祈りに近いモノ、その名は 6 #ルート:S
放心しないでこの話を聞ける人がいるんだろうか。
何を責めていいのかわからなくなる。誰かを責めたいのに、誰もを責められない。
「ひな……誰も悪くないんだって。ひなだって、なにも悪くないんだ」
シファがハンカチを差し出してきたことで、(ああ、泣いてるのか)と自分の状態を知る。
シファの話は、要約するならば、あたしの中に瘴気が溜まっているというだけの話。
要約しなきゃ、その原因がなんなのかということと、その状態は聖女として過ごすあたしを苦しめるだけになるかもしれないということ。
そして、聖女としての耐性なのか体内にそんなものがあっても生きているあたし。
本来、土地に発生するはずの瘴気が、同じ形として人の体内に留まるのは異例。
今までの聖女のアレコレを多少なりとも見てきたけれど、瘴気を体に集めたり溜めつづけた聖女はいなかったはず。
浄化までにそれをどうにかするか、浄化の時に一緒に浄化するしかない可能性がある。
瘴気=命を蝕む存在のイメージがある。ナーヴくんのあの態度が一番わかりやすい。
そんなものが体内にあるのなら、想像したくないことを想像してしまう。
「死ぬ…かもしれない、の?」
自分のステータスを見ることが出来ない以上どこまで耐えられるかわからないし、そういう展開も考えないわけにはいかなくて。
そう考えて、ふ…と浮かんだのは、ジークが人物鑑定出来るということで。
あたしの知らないところで、ジークはこの状態に気づいていたんじゃないだろうか。
もしも知っていたなら、教えておいてほしかった気もするけど、早めに聞いたからといってやれることは変わらないのかな。
「それでなくても浄化した後、死ぬかもしれないのに? 死亡原因の候補だけ増えて、生きられる気がしないじゃない! あたし…ここでずっと……」
ずっと生きていけるとも思っていなかったけど、死ぬために来たとも思いたくなかった。
脳裏にその言葉が浮かんで、何度も読んだあの本を思い出した。建国史という本を。
聖女が喚ばれるために犠牲になった、まだ世界を見ることも楽しむこともなく逝ってしまった命のことを。
対価なくして、救えない……ということか。赤ちゃん一人だけじゃ足りないよ、と?
「そうだ…よ、ね? だって……だって、あたし……みんなから見て、どうでもいい…命だしね」
捧げていい命に出来るかもしれないから、他人を喚んだのでしょう? 自国民じゃなきゃ誰だっていいんだよね?
情というものがなければ、その辺の石ころを捨てるようなことが可能なんだよね?
好きでも嫌いでもなく、なんの感情も抱けない相手だからこそ、自分へ痛みを感じさせないからこそ。
「捧げていい命…だから、でしょ?」
お前なんかどうでもいいんだよってハッキリ言われた気がした。
涙が勝手に流れていく。ハンカチで拭う余裕などないほどに。
「それなら言ってくれたらよかったのに! 聖女だの救ってくださいだの、あなたはすごい人なんだ……じゃなく」
胸が苦しい。泣いてもどうにもできないことを同時に悟っても、泣けて泣けて仕方がない。
「死ねって! 死んでくれって! 最初から言ってよ!」
救おうと思ってたけど、こんな気持ちでなんか救いたいだなんて思えない。
「言ってよ! シファ! あたしなんか…いら、な…ぃって」
元いた世界の、あの夜を思い出す。
誘われて向かったお祭りは、ちっとも楽しいものじゃなく、あたしの存在を否定するものだった。
(たとえ、柊也兄ちゃんが終わりをよくしてくれていても)
心をつなぎとめていた糸が、ぷつりと切れた気がする。
「生け贄になれって、最初から!」
シファも一緒に泣いてて、気づいた時にはあたしの左横にシファが腰かけてて。
「言えなかった……。きっと、悲しくさせるって。でも…っ、絶対このまま死なせたくないんだ。ひな…っ。だから……、だからさ!」
シファがぎゅっと抱きしめてくれ、その腕の中でしゃくりあげながら泣き続けるあたし。
「可能性ってだけで、死なせずにすむかもしれない。ゼロじゃないなら、一緒に抗おうよ。……生きてよ! ひな!」
抱きしめる腕に力がこもって、包まれたあたたかさがシファの思いそのままだと信じたくなるほどに。
「死に…た……くな……っ」
――知る。
自分がこんなにも生きたがっていることを。
「使い捨て…されたくな、ぃ…っ」
必要とされることに、飢えていたことに。
「シファ……あたし…、ジーク、好きな…の。好きな人いるのに……死ななきゃいけないの?」
そんなことをシファに言ったところで、困らせるってわかってるのに。
「どうしたら生きられるの? シファ…っ」
シファの服がぐしゃぐしゃになってても、涙も服を握りこむこともやめられない。
「ああぁあん……、うわぁあーん」
子どものように、泣いて泣いて…体中の水分がなくなってしまうかもと思うほどに泣いて。
散々愚痴も涙も吐き出して、カラッカラのカスッカスになって、シファの膝枕で眠ってしまってた。
うとうとしながら聴こえてきたのは、聴いたことがない歌。
曲の感じからいくと、童謡みたいなものなのかもしれない。
ゆっくりとやわらかい声で歌われる曲は、歌詞の意味なんかちっとも頭に入らないけど、病みかけたあたしを癒すには十分で。
眠りながらシファの手を握れば、握り返してくれる。
そのぬくもりは本物なんだなと感じられて、こういうのも死んでしまえば触れられなくなるんだと想像してしまう。
(ああ、嫌だ。寂しくて、寒くて…悲しくてたまらない)
シファのそばにいると、短い時間だけど深く眠れる気がする。
うとうとしながら考える。
夢を見るように。
シファはいつまでこんな風に優しくしてくれるのかな、とか。
どうしてあんな風に、あたしが生きられるようにって一緒に泣いてくれたの? とか。
そう悩みはするけど、余計なことを考えずに素直にその涙を信じたくもなる。
一回、人を信じられなくなると、どうしても疑うことをやめられないね。
自分に自信がないから、尚のことだ。
行ったり来たり揺れに揺れる心が、カッコ悪いし情けない。聖女になってから、何度揺らいだだろう。
何かがあるたびに、いちいちブレちゃうの。
空いている方の手で、あたしの髪を梳いてくれているシファ。
ゆっくり、ゆっくりと。やさしく撫でられているようで、くすぐったい気持ちになる。
この手を、一緒に泣いてくれた彼を…護りたい。
死なずにそれが叶うのなら、だ。
大事にしたいもの護りたいものが増えることは、本当はよくないんだろうと思う反面、死なずにすむのなら生きたいよ。
遠くで聴こえるようなシファの歌は、昔聴いたおぼえがある夕方6時に鳴る曲に似てて。
ただ護られて生きていただけでよかったあの頃に、思いを馳せていた。




