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舞台春秋  作者: 小田中 慎 feat.KS
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秋天好日

 

 この作品はかつてある会館舞台管理に携わる仕事をしていた者が書いた一文を作者が許可を得て脚色したものです。現実の公営会館をモデルにしていますが、ここに書かれたエピソードは全てフィクションです。*印は文末に注釈があります。余りに専門的過ぎるためうるさい位に注釈が入っていますがお許しください。



 ふと気付けば目が覚めている。念のため目覚ましはセットするが鳴らせたことはほとんどない。自分の寝起きはかなり良い方だと思う。これのお陰で仕事上、助かった事も多い。

 6時15分起床。TVを点け、まずは天気を確認する。今日もいい天気だ。新聞は採っていないので、軽くニュースを見る。交通情報、特に遅れ無し。洗顔に5分、トースト1枚と牛乳1杯。コーヒーは会館で1日3杯は飲むから家では飲まない。そういえば、最近のコはコンビニで500のペットボトルや1リットル105円の紙パックを買い、コーヒーやお茶は飲まない。これも時代なんだろう。

 7時10分、家を出る。7時30分いつもの電車、いつもの車両。無論座れない。8時10分駅に着く。5年前までキオスクでタバコを買っていたが今は買わない。禁煙出来るとは考えてなかったが不思議なものだ、やって見れば結構簡単に出来た。健康増進法だとかなんとかで会館も5年前から全面禁煙、年々吸う人間は肩身が狭くなってゆく。他の会館では無崩しで吸っている所も多いと聞く。実際のところ密かに楽屋で分煙が多いらしい。そうだろうな。観客にここでは吸わないで、とは言えても、出演者や議員などお偉いさんには「吸うな」とはなかなか言えたもんじゃない。

 8時22分、着到*。今日は6人中1人休み。照明チーフだ。大ホールは午前は空いていて、午後夜間*は2週間後本番のママさんコーラス団体がリハーサル。小ホールは午前午後、ピアノの発表会。夜は明日のジャリバレ*(うーん、我ながら危ないコトバだ、人前では言えないな)の仕込。打ち合わせは午前中に2本、これは自分がやらなくてはならないだろう。お昼に大ホールの反響板*をある程度組んでおかないと、あの合唱のセンセイはいやな顔するだろうな「え?すぐ使えないの?」って。一昨年だったか、音響がトチッて頼まれていた本番の録音*が途切れていた。あれ以来、ウケがよろしくない。少々丁寧バージョンで行かないとまずい。そんなことを考えているうちに8時30分。会館管理事務所へ行く。

「おはようございます」

 事務所の面々に挨拶。この会館は未だに財団*運営なのでプロパー*が多い。今日は部長が休みだ。「館長」はオープン直後の何年かは居たみたいだが今は居ない。経費節減のためだ。そのため部長が我々スタッフが直接係わるお偉いさんとなる。

 朝礼を聞きながら変ったことが無いか見渡す。事業担当*がこっちを見ている。また何か「お願い」がある様子だ。最近、事業担当に元気が無い。そりゃそうだ、予算が年々前年度の2割減になっており、これではろくな物が呼べない。文化だ芸術だとレベルの高いものを呼べばお金がかかる割に客が入らない。しかし人気のアーチストなんか呼べるお金はないし、結局出入りの呼び屋さんがパッケ*した若手芸人の賑やかし程度しか呼べない。勢い、ノリウチ*舞台スタッフは最低限度で舞監*に音響2名照明1名、そんなもの。現地*はこっちが音響だ照明だと面倒を見るしかない。また「タダ」で協力して欲しいのだろう。まあ、こちとら雇われの身。頼まれれば嫌とは言えない。

 朝礼は45分終了、施設担当*と消耗品のことでちょっと話し(インニの釘と黒ガムテ*が残り少しになってしまった)、控え室に取って返す。

 スタッフ5人でざっと今日の流れを確認し、小ホールへ向う。警備さんから「5分前に入れて、と事務所が言ってるよ」と声を掛けられ、「はい、どうぞ」と答える。

「あのピアノの先生はどんな感じだったっけ?」

「打ち合わせは僕がやったんですけど、別に何も問題無かったです」

 と、音響チーフ。まだ入社4年目だが会館・ホールでは当たり前だ。

「クセは無かったはずだよな、あんまり覚えてないから」

 と笑うと、お愛想が3人から返ってくる。搬入口を開けに行っていた照明が戻ってくる。その後ろから30代の女性が2人。

「おはようございます」

 こちらから声を掛けると、

「ああ、よろしくお願いしますね」

 と返事。

「先に反響板組んじゃいますから、20分ほどお待ち下さいね」

「ええ、解ったわ。先にロビーに長机*出して頂ける?」

「ああ、今、行きますから」

「これ、今日の録音カセット*。60分3つで足りるはずよね?」

「はい、大丈夫ですよ」

 小ホール反響板の組み込みは大ホールほど大変ではない。予め昨日のうちにサスやボーダー*、文字*は飛ばしてあるので、さっそく組む。みんな手馴れたものだ。一番若い音響の女の子も入社2年目、数え切れないくらい組んだりバラしたり*を繰り返している。

 3人の部下に任せ自分はロビーへ長机を出しに行く。表に面した窓から明るい日差しが差し込む。ロビーには着飾った出演者の子供が何人かはしゃいでいる。ロビーの大窓から見える空はきれいな蒼だ。今日も穏やかないい日になりそうだ。



※用語解説


○着到 ; 到着の芸能界用語。「9時着到ね」などと使う。

○午後夜間 ; 公営会館では「午前」「午後」「夜間」とおよそ4時間毎に貸出し区分があるのが普通

○ジャリバレ ; 子供バレエの業界用語。差別語なので一般的には禁句だ。

○反響板 ; 正確には音響反射板。舞台天井および側面に壁を作り、クラッシックやピアノ、コーラスなど生の音をマイクを使わずに客席に響かせる(届かせる)ために使われる。ホールでは大掛かりな仕掛けの仮設の所が多い。

○本番の録音 ; 音響スタッフは催し物の録音を頼まれることが多い。ホール・会館によって有料の場合もある。

○財 団 ; かつて公営会館管理の統括は第3セクターである財団や事業団が行う場合が多かった。しかし平成18年度からは法律により民間が運営参入する指定管理者制度という制度が開始され、財団も民営化される場合が多い。

○プロパー ; 行政関連では役所からの出向でない、生え抜きの団体職員のことを指す場合が多い。そこには出向組より「格下」というコトバが見え隠れする。

○事業担当 ; 会館管理中、興行関係を行うセクション。

○パッケ ; パッケージ。制作会社(呼び屋)が複数の催し物をチョイスし提供する格安催事。

○ノリウチ ; ツアースタッフのこと。「乗り込んで(興行を)打つ」ことから。会館管理スタッフを「小屋番」と言うのに対して使われるらしい。

○舞監 ; 舞台監督。公演などにおける舞台スタッフのまとめ役。演出家が別に用意されない場合は構成・演出にも口を出す場合もある。

○現地 ; 現地で手配するプロのサポートスタッフ。ツアースタッフに対し、その補助をする現地調達スタッフを指す。

○施設担当 ; 会館管理中、建物管理関係を行うセクション。

○インニの釘と黒ガムテ ; 一寸二分の釘と黒色のガムテープ。舞台必需品。

○録音カセット ; 予算の無い公営会館では未だにカセットデッキが主流らしい。というか、利用者が高齢者多数のため、未だにカセット主流だからか?

○長机 ; ホールや会議室では必需品のテーブル。ここではホール受付を主催者が作るために欲している。

○サスやボーダー ; サスペンションライト・バトンとボーダーライト・バトン。サスペンションライトとは舞台天井側に設けられた昇降バトン(照明電気回路を併設した鉄管)に吊られる各種スポットライト。ボーダーライトとは同じく舞台天井側に設けられた昇降バトンに設置されたレンズレスの照明機器列。

○文字 ; 正確には一文字(幕)。客席から「見切れる」(見せたくないものが見えてしまう、という舞台用語)様々な舞台天井側設置機材を隠すための黒またはエンジ色の横長な幕。文字やサス、ボーダーは天井反響板を仮設する場合、飛ばして(天井側へ退避させて)おく。

○バラしたり ; バラ(殺)す、という物騒なコトバは舞台用語で撤去する、ということ。所によりハケる、ワラう、ともいう。



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