僕
蔦で簀巻きにされた聖女が、ワイバーンへと乗せられる。
ヴォラシャス様の蔦だ、簡単には解けないだろう。
アイツがこの村に近づいている。
ヴォラシャス様の言葉を聞いた時、僕は自分で驚くほど落ち着いていた。
僕を裏切り、見捨てた女。
そんな女と再会した時、僕の顔はどう憎悪で歪むのか。
どんな復讐をしてやろうか。
そう考えていたのに、いざ会ってみるともはやどうでも良い存在へとなっていた。
むしろ、あの女の酷さを冷静に見る事ができて、引いたくらいだ。
あんなでは無かったのに・・・。
本当に、それだけが残念だ。
「覚えてなさいよアンタ達!反逆罪で全員殺してやる!許さないから!」
『うるさいですわね、ほら、さっさと連れて行きなさい』
「アグリカ!アンタ歴史書に載るからね!人類を裏切った極悪人ってキャァァァァ!
キーキー動物のように喚く聖女様が、大空へと飛び立つ。
ワイバーンであれば、1日もかからずに王都近くにアレを投げすてる事が出来るだろう。
「数々の無礼、失礼しました。ヴォラシャス様」
『気にしておりませんわ。むしろ、貴方の案は実に私好みでしてよ』
僕が進言したのは、ただ一言。
聖女を王都へ送り返そう、だ。
聖女は意味が解らないと言った顔だったが、ヴォラシャス様は僕の浅はかな考えを見抜いた気がする。
『いないと思ってた場所から魔族軍が迫っている、そして聖女が逃げ出した・・・この2つが、王国をさらに混乱させるわねぇ』
「ですが、こちらへ派兵してくる可能性もあります」
『戦力を少しでも分散できるのならよろしくてよ。それに、貴方も協力してくれるのでしょう?』
ヴォラシャス様の言葉に、僕は首肯する。
この村に来るには、道筋は決まっている。
そして僕の土魔法を使えば、伏兵や罠なんて容易い。
少しでもヴォラシャス様の助けになれば、光栄というモノ。
見捨てられるはずだったこの村に、そして虫のように殺されかけた僕に、ヴォラシャス様は価値を見出してくれた。
神父様の信仰等、今まで通りの生活も約束してくれた。
しかも王国に比べ税が安い・・・とは言え、色々育てさせられるから大変ではあるけど、昔と比べると遥かに楽だ。
『だけどいいのかしら?貴方、同じ人間と戦う事になるのよ?』
「問題ありません。我々の村を弾圧せず、信仰等の自由も認めてくれた陛下を始め、ヴォラシャス様方には感謝しかありませんので」
『ふふふ、こんな時でも救いの手すら伸ばさない神など祈る価値すら無いと思うのだけどね。あとアグリカ、コメの増産お願いしますわ』
「解りました。・・・また、陛下のギュードン、ですか?」
『えぇ、陛下は1日一食はギュードンじゃないとダメらしいの、ふふふ。ではまた』
ヴォラシャス様が、地中へと消えて行く。
(人類を裏切った極悪人、か)
聖女が言い捨てた言葉。
確かに、そうなるんだろうな。
でも、だったら僕達を見捨てようとした国は、悪ではないのか?
村の人達を救おうとした僕は、本当に悪なのか?
「・・・まぁ、僕が決める事じゃないか」
正直言えば、どうでもいい。
そんなのは他人が勝手に決めればいいし、決まったところで何の価値も無い。
僕達にできる事は、日々を生きる事だ。
そんな当たり前の事が当たり前のようにできる現状は、とても幸せだ。
■ □ ■ □ ■ □
肉が焦げる匂い。
秋夜の虫のように鳴く、肉塊達。
この村を蹂躙しようとした300もの王国軍は、もはや壊滅状態だ。
あの後、聖女は自分の言葉を有言実行せんが為に、ショキノ村へ進軍してきた。
このままでは僕の幸せが壊されてしまう。
だから、阻止しただけだ。
『落石、アリジゴク、巨大な落とし穴に、足元から襲い掛かる棘。土魔法ならではの活躍ですわね、アグリカ』
「有難う御座います、ヴォラシャス様」
ヴォラシャス様の配下が、深い落とし穴の中へと油を流し込み、火をつけた。
植物型魔族を燃やす為に構成された火属性魔法特化の王国軍が、悲鳴を上げて燃えていく。
「アグリカ!アンタ、なんでこんな事を!人殺し!クズ!最低よ!」
「我々は貴様らの村を解放しに来てやったのだぞ!」
「頼んでいませんが?」
聖女と、勇者の仲間である女騎士が、こちらをギリっと睨みつけてきた。
だが、ヴォラシャス様の蔦で身動きが取れない状態だ。
「もし解放されても、貴女方が贅沢する為に重い税を取られ、僕達はただそれだけの存在になる。嫌に決まってるでは無いですか」
確かに魔族を妄信するのは、危険だ。
だけど、僕達が魔族軍の食料を生産すればする程、この村の安寧は守られる可能性は高い。
魔獣から守ってくれる。
僕達の税が直に届き、喜んでくれる。
足りない物資は、まわしてくれる。
王国軍統治下より、今の方が確実に恵まれている。
だが、聖女様方はどうやら不満の様だ。
「それの何が悪いというのだ!貴様らの税が我々の血肉となり王国の誉となる!」
「私達は選ばれた存在なのよ!他の連中よりいいモノ食べて当たり前じゃない!」
彼女達の主張に、ため息をつきそうになる。
この派兵は、表向きは村を奪還する為とされているのだろう。
実際は聖女の逆恨みなんだけど・・・あぁ、そう考えると死んだ人が可哀そうに思えるな。
『どうも私達の価値観と異なりますわねぇ。そういうものは前線の兵に送り、士気を上げるものだと思ってましたのに』
呆れ顔のヴォラシャス様だが、王国だって最初はそうだったと思う。
勇者とその取り巻き女共がそれを破壊し、価値観を作り直したんだ。
聖女が首に付けたネックレスだけで、一体どのくらいの人が飢えを凌げるか・・・。
「ふん、魔族なんかに解るわけないでしょ!私達が疲れてたら力を発揮できないじゃない!」
「我々の心身を癒すための贅沢だ。前線の兵という肉壁なんかに勿体無いだろう!」
ダメだこれはと、皆が頭を振る。
生き残ってる兵士さん、可哀そうだな。
彼女達は何を言ってるんだって顔してる。
まぁ、これも作戦の内なんだけど。
『では、今回も送り返すとしましょう。皆さん、生きてる者をワイバーンに載せて下さいな』
再び動物のように喚き散らす聖女達と、彼女達の真意を知り狼狽える生き残りを、ワイバーンへと乗せだす。
勇者達の考えを知った兵士達の士気は落ち、噂として広がり、脱走者も増えるだろう。
そして、聖女達は敗走してきた事でますます肩身が狭くなるはずだ。
『この度の働き、見事でしたわ、アグリカ。酒等の物資を送るので、村の人達と英気を養いなさい』
「有難う御座います」
『あ、あと陛下から伝言です。ベニショーガ、というモノを知らないか、との事ですわ』
「ベニショーガ、ですか?・・・聞いた事ありませんが、調べておきます」
兵士の死体に、ヴォラシャス様達が使役する魔獣が牙を立てる。
人の死を目の前で見たのに、僕の心がざわつく事は無い。
むしろ。
肥料にならないかな、と。
見当はずれな事を、ぼんやりと思っていた。
■ □ ■ □ ■ □
ヴォラシャス様が送ってくれた物資は、想像以上に量が多かった。
おかげで、戦争が始まって中止になっていた収穫祭を、再開する事が出来た。
皆、幸せそうに騒いでいる。
広場で煌々と燃える火を囲み、魔族が教えてくれた歌や踊りで、各々楽しんでいるようだ。
「村の人口も良い感じで増えて来たじゃないか」
「これもアグリカのおかげだな。・・・ほら、飲めよ」
「あ、有難う御座います」
ぼんやりと炎を見る中、カッパヘア神父様とデスゼ先生が、僕のコップに酒を注いでくれた。
僕はそれを飲み干し、体の内から熱くなる快楽に、身を委ねる。
「・・・無理はしておらぬか?」
「と言っても、お前さん任せの俺達が言えた事じゃないがよ」
「いえ・・・」
王国を裏切り、兵士を殺した事。
不思議と、罪悪感は無い。
それよりも、一つの不安が湧き上がる。
「村の人達は・・・、皆さんは、本当に良かったんでしょうか?」
今の僕は、幸せだ。
だが、それが皆の幸せとは限らない。
当たり前の事だが、つい、訪ねてしまった。
「お主の説明に、皆、賛同したでは無いか。むしろ、良かったと思っておるよ」
「見ろよ、今騒いでる奴らの顔。不満があると思うか?」
不意に、涙が流れた。
すると、内に堰き止められていた言葉が、溢れ出す。
「あの女に捨てられた時、僕にはこの村しか無いと思いました。あの女に見捨てられた時、神父様や先生達は・・・虫のように死にそうだった僕の為に泣き、苦しんでくれました。それでより、この村への執着が深くなりました。僕は、この村を、僕のように見捨てられそうだった村を守りたいんだ。・・・父さんと母さんがそうしたように、僕も・・・!」
数年ぶりに、涙があふれる。
嗚咽で、言葉が出ない。
神父様と先生は、無言のまま、僕を見守ってくれている。
広場の炎が、小さくなる。
そこに、新しい薪・・・あの女が住んでいた家の成れの果てが、新しく光を生み出した。
(あ、ベニショーガ、調べるの忘れてた)
まぁ、明日調べよう。