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抱えられるもの、抱えられないこと 6 #ルート:S






俺から逃げないでと呟くジークがどこか苦しげで、重ねたままの手がわずかに震えているのを感じる。


(緊張しているの? ジークみたいな人が?)


そう思えるほどに、指先が冷たくなっていた。


嘘? 本当? 嘘? 真実(ほんと)


何度も自問自答を繰り返し、このキスが自分への好意だったならと願いたくなる気持ちを消せない。


(この人のことが、好き……?)


“好き”の定義がわからないよ。友達の好き、家族の好き、恋愛の…好き。


今、あたしの胸の中を占めている想いは、どれになるの?


異世界に飛ばされて、向けられた好意に寄りかかれたらきっと楽だろうな。寂しくないよね、きっと。


でもそれって、本当に“好きだから”なの?


自分がそうみられたいのと同じように、相手にとってもそうであってほしい。


それはわがままなのかもしれなくても、一人きりのこの場所でそんな存在が欲しいよ。


(だけどね、ジーク)


あたしは、頼るのを甘えるのをやめようとしてるんだ。


だからしないでほしかった。期待して、触れたその熱で浮かされたくなってしまうから。


きっと出てくるうわごとは、ジークのことばっかりになってしまうでしょ。


(今のあたしには、そんな自由を選べないのに)


聖女じゃないのに聖女になって、嘘を隠すために嘘を吐きつづけて。


アレックスに相談したかったこと。


教会との今後のことと、訓練とのバランス取りについて。


ジークに相談しづらかったのもあるけれど、アレックスは裏表もないし、ジークみたいに笑顔でいろんな感情を隠さないでいてくれるから、ハッキリとした言葉で意見がもらいたかったんだ。


(……なのに)


あたしは今、キスをしている。


「ジーク……が」と言いかけたその続きを呟く機会を奪うように。


――きっと、好きだ。ジークのことを。


触れた唇。あのキスとは違う、すこしだけ大人のキス。


ちゅ…ちゅ…と触れては離れてを繰り返し、時々あたしの口内(なか)を探るように舌先で心の中までもかき回すの。


上手く息が出来ない。酸素が足りなくなる。


(ダメ……。こんなの知ってしまったら、もう…)


切なさがこみあげてくる。


そんなわけないでしょ? と、どこかで誰かが囁いている気がする。


ジークが悪いなんて思ってないよって言おうとしたのに、あたしから謝りたいのに。


どのことでごめんなさいと言ったのかを誤解されたくなくて、主語を伝えたかっただけだったの。


あたしが柊也兄ちゃんとジークを重ねたから、傷つけた。


そのことを謝りたかった。


苦しくてもれた声は、聞いたことがない自分の声。


途端に、ジークが離れていった。


あたしの機嫌でも伺うみたいに、何度もあたしを呼ぶジーク。


(まるでイケナイことをしたみたいで、罪悪感があふれてきて苦しいよ…)


好きだよと言われたのに、素直に喜べない。


その後に、なーんてね…とか言われたら、やっぱりそうだよねってなっちゃうじゃない?


よくあることなんでしょ? 慣れてるんでしょ?


(さっき触れたその唇で、今までどれくらいの人とキスをしたの?)


汚い感情がドロリとあふれたのに気づいた刹那、頭痛がする。


ジクジクと沁みこむような痛みだ。


感情の抑え方がわからない。ジークだったらこんな汚いものを抱えたって、きっといつものように笑えるんだろうな。


重ねられたままの手のように、見えないけど邪魔をする心の壁がなくなったらいいのに。


もっと触れたい、触れてほしい。そう願ってはいけないはずなのに、どうしてなんだろう。


(人間は、欲深く出来ているのかな。あたしも例外なく、欲深いのかもしれない)


元いた世界では、友達が欲しいと願っていた。


でも、あの時よりもっと深く願いたいことが出来てしまった。


(聖女として過ごすためには、この感情は足かせにしかならないかもしれないのに)


捨てた方がいい想いを秘めたまま、ジークが願うキスに応える。


触れた唇はあたたかくて、このぬくもりを忘れないでいようと誓う。


もしかしたらの話、あたしはどっちの世界からも消えてしまうかもしれないから。


ジークを好きになればなるほど、消えたくなくなってしまう。


このままずっと、片想いでいい。


両想いにはならない方がいい、でしょ?


なれるとも思っていないけど……。


ジークのこのキスは、愛情のキスじゃない。


そんなはずがないから。そんなこと、わかってるから。


愛されるモノが、なにもないから。あたしには。


“聖女であること”


ただ、それだけだよ。


たとえそれが、ニセモノの聖女なんだとしても、聖女であるあたしは愛してもらえるはず。


重なったままの手に、離れたくない想いがこもってしまい力が入った。


ジークが無言で握り返してくれる。


思い出という荷物は少なくしておかなきゃいけないというのに。


(あぁ、人を本当に好きになるって、こんなにも苦しいんだね。お兄ちゃん)


相談したくても誰にも出来ないジレンマを抱えて、目尻から涙を一つこぼす。


(どうかニセモノでも、愛してもらえますように)


せめてもの願いを込めて、ジークが教えてくれるキスを繰り返し。


行かないで…と追うように、ジークの舌先を追った。


静かな部屋で、二人の呼吸の音だけが響いて聞こえた。



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