神父
<ショキノ村教会 カッパヘア神父 視点>
「ふむ、アグリカはどこか」
私は彼を探すために、村を見渡す。
あの穏やかでささやかながらも幸せに溢れていた村は、今は見る影もない。
人々の顔は曇り、笑いが聞こえる日はほぼ無くなっている。
魔族との戦争が長期化し、税は上がる一方。
なのに、国からは魔獣や野盗を抑止する為の兵士の派遣すら、無い。
それどころか、中央教会からの支援も皆無だ。
すでに多くの村では人が居なくなり、地図から名前が消え始めている。
アグリカが居なければ、ココもとっくに廃村となっていただろう。
「おぉ、デスゼ。アグリカを見なかったか?」
「アイツなら、水車小屋横の畑で見たぞ。・・・神父さんよ、あんま無理すんなよ」
「ふっ、それはこちらのセリフだ。お主もあまり寝ておらぬだろう?」
私の応酬を鼻で笑い、村医者はとある一軒家へと入って行く。
あの家は、昨夜過労で倒れた者の家か。
訂正しよう。
アグリカだけではなく、デスゼもいたから、私達は生きていけている。
だが、この先どうなるか。
何せ、大きな災いが迫っている途中だからな。
デスゼの言う通り、アグリカは水車小屋横の畑に居た。
だが、ここから大声で呼んでも、声は届かないだろう。
私はわざと大きく足音を出して近づくが、アグリカはやはり気付かない。
プツッ。
プツッ、と。
ただただ、農作物に付いた害虫を、彼は一匹ずつ丁寧に潰している。
その目に映るのは、虚無。
彼もまた、村と同様変わってしまった。
(やはり、行かせるべきでは無かった、か)
2年前、彼と結婚を約束していた女が、勇者という胡散臭い存在に奪われてしまった。
女の聖属性魔法は私から見ても優秀なモノで、将来に期待していたのに。
だが、優秀が故に勇者の目に留まってしまい、男に、そして贅沢に心を奪われてしまったらしい。
私にソレを非難する権利は、無い。
私だって破戒僧であった時期がある。
幸運にも、私の事を叱ってくれた存在・・・アグリカの両親が居たから、今の私がある。
故に、アグリカが女の目を醒ましてくれる・・・、そう思い、送り出したのだ。
戻ってきたアグリカの状態は、酷いモノだった。
死ななかったのは奇跡らしいが、デスゼが尽力した結果であろう。
デスゼは王都で治療したかったらしいが、勇者に歯向かった罪人と言う事で、追い出されたと言う。
冤罪で斬られ死にかけている青年をだ!
しかも、その場にはあの女がいたと言うではないか!
だのに、聖属性魔法で、アグリカを癒しもしなかった!
成程、女の魔法は、教会にとって都合の良い存在の為だけに振るわれるモノというわけだ。
「アグリカ」
返事は無い。
私の声に、虫が潰れる音が重なる。
「・・・アグリカ」
「・・・神父様、どうかされましたか?」
肩に手を置き、彼は初めて私の存在を知る。
服越しに彼の肩に感じる、やや盛り上がった古傷。
その双眸に私は映っているが、背筋が凍るような暗さを感じた。
「実は、魔族軍が近くに来ているようだ。その対策を話し合いたい」
「それは・・・。解りました、集会所へ行きましょう」
集会所への道中、私は彼を観察する。
あんな事があったというのに、彼は穏やかだ。
女を失った反動、そして命を救われた事への恩か、この村に執着している面はある。
お陰で厳しい税の取り立てになんとか対応はできているが、彼の心はどうなっているか解らん。
本人は、あの女の事はどうでもよいと言ってはいるが・・・この村であの女の話は、皆避けている。
「神父様、地図をどうぞ」
「うむ」
物見の広げた地図を見ると、あまり・・・いや、かなり良くない状況だ。
魔族軍は王都を4方から囲むように進軍しているようだ。
すでに、馬車で5日程にあるマジョッ湖を挟んだ先に、魔族軍は到着しているだろう。
「王都への連絡は?」
「相変わらず反応がありません、この村は見捨てられたのでは」
可能性は、高い。
しかし、この村は重い税にも対応していたし、ここが落ちると王国も被害を被るはずだ。
何より、王国から派遣された代官も・・・。
「失礼します!代官とその部下は、逃げ出した、あとでした!」
決まり、か。
どうやらここは、見捨てられるらしい。
「皆、荷物をまとめよ。王都へ逃げるしか道はない」
私の声に、周りから戸惑いが浮かぶ。
どうしてこうなったのか。
旧友から聞いたが、魔族側との今回の戦争は、実は王国側から仕掛けたと言う。
実に数百年ぶりに生まれた、勇者と言う存在。
そして勇者に集う才能豊かな若人達の存在が、王国の肥大した欲求を動かしたのだろう。
しかしそうはうまく進まず、王国は追い込まれている。
最初は快進撃であった。
なのに、戦後を見越した政治の戦争がはじまり、王国は内側からボロボロになる。
謀略、暗殺、追放。
有能な者達が消え、残った者は他人の足を引っ張る愚者ばかり。
肝心の勇者も政治の世界に身を置き、前線で戦わないと来たものだ。
いや、戦えないのであろうよ。
敗戦続きで、心が折れてしまっているはずだ。
「・・・聖女様に、手紙を出そうと思います」
アグリカの声で、皆が一斉に静まった。
聖女、つまり、あの女だ。
「村を防衛するための戦力、それが無理ならば、王都に避難できるよう手伝って欲しい旨を送ります」
確かに、聖女として勇者の隣にいるあの女の力を使えば、好転する可能性はある、か。
アグリカの行動はありがたいが、同時に申し訳なくなる。
あの女を頼らせてしまうからだ。
「気にしないで下さい、この村が、そして皆が助かるのなら安いもんですよ」
顔に出ていたのだろう。
アグリカはあの頃と変わらぬ笑みを浮かべ、私達を安心させる。
だがやはり、その瞳は、仄暗く淀んでいた。