第2話 序盤に登場する悪役はだいたい山賊か盗賊
清々しい夜風が山の中腹にある草原に吹き、夜道を歩いている猫背の少年の黒髪をなびかせる。
気づけば夜だ。
「魔法使いになる最初の一歩だ!!」なんてカッコつけて家出しておいてなんだが、もう帰りたくなった。なにせ、何もないのだ。何も。
お金もないし、食料もない、おまけに行く当てもない。
だが、今屋敷に戻ったら姉さんにボコボコにされることは確定事項だ。
帰るに帰れなくなったな……
「どうするクロ助?」
僕は後ろで毛づくろいをしている黒猫に声をかけた。
魔法使いと言えば黒猫を連れているイメージがあったので、僕は野良猫を使い魔にしてみたのだ。
「ニャーゴ……」
「ふむふむ、分かる分かる。お腹空いたよな……」
僕は腹を空かしたようにぐったりと横になるクロ助の頭を撫でるとローブのフードに入れる。ちなみに、このローブも魔法使いならローブを着ているという偏見の元、毎月のお小遣いを貯めに貯めて買ったものだ。
ちなみのちなみに、僕の右手に握られている1メートルくらいの長さの魔法の杖も無詠唱ができるので一切使う必要がないがわざわざ使っいる。
何を隠そう僕は形から入るタイプなのだ。
◇ ◇ ◇
「おいおい、止まりな兄ちゃん」
僕がしばらく草原を歩いていると見るからに悪人顔をした男たちに取り囲まれる。手には剣や槍を持ち物騒極まりない。
「どちら様ですか?」
僕は表情一つ変えずに目の前に立った取り分け大柄な男に声をかける。すると、男はよくぞ聞いてくれたとばかりに名前と所属チームを名乗る。
「俺様はこの辺り一体を縄張りにしている山賊、ブラックエレメンタルズの頭、グワブ様だ! 悪いことは言わねぇ、さっさと金目の物を置いてきな僕ちゃん」
「その……悪いですけど一銭も持ってないんですよ。無計画で家を飛び出した無一文な者で」
「家出なんて悪い子じゃねぇか。この世界には人を襲う魔獣とか魔物とかがそこらかしこにいるし、食べ物がなくて死んじまう奴だっている。戦争だってそこらかしこで起きているし、山賊とか盗賊もいる。俺たちみたいなのがな?」
グワブがそう言うと僕を囲んでいた山賊たちはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、剣を舐めたり振り回したりする。典型的な悪役だな、これは。
「おいっ、お前たち。このおチビちゃんに山賊流のおもてなしを教えてやれ!」
グワブがそう言うと山賊の1人が僕を取り囲む輪から外れて剣を振り上げる。
異世界は弱肉強食。弱い奴は虐げられ強い奴が偉いのだ。だから、自分の身は自分で守らなくてはいけない。
「嫌いじゃないよ。異世界のルール」
僕はそう言って口元に少しばかり笑みを浮かべると、剣を振り上げた男の腹に触れた。
「おいおい、それが攻撃とか笑わせんなよ?」
触れられた男はなんのつもりだとバカにしたように笑うと僕の脳天目掛けて剣を振り下ろした。
だが、その剣が僕に到達することはなかった。なにせ、男は一瞬にして燃え尽きて灰となり、この世から消えてしまったからだ。
何が起こったのだ?
目の前に立つ剣も持てなそうにないひ弱な少年を舐め腐っていた山賊たちは、地面に落ちた一本の剣と鎧を見下ろしながら唖然とした。
「て、てめぇ!! よくもやりやがったな!」
山賊の1人が我に返るとそう叫び僕に短剣を投げつけた。だが、短剣は突如として方向を変え、投げつけた男の首に突き刺さる。すると、男は充電が切れたロボットのように地面に倒れ込んでしまった。
まるで短剣自身が自我を持っているかのような奇妙な光景に山賊たちは肝を冷やした。だが、すぐにそのからくりを見破る。
「このガキ、魔術師だ!」
山賊の1人がそう言うと周りにいた山賊たちにも動揺が走る。当たり前だ。山賊なんて一般人に毛が生えたようなもの。魔法は愚か剣の修行もしたことがないド素人だ。だから、魔術師に対抗する手段は持ち合わせていない。
だが、相手は子供だ。ビビるほどのことはない。それを分かっているかのようにグワブはビビる手下どもに声を荒げる。
「野郎ども!! うろたえんじゃねぇ! 魔術師と言えども相手はガキ一人だ。ビビッてどうする? それに、魔術師の弱点は至近距離での集団戦。全員で一斉にやれば余裕だ。とっとと身ぐるみはいで大人の怖さをたっぷり教えてやろうじゃねぇか!!」
グワブが声を荒げて手下を鼓舞すると、山賊たちはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら一斉に襲いかかってくる。なんというか単純なんだよなコイツら。
「子供だからって舐めてると痛い目に合うよおじさんたち。魔法発動:暗黒領域・獄の番」
僕が魔法を発動させると、魔法陣から飛び出した漆黒の鎖が山賊たちの体に巻き付き身動きを封じた。そして、ズルズルと魔法陣に山賊たちを引きずりこんでいく。
「な、なんだよこれ!!」
「お頭!!」
「ギヤァアアア!!」
山賊たちの悲鳴が山中に響き渡る。
だが、無常にもものの数秒でその悲鳴はかき消され、気づけば僕と盗賊の頭のみがその場に残っていた。
「バカな……。あの数を一瞬で……。どうやらガキだからって舐め過ぎていたようだ」
グワブは信じられないと言いたげに顎髭をさすると羽織っていた上着を脱ぐ。本気モードって奴だろうか? そう思ってどんな攻撃をするのかとグワブの様子を伺った。すると、グワブは尻のポケットから魔法書を取り出すと笑みを浮かべるのだった。
――次回に続く