野球部・登 一砂
クラビの片隅、とある平凡な町『マルノ』にも悪党の影は忍び寄っていた。時折、誰かが暴れているのか、ガラスや陶器が割れる音がする。
薄暗くなりつつある町の広場で、役人が拡声魔法を使い話し始めた。
「先日、国からの通達があった通り、異世界の戦士を各地に配備することとなった。この『マルノ』の治安維持を請け負っていただくのは、こちらのノボリ・イッサ殿だ。有事には通常通り役場に通報するように」
名を呼ばれて登壇したのは、黒髪短髪でスッキリとした見た目の好青年であった。役人が拡声魔法を施そうとしたが、「大丈夫です」と制止させた。青年は大きく息を吸い込み、
「鳳高校二年!! 登 一砂!!!! この世界についてはまだ新参者ですが!! これから信頼を得られるよう!! 精一杯努力させていただきます!!!!」
地声で叫んだ。人波を割く声は、荒む町に疲れていた民の心を震わせた。
「よろしくお願いしますッ!!!!!!」
一瞬の静寂。
「いいぞ兄ちゃん!」
「がんばれー!」
「応援してるぞ!!」
一砂の覇気に町民は刺激され、役人の目には心なしか、全員が少し元気になったように見えた。
「……すごいですね。あっという間に町民からの信頼を得ましたね」
「別に大したことはしてないっすよ。普段通り、デケェ声出しただけなんで」
登 一砂は鳳高校野球部に在籍する二年生。二年でありながらチームのエース投手であり、バッティングセンスもピカイチである。また、一年生時点で外野手としてレギュラーであり、できないポジションはないといわれるほどの選手であった。チームスポーツであるため、一概に一砂一人のおかげとは言えないが、「彼がチームにいたことで全国大会を春夏制覇を成し遂げたと言っても過言ではない」という評価が紙面に出回るほどだった。
*
一砂が赴任してから数日後、一人の男が役所へ駈け込んできた。
「お、お役人様ぁ!! うちの店が賊に襲われとるんです!」
「わかりました。イッサ殿! 現地に向かってください!」
役所裏で「自主トレーニングに励む」と出て行ったはずの男に声をかけようと振り返ると、すでに準備をしていたらしく、クラビの平民服に身を包んだ一砂がすぐに戻ってきた。
「え? 役人さんも来ますよね?」
「ぼ、僕は戦闘用魔術師じゃないんですよ!!」
「いいからいいから。やばい時は俺が守りますって」
一砂は細い黒筒を背負うと役人を引きずりながら役所を飛び出した。
現地にたどり着くと、町一番の酒屋で強盗騒ぎが起きていた。店頭には割れた酒瓶が散乱しており、未成年の一砂には嗅ぎなれない匂いが充満していた。店頭で酒盛りを始めていた盗賊の1人が一砂に気づき詰め寄ってきた。
「なんだお前ぇ? 見慣れねぇ奴だな。物騒なもん背負ってるが、怪我したくなきゃ邪魔すんじゃねぇよ」
「俺だって邪魔する気はさらさらないんだが、そういう契約だからな。さっさと解決して、部活に戻らないといけない」
「ごちゃごちゃ訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
盗賊が一砂の頭を持っていたガラス瓶で全力で殴打した。砕け散り、パラパラと落ちていくガラス片。盗賊がしてやったりと笑みがこぼれた束の間、一砂がぶるぶると頭を振った。
「効かねぇよ、そんなもん」
一砂の自慢は類稀な野球センスではなく、その競技人生において『一度も故障したことがない』ことが誇りであった。どれだけハードな練習をこなそうとも、メンテナンス・トレーニングは欠かさなかった。そんな一砂に神が与えた魔法は
【スキル:生涯現役】
己の肉体と一砂が『自分のもの』と認識した物体は絶対に壊れることがない。
スキルにより強化された一砂の肉体は鋼よりも強靭になり、盗賊の不意打ちをもろともしていなかった。
「な、なんでだ!! 今俺は、思いっきりお前の頭を……!」
「体を壊しちゃ完璧なパフォーマンスは出来ねぇからな。身体はアスリートの財産。当然の責務だ」
「そういう問題じゃねぇだろ!!」
一砂は背負っていた黒筒から木製のバットを取り出し、握る感触を確かめる。新しいバットは大抵ぎこちないが、他所者な一砂を気遣った職人が懸命に削ったそのバットは、彼の手によく馴染んだ。一砂は、これは『俺のためのもの』だと思った。
「大事な道具を武器扱いするのは気が引けるが……とりあえずさっきの仕返しはさせてもらう」
そして、物陰で隠れていた役人に聞こえるよう声をあげた。
「役人さんすいません! その呆然と立ち尽くしてる人、こっちに吹き飛ばしてもらえます? それぐらいはできますよね?」
「は、はいっ!」
「は?」
「えぇいっ!!」
役人の風魔法によりバランスを崩した盗賊の男は、そのまま一砂の懐目掛け飛び込んでいく形になり、
「ま、まて!! 俺が悪かっ……!」
「そーーーーーーれっ!」
顔面にジャストミートだった。一砂の鍛えられた筋肉の餌食となり、文字通り粉砕された。全力で殴打された盗賊は少しふらついた後、大地に背を付ける形でぶっ倒れた。大の大人1人ぶん殴ったというのに、一砂のバットは無傷であった。スキルの恩恵である。
「うーん……。今の手応えだと、3ベースってとこっすかね。人間打つなんて初めてだからな……、練習が必要だ」
人間の頭を打ちぬいておきながらも冷静な彼の姿を見、残りの盗賊たちは戦利品を放棄し逃げていった。 町民たちは平和が守られたことに歓喜したが、役人だけは小さな違和感を胸に抱き、後片付けに励むこととなった。
*
「イッサ殿、頼んだ側の人間の僕が言うのも変な話かもしれませんが、普通の子供として育ってきたイッサ殿が、どうしてそんなにも躊躇なく戦えるのでしょうか……」
「早く帰って次の試合の準備をしないといけないんで。あと、試合に出れないこと以上に怖いことない、今のところ」