幕間「ヴァルターの陰謀」
淡い紫の灯火が揺れる静寂の広間。
漆黒の石壁に囲まれた空間には、無数の魔法陣が淡く輝き、宙に浮かぶ水晶がかすかに脈動していた。
その中心に立つのは、黒衣の男 ヴァルター 。
魔王軍の幹部であり、知略を司る彼の前には、王都周辺の地図が魔力によって映し出されていた。
その隣で、杖を携えた魔道士 エルファリア が静かに目を伏せ、魔力の痕跡を探るように手を翳している。
「……予定よりも早かったですね」
彼女の声は冷静だが、わずかに意外そうな響きを帯びていた。
ヴァルターは顎に手を当てながら、ゆっくりと目を細める。
「……ああ。暴食の魔狼は、もっと暴れられるはずだったが、王都に近づく前に討たれた」
「人間側の対応が早かった、ということでしょうか?」
ヴァルターは静かに手を翳し、水晶に魔力を流し込む。
すると、王都へ続く街道の一部が光を放ち、先日の魔狼襲撃が起きた地点が浮かび上がった。
「この距離であれば、討伐に動いたのは王都へ向かう貴族か、あるいは騎士団の者か……」
「通常の戦力であれば、あの魔狼を相手に苦戦するはず。それを短時間で仕留めたというのなら……」
エルファリアはゆっくりと杖を下ろし、思案するように呟いた。
「……いずれにせよ、人間たちは警戒を強めるでしょう」
ヴァルターは、微かに口元を歪める。
「王国は待ちの姿勢を崩していない。だが、既に防衛の強化は始まっているようだ」
「ええ、王都へ向かう街道の監視も厳しくなっています。魔狼の件で、貴族や騎士団もより慎重になっているのでしょう」
エルファリアは、冷静に状況を整理した。
「……とはいえ、彼らはまだ明確にこちらの動きを察知してはいません。単なる偶発的な魔物の襲撃と考えている可能性が高い」
「だろうな。だが、これで少しばかり動きが制限される」
ヴァルターは静かに地図を見つめながら、考えを巡らせる。
「予定よりも早く魔狼が討たれたことで、計画に多少の調整が必要だな。とはいえ、まだ戦の幕は開いていない」
淡い灯火が彼の赤い瞳を照らし、妖しく輝いた。
「……しばらくは、静観といこう」
エルファリアは黙って頷いた。
広間を満たす沈黙の中で、揺れる紫の灯火が、戦の予兆を静かに映し出していた。