幕間「アシュフォード兄妹の疑問」
◇ 馬車内:レオン視点
馬車は静かに進んでいた。
揺れる車内で、レオンは腕を組みながら考え込んでいた。
(……さっきの戦闘、何かおかしかった気がする)
魔狼を相手に、彼とリリアは全力を尽くした。
リリアの水魔法で動きを封じ、最後は自分の雷撃で貫いた――それは確かに決定打になった。
だが、その前に魔狼の動きを止めたのは――
(レイヴン様の魔法だった)
戦闘が始まった時、彼は何の前触れもなく飛び出し、魔狼の動きを封じる魔法を発動した。
そして、レオンはあの瞬間、妙な違和感を覚えた。
(……いつ、詠唱したんだ?)
魔法の発動には詠唱と魔法陣が必要だ。
これは、魔法を学ぶ者として当然の知識だった。
だが、レイヴンは――詠唱している様子がなかった。
ありえるとすれば、彼が極めて短い詠唱で魔法を発動できるほど熟練しているか、もしくは――
(俺たちより、もっと高度な魔法を使えるのかな?)
レオンとリリアが現時点で扱えるのは、第二階梯までの魔法。
レイヴンがそれ以上を使えるのだとしたら、相当の実力者だ。
(学院に入る前に、こんな強い人に出会うとは……)
彼がどのくらいの実力を持っているのかは分からないが、少なくとも自分たちと同じか、それ以上であることは確かだろう。
(それにしても、無詠唱のように見えたのは……一体どういう仕組みなんだろう?)
レオンはそっと、レイヴンの横顔を盗み見た。
彼は窓の外を眺め、まるで興味がなさそうに景色を見つめている。
(……うーん、話しかけても何も言わなそうだし、聞いても無駄か?)
無口な人なのは、馬車の中での様子を見ても分かる。
だからこそ、何を考えているのか分からない。
(でも、気になるな……)
学院に入れば、わかるかもしれない。
もう少し彼のことを知っておきたい――そんな気がした。
◇ 馬車内:リリア視点
静かに進む馬車の中で、リリアはじっとレイヴンの方を見ていた。
(……この人、ほんとに喋らないなぁ)
レオンとともに王立学院に入学するため、王都へ向かっていたはずだった。
しかし、道中で魔狼に襲われ、戦うことを余儀なくされた。
そこで助けてくれたのが、ルシア・ヴェルディナ様とレイヴン・クロイツァー様だった。
ルシアはきっと生まれた時から貴族らしく育てられてきたんだろう。
立ち居振る舞いも堂々としてるし、言うことにも迷いがない。
(すごいなー、ああいうのが“ちゃんとした貴族”ってやつなのかな)
平民の自分とは、育ってきた世界が違いすぎる。
けれど、全く嫌な感じはしなかった。
それに比べて――もう一人の貴族、レイヴン・クロイツァー。
(この人、ほんとに何考えてるのかわかんない)
戦闘の時も、馬車の中でも、ほとんど喋らない。
問いかけても、頷くか首を振るだけ。
(こんなに喋らない人、初めて見たかも)
でも、それ以上に気になったのは――魔法のことだった。
(……詠唱してるの、聞こえなかったよね?)
リリア自身、魔法を学ぶ者として、魔法発動の流れには敏感だ。
魔力を魔法陣に正しく流し込むには、必ず詠唱が必要になる。
なのに、レイヴンは何も言葉を発していなかった。
(いや、そんなわけないよね? どこかで詠唱してたはず……)
でも、どこで? いつ?
(わたしが聞き逃した……? いや、そんなことない)
だとすれば、あの人はどうやって魔法を使ったのか。
リリアはそっと、レイヴンを盗み見る。
彼はただ静かに、窓の外を眺めていた。
(……なんか、秘密がありそう)
そんな気がして、ちょっとだけ興味が湧いた。