聖女1
<ホーロビル王国聖女 バズレー=ビッチァ 視点>
輝く宝石。
最先端のドレス。
薫る、文化。
美味しくも食べきれない程の料理。
今の私は、幸せだ!
ううん、今、では無いわね、ずっとずっと幸せじゃ無きゃダメ。
「このネックレスは地味ね、ルビーが多めのを持ってきて頂戴」
「畏まりました」
ふふふっ、一流のメイドを顎で使う権力。
これも聖属性魔法を極めた、私の努力があったからこそ!
ケガや病気を治して貰う為に、平民や貴族が私に媚び諂う・・・素敵よね。
「聖女様、本日のお手紙で御座います」
あらっ、こんなタイミングで。
パーティー会場で私を待つゼッゲンの下に急がなくちゃいけないのに。
でも、手紙のやり取りも貴族の嗜みだ。
私を養子としてくれたビッチァ夫妻の顔に、泥を塗る行為は避けなくてはいけない。
手紙の群れを見ると、思い出したくもない名前が目についた。
(アグリカ・・・)
すっかり思い出す事も無くなった、元幼馴染。
しぶとく生きていた、昔の男。
そりゃ、あの時見捨てたのは悪いと思ったわ。
でも、私の回復魔法は数多の金貨が動くのよ?
借金背負わされなくて良かったじゃない、というか、助かったからいいじゃない。
「貴女、これ捨てといて。今後、この差出人からの手紙は、私に来る前に燃やすよう徹底して」
「畏まりました」
ったく、女々しいわね。
中身はどうせ金の無心とかでしょ。
さすがに寄りを戻そう等では無いと思うけど、私が得する事は無いはず。
なら、捨てても問題ないわね。
私は新しいドレスとアクセサリで着飾り、急いでゼッゲンの下へ行く。
ゼッゲンは勇者だ。
彼は力強くも温かい力で、皆を守っているのだ。
あのなよなよした田舎者とは全然違うというか、比べる事さえ失礼よ。
オーケストラが奏でる重厚な音の中。ゼッゲンは有力貴族に囲まれていた。
その後ろには、一緒に死地で戦う女性メンバー。
皆、ゼッゲンの事を愛しているし、ゼッゲンもまた、私達を愛してくれる。
彼は勇者なのだから、その血は一人が独占するものではない。
最初は嫌だったが、皆との時間が、その蟠りを解消してくれた。
私は姿勢を正し、彼の影に隠れるように寄り添う。
今回の主役は彼だ、彼より目立っちゃいけないのだから。
「はははっ、しかし勇者様はホントにお強いですな!実に羨ましい!」
「いえ、俺にも弱い頃がありましたよ。最初の相手は赤狼でした」
「ほぅ、それで結果は?」
「惨敗ですよ。群れとなった赤狼に敵わず、泣きながら逃げ出したもんです」
(・・・あれ?)
ゼッゲンの昔話で、私の中で何かが引っかかった。
どこかで聞いた事ある話・・・、経験した事が・・・。
「それはそれは、群れとなった赤狼は脅威ですからな!」
「痛感しましたよ。近くに騒がしい村があったので、そちらへ誘導して助かりました」
「まぁそのお陰で今の勇者様がいるのであれば、死んだ連中も本望でしょう」
周りの笑い声が、どこか遠くに聞こえだす。
ちょっと待って、父さん母さんが死んだのって、もしかして・・・?
ううん、でも赤狼で滅びる村は多いから、違うかも知れない!
でも・・・。
思考の海に陥る所、私の体、いや、ゼッゲンと私の体に、冷たいモノがかかった。
見ると、赤ワインが、仕立て上げのドレスに下品な染みを作り出している。
「何が本望だ!前線の兵士は、今もなお死んでいるんだぞ!何故勇者であるお前が戦わない!私の、息子も・・・!」
ワインをかけたのは、下級貴族達だった。
クソッ!私のドレスが!
いくらすると思ってるのよ!
あんた達の命より高いのに・・・!
私達は、常に前線で戦ってきた。
救った命は多く、皆私達に感謝してるはずだ。
だから、少しくらい休暇を楽しんでもいいじゃない?
むしろ私達の休暇の為に、肉壁となって前線を維持すべきなのよ!
勇者の力頼りな弱者が、勝手に怨嗟の声をあげてるだけ。
悔しかったら、私みたいに努力して力を掴めばいい。
「取り押さえろ」
ゼッゲンの言葉で、周りの兵が下級貴族達を捕縛する。
中には抵抗して怪我した人も居るけど、私は回復なんてしてあげないわよ。
「ゼッゲン、大丈夫?」
「ああ、問題ない。だが確かに、そろそろ俺達の力を見せるべきだな」
いつもの様に、ゼッゲンが不敵な笑みを浮かべる。
私もいつも通り、彼のその素敵な・・・あれ?
(ときめかない・・・?どうして?)
多分、先程抱いた疑問が原因だろうか?
バカね私、私の両親が死んだのがゼッゲンのせいなわけ無いじゃない!
考え過ぎよ。
仮にそうだとしても、もうどうしようもない、じゃない。
復讐なんて色んな意味で無理だし、私の栄光は彼が一緒じゃ無いと得られないのだから。
「今から一月後、私達が東部戦線より魔族を追い出して見せましょう!」
周りから、建物が壊れんばかりの声と拍手が響く。
そう、私達が周到に準備した作戦が、始まるの。
これで私達の名声はさらに高まり、今まで以上の暮らしができるようになる!
「皆、よろしく頼むよ!」
・・・うん、昔の事は今は置いておこう。
今は目の前にある栄誉だけを追い求めるべき。
ゼッゲンが見せる白い歯に、私達は何度も、頷いた。
□ □ □ ■ ■ ■
「ねぇ、もっと早くできないの?急いでよ!」
「これ以上は無理でさぁ!馬がへばって逆に速度が落ちちまう!」
使えない御者ね!と心の中で罵りながら、私は薄暗い空を見る。
この空が、あんなに赤く光っていたのだ。
そしてその下で、沢山の命が失われた。
(なんで・・・!なんで上手く行かなかったのよ!ばっかじゃないのクソ貴族が!)
東部戦線からの魔族一掃計画。
貴族や軍と周到に計画した一大決戦だったが、それはこちらの大敗で幕を下ろした。
王国軍の損害4割。
しかも、ゼッゲンを囲む優秀な女性メンバーも27人戦死した。
原因は、クソ貴族達だ。
私達が色々とお願いしていた貴族や軍人を、自分達の政治的都合で消したり追い出したりしてたのだ。
お陰で武器も無い、連携できる兵がいない、補給も無いの無いない尽くしで、負けたのよ!
ゼッゲンがクソ貴族を粛清しようとしてるけど、どいつもこいつもゼッゲンお気に入りの奴らでグダグダ。
王様も教会もゼッゲンの言いなりで、秩序ってのが失われてる。
このままじゃ負ける、って事で・・・今、私は逃げている。
早朝、未だ混乱が収まらない王都を逃げ出すのは簡単だったわ。
金で動く御者がいたのも、運が良かったわね。
(命さえあれば、ううん、この聖属性魔法があれば、私はどこででも成り上がれる!)
目指すは、生まれ育った村だ。
本当は嫌だけど、身を隠すには丁度良い。
そして戦争が終わった頃に、別の国にでも逃げればいいや。
正直アグリカと会うのは嫌なんだけど・・・あ、アグリカ追い出せばいいじゃん。
今持ってるお金や私の魔法の価値を解らせば、あんな引き籠った連中を操るなんて簡単だ!
よし、そうと決まったのなら、急がなきゃ!
ごめんね、ゼッゲン。
貴方の事は好きだったけど、私、まだ死にたくないの。
私も貴方に不信感抱いちゃったし、丁度良い時期かなって思ったのよ。
でも、恋人が一杯いるから、私が居なくても大丈夫よね?
空が、オレンジに染まり出す。
遠くに、二度と戻る事は無いと思っていた故郷が、小さく見え始めた。