表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

1000字以内短編

カレンダーと残り香

作者: 藤谷とう


 何気なく、本当に何気なく、予定の確認をしただけだった。

 壁に掛けたカレンダーが目に付いたのだ。だから何も考えずに、口にしてしまった。

 

 明日の同窓会、十八時からよね、と。


 用意もあるだろうし、明日は早めに帰るの、と聞きたいだけだった。けれど、達也は触っていたスマホの画面を暗くすると、後ろポケットへとしまいながら私を罵倒したのだ。


 要約すると、勝手に人のものを見るな、そんな事する奴とはやっていけない、との事だった。私が「違う」と言えば余計怒り出し、最後に捨て台詞を吐いて勢いよく出て行った。あっけなく、二年の付き合いが終わった、夜の八時。



 私はカレンダーを見上げる。

 何も予定を書いていないカレンダー。

 毎年、こうして壁に掛けるのが癖になっていた。



 ふと、そこに霞んだ人影が重なる。

 

 柏谷(かしや)(しゅう)――名前忘れたことのないその人は、高校二年生の時の初めての彼だった。

 彼には日課があって、帰宅すると壁に掛けたカレンダーの前に立つのだ。メモ帳に書いた予定をカレンダーに書き込んでいく。私は宿題をするふりをしながらその後ろ姿をこっそりと眺めていた。部屋の扉は開いている。


 初めて部屋に入った時に、何をしているの、と聞くと、彼は静かな声で答えてくれた。


 ――予定を埋めてる。安心するから。


 彼にとってそれは、自分を整理する為のなくてはならない時間らしく、私はそれを邪魔せぬように見ているのが好きだった。

 プレゼントはいつもメモ帳。

 渡すと、彼は言うのだ。


 ――どうしよう、捨てられないな。

 



 一人になった部屋の中で、ごろんと床に横になる。


 大好きだった。


 ある時、カレンダーの枠が徐々に尋常ではないスピードで埋まりはじめた事に気づいてしまった。

 高校三年。埋まらない方が問題だろう。

 今ならばわかるが、私はそれをおぞましい宣告のように感じ始めていた。


 時間が流れていく恐ろしさ。空白など許されないという、無言の圧のようなもの。

 あのカレンダーの数字が、その枠が、将来へのカウントダウンのように自分の中に積み重なっていったのだ。

 そうしてある時気づく。

 私との予定が一切書き込まれなくなった事に。


 幼い私は、それに耐えられなかった。

 




 

 カレンダーを見上げ、目を閉じる。


 彼は、最後に渡した藍色の手帳をまだ持ってくれているだろうか。


 毎朝、それを確かめることができない。


 私は考える。


 明日は、コーヒーショップのガラス越しにちらりと合う視線から逃げずに、店に入ってみようか、と。


読んでくださり、ありがとうございます。

なろうラジオ大賞参加中です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
十代後半のカウントダウンは本当に恐怖だったのを思い出しました。予定なんてほとんどないダメ人間でしたが。あの焦りを子どもと言えるような年齢に背負わせるなんて、なかなか恐ろしいな。 でも、だからこそ藍色…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ