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第12話「......」

 学院からの帰り道、寮の門をくぐると、すでに日が暮れかけていた。

 レイヴンは歩調を緩めながら、静かに足を進める。


 貴族寮は広大な敷地を誇り、館のような格式高い造りになっていた。

 この寮は貴族生徒専用であり、学院の方針に従って生徒の生活空間と使用人の生活空間が明確に分かれている。


 貴族の生徒たちは二人一組で部屋を割り当てられ、それぞれ個室ではなく、共同生活を送ることになる。

 食堂や談話室といった共有スペースでは、各々の専属のメイドや執事と共に過ごすことが一般的だった。

 それは、学院が単なる学問の場ではなく、貴族としての社交を学ぶ場でもあるためだ。


 そして、彼が寮の玄関をくぐった瞬間――


「お坊ちゃま!」


 アルナがぱっと駆け寄ってきた。

 彼女の表情には、明らかな安堵の色が浮かんでいた。


「学院で何か問題はありませんでしたか?」


 彼女の声音には、わずかに心配の色が滲んでいる。


 レイヴンは静かに彼女の顔を見つめ、軽く首を横に振った。

 それだけで、アルナは「ふふっ」と小さく笑う。


「それなら良かったです!」


 彼女は本当に安心したように、柔らかく微笑んだ。


 レイヴンは少し考えた後、懐から小さな包みを取り出した。

 それをアルナに手渡す。


「……?」


 アルナは怪訝そうにしながらも、包みの口を開いた。

 中には、焼き菓子がいくつか入っていた。


「……えっ? これ……?」


 驚きに目を見開くアルナ。

 レイヴンは無言のまま、視線を落とした。


(学院のティースペースで持ち帰り用に購入したものだ……ルシアに渡したものとは違うが)


 ルシアには格式ある贈り物を。

 アルナには、気軽に楽しめる甘いものを。


 そんな考えが、無意識にあったのかもしれない。


 アルナはしばらく驚いたままだったが、やがてふわりと笑みを浮かべた。


「……ありがとうございます! お坊ちゃまからいただけるなんて、とっても光栄です!」


 彼女は大事そうに包みを受け取ると、少し照れたように笑った。


「お気遣いいただくなんて……嬉しいです!」


 その言葉に、レイヴンは小さく頷く。

 アルナは本当に健気で、どこまでも彼を気にかけてくれる存在だった。


 ――この先、学院でどんなことが待ち受けているのかはわからない。

 だが、少なくとも、彼を気にかけてくれる人たちがいることは確かだった。


 レイヴンは、そんなことを思いながら、自室へと向かった。



 自室の扉を開けた瞬間――


「おっ! ついにご対面ってわけだな!」


 元気のいい声が響いた。


 レイヴンは視線を向ける。

 部屋の中央には、一人の赤髪の青年が立っていた。


 年齢はレイヴンと同じくらい。

 だが、その表情には明るさが満ちており、エネルギッシュな雰囲気を漂わせていた。


「俺はガルハート・アーデルバルト! よろしくな、ルームメイト!」


 彼はそう言って、がしっと手を差し出す。


 レイヴンは、その手を一瞥した後、軽く頷いた。


「……」


「お、おいおい! 何か一言くらいないのか!?」


 ガルハートは驚いたように言うが、すぐに「ああ、なるほどな!」と納得したように頷いた。


「お前、クールなタイプなんだな!」


 レイヴンの無口さを、妙にポジティブに受け取る彼。


 レイヴンは表情こそ変えなかったが、内心では軽く動揺していた。

 まさか、よりによって彼と同室になるとは――。


 だが、考えても仕方がない。

 とにかく、この生活に慣れるしかない。


 ガルハートは気にする様子もなく、にこやかに笑いながら言う。


「ま、これからよろしく頼むぜ、相棒!」


 彼の言葉に、レイヴンは無言のまま、静かに部屋へ足を踏み入れた。



 レイヴンは静かに部屋の中を見渡した。


 学園生活の第一日目。

 寮に戻り、ようやく一息つけるかと思いきや、まさかの展開が待っていた。


(……ガルハート・アーデルバルト)


 目の前にいる赤髪の青年は、ゲーム『エターナルクレスト』でも登場したキャラクターの一人だった。


 彼は貴族アーデルバルト家の次男であり、剣術の腕は一流。

 ゲーム内では主人公の仲間キャラとして登場し、その性格は熱血一直線。

 困っている人を放っておけず、何かと首を突っ込みたがる性分だった。


 ――そして、彼の武器は大剣。


(……そうだ、ガルハートは大剣使いだったな)


 記憶の中のガルハートは、巨大な剣を振りかざし、物理で押し切るスタイルだった。

 細かい戦略を立てるタイプではなく、力こそ正義と言わんばかりの豪快な戦いぶりが特徴的だった。


(でも……ゲームとは違う部分もあるのか?)


 レイヴンは無意識にガルハートの様子を探るように視線を向けた。

 ゲームの彼は主人公の仲間だったが、今のガルハートはレイヴンのルームメイトとしてここにいる。

 これはゲームでは存在しなかった展開だ。


 レオンとリリアの兄妹設定に続き、またもや予想外の変化。


「俺の存在が、この世界に影響を与えているのか?」

 その疑問は、拭えなかった。


「なあ」


 ふいに、ガルハートの声が聞こえた。

 気さくな笑みを浮かべながら、彼はレイヴンの方を向いていた。


「お前、剣は使うのか? それとも魔法専門って感じか?」


 レイヴンは沈黙したまま、軽く首を縦に振る。


「ふーん、なるほどな。……お前、戦えるんだろ?」


 その問いに、レイヴンは少しだけ迷ったが、最終的に小さく頷いた。


 ガルハートは満足そうに笑い、巨大な大剣を持ち上げた。

 刃の幅が広く、重量感がありながらも、彼の手にはしっかりと馴染んでいるようだった。


「よし、それなら今度、訓練場で手合わせしてみようぜ!」


 ――断るという選択肢は、どうやらないらしい。


(……これは、なかなか面倒なルームメイトになりそうだ)


 レイヴンはそんなことを考えながら、静かにため息をついた。


 ガルハートはそんな彼の反応を見ても気にすることなく、ふと思い出したように言った。


「そういや、お前の名前聞いてなかったな」


 その言葉に、レイヴンはわずかに動きを止める。

 言葉を発することはできない。


 だが、それをガルハートに説明することもできない。


(……どうする)


 レイヴンは一瞬考えた後、机の上に置いてあった書類を指さした。

 そこには、自分の名前――「レイヴン・クロイツァー」と記されている。


「レイヴン・クロイツァー……」


 ガルハートはそれを読み上げると、「ふーん」と顎に手を当てた。


「……お前、なんかすげぇカッコいい名前してんな!」


 言葉の意味は軽いのに、表情は妙に真剣だった。


 レイヴンは思わず、わずかに眉を寄せる。


「ま、よろしく頼むぜ、相棒!」


 そう言って、ガルハートは無邪気に笑う。


 レイヴンはその様子を見つめながら、静かに視線を戻した。


 こうして、彼の学院生活が本格的に始まる。

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