何となく悟っていた
僕がまだ六歳だった頃、その時はいつも、ただ当たり前のように、兄たちと一緒にいた。
彼らはいつも楽しそうで、僕はそんな彼らの様子を眺めているだけだった。
ある時、僕たちは物置部屋で遊んでいた。
物置部屋にはテレビがあって、その近くにはソファが二つ置かれていた。
ひとつは古くて、汚くて小さいもの。
もうひとつは新品で、きれいで大きいものだった。
そして当然、僕たちは大きくてきれいなソファに座ろうと思ったが。
どうやらそのソファは、4人いる僕たちのうち、三人がやっと入りきる程の大きさしかなかった。
そこで、僕たちはソファを巡ってジャンケンをすることにした。
「じゃあ、今からじゃんけんで負けた奴がそこの汚いソファな! で! 残った奴らがそこの新品のソファに座れる。これでどうだ!」
僕とシゲとタケはじゃんけんの構えをするが、その時ミキはいつまで経ってもじゃんけんに参加しようとはしなかった。
「おいミキ、じゃんけんするぞ」とシゲが言った。
「嫌よ、じゃんけんなんて。ミキこの前もそれで負けちゃってあめ玉一つだけしかもらえなかったんだもん」
それを聞くと、タケは呆れた様子でミキに言った。
「それはミキがじゃんけん弱いのがいけないんだろう。それにあの時は、シゲが一つ分けてくれたじゃないか」
「それでも嫌よ、じゃんけんなんて。今日負けたら一人になっちゃうじゃない」
「でもそれはじゃんけんで決まることだから、僕たちがとやかく言えることじゃないよ。それに、じゃんけんで決めなかったら、誰があの汚いソファに座るんだい?」
その時、タケはちらりと僕のことを見た。僕は彼の視線が異様に冷たく感じた。
ミキは、タケの視線が僕に向かったのを見て声を荒げた。
「ひどいわ! いくらサトル君が小さいからといってそんな風に押しつけるなんて!」
ミキの言葉に、僕は傷ついた。
「別に何も言ってないだろう。それにサトルが小さいのは関係ないじゃん」
「じゃあどうして今サトル君の事見たのよ!」
「そうやって変に言いがかりをつけて、じゃんけんをやらない方向に持って行くのは、僕良くないと思う」
彼の言うとおり、ミキは別に僕をかばいたいわけではなく、タケを言いくるめたいだけなのだ。
「ちが、そんなんじゃ!」
「バーカ」
「は!?」
こうして、二人が喧嘩を始めようとしたとき、兄が口を開いた。
「ちょっと、二人とも。ソファの話からそれてってんだけど?」
「だって、タケが……」
「僕のせいにするの!?」
するとシゲは、二人がまったく予想だにしない行動をとった。
「じゃあもういいよ。俺が座るから。二人はそっちのソファに座って」そう言いながら彼は、汚いソファに座る。
シゲはソファに深々と腰を下ろし、リモコンを手に取りテレビを付ける。
ミキとタケはきょとんとしたまま顔を見合わせた。
まるで、自分たちは今まで何をもめていたのだろうと言わんばかりに。
するとタケは、急に素早い動きでシゲの元に行き、シゲが座っているソファの肘掛けに腰を下ろした。
「じゃ、じゃあ僕もこっちでいいや! ミキはそっちのソファに一人で座ってな!」
みんな、とっくに僕の存在を忘れていた。
ミキはみるみると顔を赤く染め上げ、タケと同じくシゲのもとまで行き、シゲの膝の上に座った。
「別にいいよう! ミキはこっちに座るから!」
「なんだと!」
ミキとタケは、互いに睨み合う。
「やれやれ……」今度は、ただ苦笑いを浮かべながら肩をすくめるしかないシゲであった。
僕は、一人で、大きくて新品な方のソファに座った。一方シゲ、タケ、ミキはわいわいがやがやと楽しそうに、小さくて古いソファの上で、もはや窮屈なことも忘れて戯れている。僕はその光景をただむなしく、恋しく眺めているだけだった。
その日の夜、僕はシゲと母親と一緒に夕食を食べていた。
「今日はどうだった? 二人とも」と母は言った。
「今日? すっごく楽しかったよ。今日は皆で物置部屋でテレビを見たんだ。でもソファに座ってみようとしたら、大きくて綺麗なソファとちっちゃくて汚いやつのどっちかしかなかったから、皆で小さい方に座ったんだ!」
シゲはとても楽しそうに話した。それを母は微笑ましげに聞いている。
「どうして大きい方に座らなかったの?」
「俺がじゃんけんで決めようって言ったら、タケとミキが喧嘩するから、代わりに俺が小さいほうに座ったんだ。そしたら二人が、じゃあ私も! とか、じゃあ僕も! とか言って僕の方に座ってきたんだよ」
母は首をかしげる。
「じゃあ、大きい方のソファは……」
「うん! 誰も座らなかったよ。みんなで小さい方に座ったから」
「ねえシゲ……みんなって誰のこと?」
シゲはキョトンとした顔で、自分が何か間違ったこと言ったのか探るようだった。
「え? 俺たち三人………………あ!」
そうしてようやく兄は、昼間の僕の存在を思い出す。
「サトル! ゴメン……俺、す、すっお前お前の事忘れてた……」
僕は、怒りと寂しさの両方を感じていた。
「大丈夫だよ……慣れてるから」
するとシゲはより罪悪感を覚えたようで、慌てはじめた。
「あぁ! 本当にゴメン! 次はちゃんと見てるからぁ!」
僕はそんな兄に黙ってうなずいた。
母は柔らかな笑みを浮かべて言う。
「シゲ、あなたお兄ちゃんなんだから、ちゃんと弟の面倒見てあげないと駄目でしょう?」
「うぅ……」そう言って彼はうなだれる。
「それにサトルも。いっつも黙ってばかりじゃ何を考えてるのか分からないでしょう? もし本当になかまにいれてもらいたいなら、ちゃんと言わないと。ね?」
僕はまた黙ってうなずいた。しかし、母の言っていることが正しいとは思えなかった。
それから何週間か経ったある日、僕たちは原っぱで鬼ごっこをしていた。
「よーし。鬼ごっこするぞー!」兄は言った。
「じゃあ、今日もじゃんけんだなっ♪」
そう言ってタケはいつも通りミキを煽る。
「ねえタケ!」
「なんだよぉ。僕何にもしてないよぉ?」
「そういうことじゃなくて!」
「え、なに怖ーい」
タケは楽しそうな表情で微笑んでいる。
「タケムカつく!!」
ミキはついに耐えられなくなったようで、両手でタケの頬をつねった。タケは痛みで顔にしわを寄せる。その直後、ミキはタケのみぞおちに拳を突き立てた。するとタケは腹を抱えて転がる。
僕とシゲは呆れて二人のやりとりを眺めていた。
「うぅ……暴力……反……対……ぐふ」
「知らない! もう、バカタケ!」
タケは倒れた。
ミキは腕を組み、ぷいっとうしろを向く。
「まあ、今のは普通にタケが悪かったな」
「そうだよ! タケムカつく!!」
僕も二人に同調してうなずいた。
「そんな……シゲまで……」
「ねえ、そんな事よりシゲ。鬼誰がやるの?」
「そんな……事……」
「もうタケでいいんじゃないか?」
「シゲ……お前……」
「でもさあ、タケふやけたフライドポテトのSサイズみたいになってるから無理なん
じゃないかなぁ。」
「S……サイズ」
「多分這いづり回ることしか出来ないと思う」
「そんなに強く殴ったの? ミキって強いんだね」
「まあね。一応空手習ってるから」
「へえ、そうなんだ。すごいね」
「うん……でもシゲほどじゃないけど」
そう言ってミキは意味ありげにシゲを見つめる。
「え?」
ミキが何かを言いかけた瞬間、タケが起き上がる。
「お前ら! 何僕の事忘れて二人だけで話してるんだ!」
「うるさいバカタケ!」
一段落し、僕たちはようやく鬼ごっこを始める。
「じゃあ私が鬼ね。十秒数えるよ。いーち、にぃー……」
「よし、逃げるかっ!」
「まさか自分から鬼をやりたがるなんてな」
シゲとタケが口々に言いながら走り出した。僕も二人についていったが、兄のシゲはとても足が速く、到底追いつけそうになかった。
ミキは十秒数え終わると、猛ダッシュで僕たちを追いかけ始めた。
シゲはとっくにタケとサトルよりも遙か遠くまで逃げていて、僕はタケの真後ろを走っていた。
つまり、今ミキが一番捕まえられる距離にいるのは僕なのだ。
にもかかわらず、ミキは僕を完全にスルーしてタケを狙った。
「タケ! 待て!」
「うわ! なんで僕なんだよ!」
「タケムカつくから」
「嘘でしょう!?」
僕は走るのをやめて立ち止まった。
ただ立ち尽くしたまま、三人が鬼ごっこを楽しんでいる様子をながめる。
いつもそうだ。
鬼ごっこに限らず、かくれんぼをしているときでさえ、誰も僕の事を探してくれない。
僕が走るのをやめて少しするタケはミキに捕まった。
そのあと猛ダッシュでミキとシゲを追いかけるが、いつまで経っても二人を捕まえられなかった。
するとタケは急に苦しそうな顔をし、地面に膝をついて亀のように丸くなった。
しばらくの間タケがそうしていると、シゲとミキは心配になり、タケの所まで来た。
「おい、タケ? 大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「タケどうしたの? もしかして、さっきミキが殴ったせい?」
しかし、タケは相変わらず返事をせずに、ただ黙ってうずくまっていた。
すると、シゲとミキは本気で心配になる。
しかし僕はまったく心配しなかった。
兄のシゲはともかく、タケやミキがいつも僕のことを空気のように扱うことに嫌気がさしていたからだ。
だけど、それだけじゃない……。
「ちょっとタケ! 大丈夫? 本当に調子悪いの?」
「ちょっとヤバいかな。お母さん呼んできた方が……」
「タケ! しっかりして!」
そう言ってミキはタケを揺さぶる。すると突然、タケが素早い動きで立ち上がり、ミキを突き飛ばして逃げ出した。
「へーっへへ! だーまさーれたー!」
いつも陰で見ている僕は知っていた。タケがこういう人であることを。
「まったく、タケは……」シゲはやれやれ、と言うように苦笑いを浮かべる。
「え? どういう事?」
一方でミキは、ついさっきまでタケを本気で心配していたせいか、まだ現状が理解しきれていないようだった。するとタケは言った。
「なんだよ、まだ気づいてないのかよこの脳筋馬鹿雌ゴリラ! おまえはだまされた
んだよ! 誰があんなのに騙されるんだよこのバーカバーカバーカっ! って言うか今ミ
キが鬼だからね。僕じゃなくて、ミキが鬼だからね」
そしてタケは木に登った。
「でももうここまで逃げれば安心だなー↑いや、分かんないか。ミキならここまで追っかけてこれるかもなー↑いやー、怖い怖ーい。へへーっ! おーにさーんこっちら~~~♪」
実にくだらない。
しかし、ミキはそれを聞いた途端、一瞬で表情が曇る。
シゲは相変わらずやれやれという表情でタケを眺めていた。
が、徐々にミキの様子がおかしいことに気づく。
「あ、あのー。ミキさん?」
「シゲ」
「はい!?」
「タケ……殺してくるね」
「 ……は、はい……」
「タぁーケぇー!!」
ミキ、鬼の形相と凄まじい勢いでタケの木まで行く。
「鬼サーンこっちらぁ~~~~~~~~~~~~~~~♪」
「タケええええええええええ!!」
ミキは、既に歯止めがきかない程に激昂している。
当然だろう。心の底から心配した相手が、実は自分を騙していたのだ。
ミキはタケが上った木の下までたどり着くと、鋭い眼光でタケを見上げる。
しかしタケは、相変わらず余裕の笑みでミキを見下ろす。
ミキはそのまま木に登りだすのかと思いきや、急にポケットからゲーム機を取り出した。
タケはそれを見た途端血相を変えた。
「な、なんでミキがそれ持ってんの?」
「昨日タケが公園に忘れてったから今日届けてあげようと思ったんだ」
「ど、通りで昨日いくら探しても見つからなかったわけだ! か、返せえ!」
「ヤダ。って言うか、早く降りてこないとコレこわしちゃうよ?」
ミキは言いながらゲーム機を折るポーズをする。タケはさらに顔を青くする。
「ま、待ってくれ! さっきは僕が悪かったから! ね、話し合おう! だからその
ゲーム機は返してくれ! お願いだから!」
「ヤダ。降りてこないと返さない」
ミキはゲーム機に力を込める。
「お、降りたら……僕をどうするつもりなのかな?」
「頭撫でてイイ子イイ子してあげるっ。もうあんな事したら駄目だよーって」
「見え透いた嘘ついてんじゃねえぞこの雌ゴリラあああ!」
ギィ……。
ミキは無言且つ満面に笑みでゲーム機に力を込めた。
「わ、分かった降ります降ります! うぅ!……く、くそう!」
タケは仕方なく木から降りた。
降りた瞬間ミキに捕まり、半殺しにされる。
シゲと僕はここまで一部始終を眺めていたが、最終的にこうなるのは分かっていた。
僕は口を開いた。
「ねえ、シゲ」
「ん?」
「僕もあの二人みたいに仲のいい友達できるかな」
バックグラウンドで、ミキの怒り狂う声とタケの断末魔が聞こえる。
「そのうち出来るんじゃないか。知らんけど」
「僕は、三人の友達……?」
僕はいつものように暗い表情を浮かべた。
困ったときに、とりあえずこういう顔をしていれば同情もらえると思ったからだ。
しかし、シゲは僕を突き放した。
「当たり前だろ? サトルは俺の弟で、あの二人は俺の親友で、そうなると実質お前は、あの二人にとっても弟みたいなものだろう」
「……」
「そんなに落ち込むなよ。仕方ないだろう、お前はまだ小さいんだ。それでもお前がいつも寂しそうにしているから、俺たちは特別にお前のことを仲間にいれてやっているんだぞ? もともと、俺たちもお前も友達になれる間柄じゃないんだ。……まあでも、四人でいるときに、お前の面倒を見てやれないのは素直に悪いと思ってる。お前の事を無視してるわけじゃないんだ。けどな、何事にも限界はつきものなんだ。お前は俺たちと遊ぶには心も体も小さすぎる。俺たちは、そんなお前にばかり構ってやれない」
僕は黙ってうつむいた。
そうか、彼らはいつも。僕の事を友達だとは思ってくれていなかった。
それから数年後。シゲ、タケ、ミキは高校生になり、僕は中学に上がった。
「よおーし! 明後日はキャンプだぁあああ!」
「おいタケ、その浮かれ方は子供っぽいぞ」
「タケは永遠に子供だからね」
「お、おいい! 二人ともぉ」
三人がとても楽しそうに笑っている中、僕は勇気を振り絞って言った。
「あの……。ぼ、僕もキャンプに行きたいんだけど……」
すると、皆急に表情を変える。
「はあ? 駄目に決まってんだろ」とタケ鬱陶しそうに言った。
「そうよ。サトル君はまだ小さいんだから」とミキが諭すように言う。
「今回ばかりは諦めてくれ」シゲもあきれるように僕を見た。
僕は怒りのあまり、肩を振るわせる。
「……も……ないか……!」
「うん? どうした、サトル?」
僕はついに怒鳴った。
「いっつもそうじゃ無いか! 僕が何歳になっても! 何回頼んでも! いつもいつもいっつもそうやって断る! もういい加減にしてくれよ!」
「サトル……」
「サトル君……」
「ったく、なんだよ。ピーピーうるさいなあ。だいたいさあ。お前だって僕たちにばっかりついてこないで、自分の友達と遊んでいればいいじゃないか。ガキ同士その方が盛り上がんだろ!」
とタケが言う。
彼の言っている事は正しい。
僕も、年の離れた彼らにばかり構っていないで、同年代の人ともう少し仲良くするべきなのだろう。
でも……。
「友達なんて……いない……」
思えば今まで、友達を真剣に作ろうと思ったことはなかった。
友達なんて当然いない。
どちらかと言えば、シゲたちのことを親友だと思っていた自分がいた。
そして、気が付いたらいつも一人だった。
だから、そういう気持ちを分かって欲しかった。
なのに……。
「あそ。ドンマイ。そんでさあ! キャンプの日さあ……」
するとミキはタケに蹴りを入れた。
タケは床に倒れうめく。
「タケ、あんたちょっとひどすぎ。サイテー。マジで頭冷やせ」
「うぅ……」
「まあ、タケは言い方が悪かったけど、やっぱりお前を連れて行くのは……駄目だ」
と兄は言った。
「どうして!」
「お前はまだ小さいし、なんか遭った時とか心配だから」
つまりは僕のためだって言うのか? 僕のためを想い、僕のことを考えてくれているんだったら、僕の意思を尊重して欲しい。それなりに、どうしてそれをしてくれないんだ。
「でも、サトル君に友達がいなかったのは、私たち知らなかったな。もし、私でよければ相談乗るよ。サトル君が友達を作れるように手伝う……でもいいし」
「いや、いいんだミキ。これはサトル自身の問題であって、俺たちがどうこうできる問題じゃない」
「そ、そっか……」
ミキは僕のことを哀れむように見るが、僕にはそれが、自分が孤独であるということを実感させられているようにしか見えなかった。
哀れんでくれるなら、僕を仲間に入れてくれよ。
「あとそうだな。お前が大きくなるまで、もう俺たちとは遊ばないようにしよう。その方が、お前はもっと友達作りに熱心になるだろう。お前に友達がいないなんて知らなかった」
「そ、そんな……」
「でも、まあ確かに、お前が何年経っても小さいって言われるのはちょっと不服だよな」
「そ、そうだよ! 大きくなるって言ったって、だいたいどれくらい大きくなればいいの?」
僕は聞いた。するとシゲは、掌を自分のこめかみあたりまで持ってきて言った。
「そうだな、お前がこれくらいになったら、お前を仲間だって認めてやる。その時はお前をキャンプに連れて行くし、タケとミキみたいに対等でいてやる。まあ、その時はもうとっくに、俺たちは遊ぶ年頃じゃなくなってるかも知れないけどな」
「……そ、そんな……なんだよそれ……そんなの、僕の事を一生仲間に入れないって言っているのと同じじゃないか!」
僕の身長は、シゲの肩の高さくらいしかない。
「まあ、人生は長いからな。一生なんてことはない」
僕はシゲを睨みつけ、その場を去った。
次の日、僕はイライラしながら、学校の廊下を歩いていた。
「ったく! あれくらい大きくなるなんて……そんなのどう考えたってふかのうじゃないか! だいたい、ミキだってあんなに高くないだろ! ふざけるなよ!」
僕は一人ブツブツと不満を言いながら歩いていると、ちょうど向かい側から歩いてくる先輩生徒から声をかけられた。
「ちょっと君」
「うん? ……なんですか?」
「バスケ部入らない?」
「バスケ部?」
僕が聞き返すと、彼はニッコリと笑って言った。
「そうそう。君、今暗い顔してたから、運動したら気分晴れるんじゃないかって」
「いいです、別にそういうの興味無いんで」
僕は、先輩を無視して歩いて行こうとすると……。
「お、おい! 君! バスケやったら君が欲しいものがすべて手に入るかもしれないよ?」
僕は足を止め、先輩のもとまで歩み寄った。
なんでも、手に入る? そういえば、バスケをしたら背が伸びるのではないか?
「あ、あの! バスケットボールやったら、背、伸びますか!?」
「え? ああ、まあ、伸びるんじゃないの? ある程度は」
「本当に!?」僕は言いながら彼にズイっと歩みよる。
「う、うん……。伸びるんじゃないの? バスケやらないよりは、ってか近い……」
「本当に!?」
「うぜええええ!!」
「まあ、とりあえず君がバスケ部に入る気になって嬉しいよ」
「うん、まあ背が高くなりたいだけなんですけどね」
「ちなみに俺は菊池な。お前は?」
「サトルです」
「よろしくな、サトル」彼は手を差し出しながら言った。
「よろしくお願いします!」
僕はその手を握り、握手をする。
その日の放課後、僕は部活届けを持って菊池先輩と体育館へ行った。
この時、バスケ部は体育館の奥の方でバスケをしていた。
数人のバスケ部員たちが練習している中、オレンジ色のジャージを着たスキンヘッドのおじさんが、彼らに向かって大声を出していた。
「おいこらてめぇら! そこはもっと腰落として動けっつってんだろこらぁ!」
彼は目をつり上げながら乱暴な口調で、部員たちを叱り飛ばす。
そんな彼に、菊池先輩はまったく臆することなく声をかける。
「コーチ! 新入り連れてきました。一年です」
菊池先輩が彼にそう言うと、彼は表情を和らげた。
「おお! マジか!? やったぜ! んで? どこだよその新入りってのは」
コーチは僕に一切目を向けずにあたりをきょろきょろと見回す。
「彼です」
菊池先輩は丁寧に僕を掌で指さすと、コーチはやっと僕の顔を見、直後ガックリと項垂れる。
「んだよお、チビじゃねえか。俺は何でもイイからデカイ奴連れてこいって言ったよなあ?」
「でも、単純で間抜けそうな奴でもいいとも言っていました」
「え、それ僕の事?」と、思わず聞いてみる。
「あー、そういやあ言ってたっけなあ……ま、単純な間抜けって、何も考えてねーから利用しやすいもんな。まぁ……いっか」
「あの、それ僕の事ですか?」もう一度聞いてみる。
「おーい! 安達! 新入り入ったぞ! お前とタメだぞー! 仲良くしてやれー!」
「あのう、菊池先輩。さっきから間抜けとか単純とかなんの話をしてるんですか?」
「アハハ。お前のことじゃないよ? ワハハ。 そんなことよりほら、来たよ。君と同じ1年生のバスケ部員」
菊池先輩が言うと、練習していた部員の中から、一人少年が歩いてきた。
背は僕より少し高い位で、髪は短く、スポーツ刈りでキメられていた。
「っち。なんだよ男かよ。女の子かと思って期待したのによぉ。はぁ」
「なんかすいません」
コーチは僕を指さし、安達という少年に言った。
「お前、コイツに基礎教えてやれ」
「ええ! 嫌っすよ。ダルいっすよ」
「おら、……あとで金やるから」
カネ……?
「ホントですか! 分かりましたやります! おい、新入。付いてこい」
「変な部活に入ったなあ……」
僕と安達はちょうど使われていないバスケットの下まで来た。
「俺は安達。お前とタメな。んま、とりあえずよろ」
「よ、よろしく……」
この安達という少年の態度になれず、僕はやや弱気な口調になってしまう。
「ったく、しまりのねー奴だな。ふやけたポテトみてーだな、Sサイズの」
「あの、そのネタいつから流行ってんの?」
なんでミキのネタ知ってるの?
「俺はな、女子にモテるためにこのバスケ部入ったんだよ。お前は?」
「え、僕は兄のシゲたちと……」
「ま、だいたい俺とおんなじだよな。要するにだな、動機付けが重要なんだよ。どんな事でも。例えばお前は俺みたいに彼女を欲しがってる」
「ちがっ、僕は……」
「それで、その目的を果たすためには、例え俺みたいにスポーツに全く興味がなくても、バスケだってなんだってやってやる! って勢いじゃないといけない」
「分かるけど、僕がこの部活に入ったのは別の……」
「要するにだな、お前がこの部活に入ったのはモテねーからだろ。……俺みたいに」
安達は急に落ち込んだ。
「いや、あの……」
安達の落ち込んでいる様子を見ていると、急に何も言う気が起きなくなった。
もう、なんでもいいや……。
そのあと僕は、安達からバスケのルールや、レイアップシュートなどの基礎を教わり、軽くドリブルのテクニックなども学んだ。
しばらく安達の教え通りに動いていると、急に彼は感心したように僕を見つめだした。
「おいおいサトル! お前すげーじゃねえか。運動神経いいなあ、おい」
「まあ、かもね」
兄たちの遊びについて行けるように日々努力を重ねたものだ。遊びに努力を強いられるのも変な話だが。
「ちょっと一本勝負してみようぜ」
「え? いきなり? まだ少ししか教ってないじゃん」
「まあな。でもな、実は俺もあそこまでしか教わってねー」
「……ああそう」
そうして、僕らは菊池先輩を呼び、彼に審判を務めてもらうことにし、試合を始めた。
中一の少年二人の白熱のバトル。とは言っても、どちらもほとんど素人のようなもので、試合中は何度もミスをしたが、それらが些細なものに見えるほど、僕たちは必死になって、自分の勝利に食いついた。
そして、最終的に一点差で僕の勝利となった。安達は少し悔しそうに顔をゆがめたが、それと同時に僕を賞賛してくれた。
「いやあ、サトル、お前本当に強え―な。俺負けちまったよ」
僕はとりあえず苦笑いを浮かべた。
今まであまり人に褒められることがなかったから、いざ賞賛されるとどう反応すれば良いのか分からない。
すると、菊池先輩も感心したようで、
「まさかここまでとはね。次僕と試合しない?」と、提案しだした。
当然僕は、
「えー、無理ですよ。僕負けますよ」
「まあ、新入部員が部長に勝ったら逆にすごいけどね」
「菊池先輩って部長だったんですね……」
「今の試合、なかなか良い動きだったじゃねーか。新入り」
「こ、コーチ!?」
「いいじゃねーか。やれよ部長との試合。お前の試合をもう一度良く見させてもらうぜ」
「……は、はい……」
そのあと、次は安達が審判となり、僕と部長との試合が始まった。
僕たちの試合は、コーチはもちろん、他の部員たちも食い入るように眺めていた。
菊池先輩の動きは、安達よりも何倍も速く、ドリブルの腕も玄人並だった。
僕は先輩の動きに圧倒され、何度もシュートを決められたが、それでもせめて一点差は縮めようと言う意識を保持したまま、なんとか彼からの猛襲を逃れようとした。
が、結局二十対八という勝負に終わった。
「いやあ、サトル君本当強いねえ……」
「何言ってるんですか。菊池先輩の方が全然強かったでしょう」
コーチは急に明るいテンションで僕に歩みより肩をバシバシと叩く。
「いやお前こそ何言ってんだよ、新入r……サトル君。バスケ初めてで菊池から八点も取るって……これは大物が釣れたな……。サトル君ようこそ! バスケ部へ! みんな、君が来るのを待っていた!」
「なんかさっきとキャラ違くないすか?」
「君が来てくれれば、バスケ部も安泰だよ!」
「あ、ありがとうございます!」
話かみ合わねー。
すると試合を見ていた部員たちも僕らのもとへ歩みよってくる。するとコーチは言った。
「よおし! おめーら! 今夜はおごってやるぞ!」
「「「いええええええええ!」」」
「マジで何? この部活……」
この部活に入って正解なのか。
最初はそんなことを思っていたが、バスケ部に入り、僕は少しずつ自分のかけている部分に気づいていった。
それは今まで自分が自覚していたようで、見つめてこれなかったようなものの数々だった。
僕は明らかに成長していた。
それは、精神的にも肉体的にもそうだった。
単に背が高くなりたい、兄たちと一緒に遊びたいという想いは少しずつ、兄たちと同じ土俵に立ちたいと言う意識へと変わっていった。
僕はほぼ毎日、バスケ部に通った。仲間たちと汗を流し、高見を目指したいと言う目標を共有し合った。
やがて、二年もの年月が経った。
「サトル、おめーもでかくなったな」
「はい、多分二十センチくらいは伸びましたね」
「二十センチなんてもんじゃねえ、三十センチくらいのびたんじゃねえか? ……ったく。最初はあんなにちっちゃくて、なんだコイツって思ったら、お前のおかげでこの部は滅茶苦茶強くなったし、部員も増えたし……もうお前には感謝してもしきれねーな。だからよおサトル……やめるなんて言わないでくれ!」
「いえ、別にやめるとは言ってないでしょう。しばらく部活を休むだけです。いつかは来ますから、そんな辛気くさい顔しないで下さいよ。大袈裟だなぁ」
コーチは分かりやすく眉毛をハの字にゆがめ、肩をすくめた。
「……まあ、お前も暇じゃないもんな。お前が戻ってきたくなったら、いつでも戻ってきていいんだぞ」
「はい、分かりました。今までありがとうございました」
放課後、シゲたちは、小さい頃によく遊んでいた公園にいた。彼らはベンチに座り、まったりとしていた。
「……今日、サトルが久々俺たちに混ざりたいって」
シゲは何気なくそう呟いた。
「え!? ……ていうか、久しぶりじゃない?」
「またチビって言われに来るのかな。はは」
ミキとタケもそれぞれ口を開く。
「アイツ、結構でかくなったよ」
「ふうん」
「みんな! お待たせ!」
僕は待ち合わせ場所の公園に着くと、すぐさま彼らに声をかけた。
タケとミキは、おそるおそる僕を見上げた。
「サトル……お前」
「サトル君……すごい背伸びたね!」
そう、今の僕の身長は百七十八センチ。ちなみに、バスケ部に入る前は百五十センチあるかないかだった。背が伸びただけでなく、筋肉もかなりついた。この二年間で外見の年齢は五歳くらい老けたのではないだろうか。
「いや、これはデカくなりすぎだと思う……」
「な、バスケ始めてから滅茶苦茶背伸びたって言ったろ」
「これでやっと僕も仲間に入れてくれるんだよね」
「まあ……あれは半分冗談で言ったつもりだったんだけどな。まさか、俺たちと遊びたいがためにここまでするとはな」
「……」
ここで僕は少し疑問に思った。僕がバスケを始めた理由は、本当にシゲたちに混ぜてもらうためだけだったのだろうか。
「今のお前見てたら、もうお前が小さいとか思わなくなってきたわ」
そのあと、僕たちは四人でベンチに座った。三人で座るベンチに四人で座ったら当然ぎゅうぎゅうで狭いわけだが、僕はそんな事は一切気にしなかった。幼少期の物置部屋での出来事は今でも鮮明に覚えている。彼ら三人はあの小さい古いソファに三人で座っていたのだ。僕も、あの場に混ざりたかった。
この時、僕は気が付かなかったが、ミキがタケに視線を送り目配せした。それに対してタケはぎこちなくうなずいた。僕たちはベンチに座ったまま黙っていたが、急にタケが口を開いた。
「そうだ! サトル、今日はお前が僕たちの仲間……対等な関係? んまあ、よく分からないけど……まあなんか、お前は成長した。その祝いに、俺が特別に好きな飲み物をおごってやるよ! お前には何かと嫌な思いさせたしな。さあ、来い!」
「おお、ありがとう」
僕はいつもより優しいタケに関心しつつ、彼についていった。
ベンチには、シゲとミキの二人だけが残った。
「タケも優しくなったよな」とシゲは言う。
「う、うん……」
ミキは、急に頬を赤く染め上げた。
「前までは全く人に気使わない奴だったのにな。サトルといい、みんな成長したよな」
「ねえ、シゲ。大事な話があるの……」
「え? 何? 深刻な話?」
「ううん、そうじゃ無くて、前からずっと言いたかったこと」
ミキはシゲの顔をまっすぐと見つめた。
一方、タケと僕たちは、自販機の前でジュースを飲んでいた。
タケは無感動に言った。
「ミキが今日、シゲに告るらしい」
「え! そうなの!?」
「そそ……んで、僕たちはあの二人の事が済むまで、ここで行儀良く待ってないといけない」
「ああ、分かった」
「それならよろしい」タケは言いながら自販機に寄りかかった。
しばらくの間、気まずい沈黙が流れる。
タケはまったくそんな事上の空といった反面、僕は気まずさに絶えきれなくなっていった。
考えてみれば、これまでタケと二人きりでいたことは一度もなかった。今日だって久々に再会したが、とくに話すことは無いし、顔見知りなのにも関わらず、共通の話題が皆無であることに異様な違和感がある。
僕は沈黙を破るために口を開いた。
「え、えと。……今日はいい天気だね。」
タケは空を見上げた。
「そうだね」
「う……うん」
空は晴れていないどころかこれ以上に無いというほど曇っていた。むしろ、今雨が降らないのが不思議なくらい……。
再び気まずい沈黙が流れた。すると、今度はタケが口を開いた。
「お前さ、彼女いる?」
「え、……いないよ?」
「だよねぇ……」
「……」
「もしさ、クラスメイトが自分以外全員リア充だったらどうする?」
「え、えと、『リア充』って何?」
「だよねぇ……」
「……」
「なんで僕がさっきからこういう話ばっかりしてるのか分かる?」
「……さあ?」
するとタケ大きく息を吸い込み、今日一日の疲れをはき出すかのように言った。
「だろうなぁああ……」
「あの、さっきからなんなの? 本当に」
少しじれったくなる。
「要するに、僕とサトルは性格が合わないってこと」
「………………なんか、すごく釈然としないけど理解はできた」
「あそ。そろそろ行こうぜ」
僕とタケは公園に戻ることにした。
公園に戻ると、シゲがベンチで両膝に肘を置いてうなだれていた。
「おいおいどうしたんだー。何があった」
タケは棒読みで言った。あたかもこうなることを予想していたかのようだ。
「……ミキに告白された」
シゲは絞り出すかのように言った。
「はぁ……うん。それで? お前なんて答えたんだよ」
「ミキのことは今まで親友だと思っていたし、これからもそう思い続けたいって言ったら、落ち込んで帰っていった。……俺、なんか変な事言ったのかな」
「ああ、言ったね」
「何がおかしかったんだよ」シゲはタケの顔を見上げた。
「お前に、『友達としてしか見られない』って言われたことに傷ついたんだろ」
「な、なんで。そんな事で……」
「そんな事?」
そう言ってタケはシゲを睨んだ。
「そんな事で片づけられるかあ!! ミキはお前に、恋愛感情を抱いてもらえないことが辛かったんだ! 今まで親友だと思ってた!? これからもそう思い続けたい!? それはミキのことを一生女子として見れないって言ってるのと同じじゃねえか!!」
タケはシゲの胸ぐらをつかんだ。
この時、僕は少し違和感を覚えた。普段のタケなら、今みたいに感情的になったり、誰かに対して強く意見をぶつけたりもしない。常に飄々としていて、楽しみだけで生きているような人。良い意味でも悪い意味でも、それがタケなのだ。しかし、今日は彼はいつもと違う。何かあったのだろうか。
シゲは掌でタケの手を払いのけ、同じく声を荒げる。
「た、タケに何が分かるって言うんだよ! 俺だってミキに想いを伝えられてびびった
し、どうすればいいのか分からなかったし、今だってどうすればいいのか分からないんだぞ!」
「シゲの気持ちは分からない。けど、ミキの気持ちは分かる」
「は、はあ? 何でだよ」
「僕がミキのことが好きだからだよ!」
「「……!」」
なるほど、すべて納得した。
「っとミキが好きだった。僕はいつもお前たちと遊んでいたが、ミキといるときが一
番楽しかったよ……」
そう。すべて納得した。それは今、タケが感情的になっている理由だけでは無い。なぜ今まで、タケがミキに対してちょっかいやイタズラをしていたのか。なぜさっき、急に僕を自販機に呼び出したのか。彼がいつも飄々としているのはおそらく、いつもミキにしか興味が無いからだ。
「ミキがお前の事を好きなんじゃないかって思ったときは、悔しかった。なんで僕じゃないんだって何回も思ったよ……それで、ミキが昨日僕に、シゲに想いを伝えるって打ち明けたときは、もう、なんて言ったらいいのか分からなかったよ。ただただ辛かった。今こうしてお前と会話をしている事さえ苦痛だよ。……お前は良いやつだよ。けど、もっと僕たちの気持ちを分かっっていて欲しかった……。もう、僕に話しかけないでくれ」
そう言い残すと、タケは立ち去った。
そして結局、公園には僕とシゲの二人だけが残った。
「シゲ……」
「……大丈夫だ。あんなのはいつも、明日には元通りだよ」
「……ひょっとして、僕が来たせいとかもあったりして……」
なぜか罪悪感があった。
「そんなわけないだろ。お前は何も悪くない。これは俺たちだけの問題だ」
と、言いつつも、地面を見下ろしているシゲの姿はあまりにも弱々しく見えた。
「あんまり全部一人で背負い込まないでよ」
「大丈夫だよ。慣れてるから」
「……」
その言葉は、どこかで聞き覚えがあった。記憶が昔に遡っていく。あの時僕は、仲間に入れなかったのはシゲたちのせいだと思い、彼らに苛立ちを覚えていた。しかし……。
「あれさ、最初にお前に言われたとき、すっげー罪悪感だったんだよな」
「ご……ゴメン」
「別に謝らなくていい。ただの感想だ」
「……う、うん」
今はシゲが、あの時僕が味わった孤独感を感じているのだろうか。
次の日、僕は体育館に足を運んだ。
「……なんか、シゲたちの仲間になるのって思ってた感覚と違ったなぁ……」
あのあと、シゲは二人に電話をし、なんとか円満に解決はできたようだが、今まで通り仲の良い友達でいられるのかはいささか疑問だった。
体育館に入ると、ほぼ反射的に声をかけられた。
「お! おうサトル! お前もう戻ってきたのか!」
コーチは満面の笑みで言いながら僕に歩み寄ってきた。
「サトル! なんだよ、お前戻ってきたじゃん。良かったぁ……俺お前がいなかった
からどうしようかと思ったよ」
そう言って近づいてきたのは、二年間共にバスケ部を築き上げてきた安達だった。
「先輩! 戻ってきたんですね!」
「先輩! お帰り!」
そう言って、部員たちが徐々に僕を出迎えにやってきた。そして皆満面の笑顔だった。
僕はその光景があまりにも不思議で、言葉を失った。そうして少しずつに口を開く。
「…………あの、みんな。どうしてそんなに嬉しそうにして……」
僕の言葉を聞いた部員たちはいっせいにキョトンとする。安達は呆れたように頭をかりかりとかくと、言った。
「は? お前マジで何言ってんの? 昨日部活休んでるときに頭でも打ったか? いいか、サトル。俺たちはチームだ! 仮にお前がチームを抜けたとしても。お前は何があろうと、俺たちと一緒だ。だから、これからも気合い出していくぞ!」
あたりを見回すと、コーチ、チームのみんな、満面に笑みで安達の言った事にうなずく。
……そうか。
「そうか……」
……そうだったのか。僕は選ばれたんだ。
「良かった……。皆、……ありがとう」
僕を選んでくれて、ありがとう。
物語自体はここで終わりですが、このあとは一味違うIFルートが続きます。是非読んでみてください。