
ダリウスが席に戻ると、ガイウスが次の生徒に視線を向けた。
「次」
その声に応じ、レオン・アシュフォードが立ち上がる。
レイヴンは静かに視線を向けた。
「レオン・アシュフォードです」
レオンは落ち着いた口調で名乗り、一呼吸置いてから言葉を続けた。
「平民ですが、剣術と魔法を学ぶために学院に入りました。学院では身分に関係なく実力が評価されると聞いています。この環境で自分の力を試し、鍛錬を積んでいきたいと考えています」
その真っ直ぐな言葉に、教室内の反応は分かれた。
貴族の生徒の中には、わずかに表情を曇らせる者もいたが、平民の生徒の一部は彼に共感するように頷いている。
(昨日の馬車の中でも思ったが、正統派の剣士志望……ってところか)
レイヴンは静かにレオンを観察した。彼の口調や立ち振る舞いからは、場慣れしたような落ち着きが感じられる。貴族に対しても変に卑屈になることはなく、かといって過剰に敵視するわけでもない。
「いつか騎士として国に仕えたいと考えています。皆さん、よろしくお願いします」
レオンは深く一礼し、静かに席へと戻った。
教室内には微かなざわめきが流れる。
(……まぁ、こういう場でも物怖じしないあたり、主人公らしいといえば主人公らしいか)
レオンが席に戻ると、すぐに隣の少女が勢いよく立ち上がった。
「リリア・アシュフォードです!」
彼女の声は、レオンとは対照的に明るく軽やかだった。
「魔法が得意で、特に水魔法には自信があります!」
リリアは満面の笑みを浮かべながら、堂々と自己紹介を続ける。
「貴族の方々とは違って、私たち平民は魔法を学ぶ機会が少ないけど、それでも努力すれば強くなれるって信じています!」
その言葉に、一部の貴族の生徒が軽く眉をひそめるが、平民の生徒たちは彼女の言葉に共感するように頷いている。
「学院では、たくさんのことを学んで成長したいです! みんな、よろしくお願いします!」
リリアは元気よく一礼し、席へと戻った。
(……レオンとは対照的だな)
レイヴンはそんなことを考えながら、彼女の態度を観察した。
兄とは違い、彼女は遠慮がなく、貴族を前にしても堂々としている。
それが彼女の持ち味なのだろうが、少し不用意にも見えた。
(……まぁ、物怖じしない性格なのは間違いないか)
レイヴンがそんなことを考えているうちに、ガルハートが立ち上がった。
「ガルハート・アーデルバルトだ!」
彼の声は力強く、すでにやる気に満ち溢れている。
「俺は剣士として強くなるために、この学院に来た!」
腕を組みながら、ガルハートは自信満々に続ける。
「剣を扱うなら、貴族だろうが平民だろうが関係ない。戦えば、強い奴が勝つ。ただそれだけだ!」
その発言に、貴族の生徒の一部が眉をひそめるが、平民の生徒の間では小さく頷く者もいる。
「学院では、とにかく実力を磨いて、誰よりも強くなるつもりだ。興味がある奴は、いつでも手合わせしてくれ!」
彼は自信満々にそう言い放つと、堂々とした足取りで席に戻った。
(……変わらないな)
レイヴンは静かにガルハートを観察する。
彼の性格や言動は、ゲーム内でもこんな感じだった。
単純でまっすぐ、そして熱血。
(学院に入っても、基本的なスタンスは変わらないか)
ガルハートが席に戻ると、今度は一人の少女が静かに立ち上がった。
金の髪をきちんとまとめた、気品ある佇まいの少女――ルシア・ヴェルディナだ。
「ルシア・ヴェルディナです」
彼女は落ち着いた声で名乗ると、ゆっくりと教室を見渡した。
「貴族としての責務を果たすため、学院で多くを学びたいと思っています。礼儀と秩序を重んじ、互いに敬意を持って接することが大切だと考えています」
その言葉に、一部の貴族の生徒が満足そうに頷く。一方、平民の生徒の中には、どこか緊張した表情を浮かべる者もいた。
「ともに学ぶ者として、良い関係を築けることを願っています。よろしくお願いします」
ルシアは一礼すると、ゆったりとした動作で席に戻る。
(……相変わらず、完璧な貴族だな)
レイヴンは内心で呟いた。彼女の言動は、常に品格を保ち、冷静だった。
学院でも、それは変わらないらしい。
ルシアが席に戻ると、ガイウスは次の生徒を指名した。
クラスには他にも多くの生徒がいる。
貴族の者、平民の者、それぞれが順番に立ち上がり、名前と簡単な自己紹介を済ませていった。
中には淡々と名乗るだけの者もいれば、自信たっぷりに抱負を語る者もいる。
貴族らしい高慢な態度の生徒もいれば、謙虚に自己紹介する者もいた。
(……このクラス、結構バラバラな感じだな)
レイヴンは静かに様子を見ていた。
貴族の間でも派閥がありそうだし、平民の中にもそれぞれの思惑がありそうだ。
そんなことを考えているうちに、次に指名されたのは、一人の少女だった。
レイヴンはその姿を目にして驚きを覚えた。
(……まさか)
黒に近い深い紺色の髪、整った顔立ち、どこか人を寄せつけない雰囲気。
間違いない。彼女は――
「……ゼスティナ・ノクス」
少女は簡潔に名乗ると、それ以上の説明もなく、静かに席へと戻った。
(このクラス、ゲームの登場人物が多すぎないか……!?)
レイヴンは戸惑いを隠せなかった。
レオン、リリア、ガルハートに続き、ゼスティナまで同じクラスにいるとは。
彼女はゲームの中でも特別な立ち位置のキャラクターだった。
しかし、今はただの学院生徒として、この場にいるようだ。
ゼスティナが席につくと、教室は再び静まった。
次に名を呼ばれたのは――
「……では、次はクロイツァー」
ガイウスの声が響いた瞬間、レイヴンの身体がこわばった。
(……しまった)
教室の視線が一斉に集まる。
(俺、喋れないじゃん……)
頭の中が真っ白になる。
この場をどう乗り切るか――それを考える時間は、もう残されていなかった。