終わり
「・・・ ・・・ ・・・っ!?」
眩しい光を感じ、ガバリと覚醒する。
見慣れた室内。
むせる様な、土の匂い。
テーブルには、朝食の食器がそのままの状態だ。
(・・・夢、か?)
なんとも馬鹿げた夢だ。
バズレーが、僕を裏切るなんて。
ココ最近頑張り過ぎて疲れて、あんな夢を見たのだろう。
・・・食器を片付けないとな。
思うに、僕は2度寝してしまったんだろうか。
「・・・痛っ!?」
起き上がると、首筋と胸部に鈍痛が走った。
僕は上着を脱ぎ、洗面所の姿見へ自身を映す。
「夢、じゃなかった・・・?」
土色の短い髪。
黒い瞳。
土汚れが染み込んだ手足。
重労働で築かれた筋肉。
いつもと変わり映えしない体に、多くの青あざが出来ている。
(・・・嘘だ!嘘だ!バズレー!)
僕は堪らず、上着も着ないまま外へと飛び出した。
あれから何日経ったのか、馬車の隊列等はすっかりと姿を消している。
「ふむ、骨は折れてなかったようだな、良かった」
「おぉ、起きたようだね、アグリカ。体の方は・・・」
「デスゼ先生!神父様!バズレーが!・・・僕は、どうしたら・・・!」
僕の事を心配していたのか、カッパヘア神父様と村医者のデスゼ先生が近くに居た。
僕は堪らず神父様達の言葉を遮り、何があったのかを聞きだす。
結論から言うと、夢では無かった。
勇者に殴られ気絶した僕を、村の人達が運んでくれたらしい。
「バズレーは、私に別れを言いすぐさま王都へと戻っていったよ」
「俺には一言しか挨拶無かったんだぜ、まったく恩を忘れやがって」
2人の言葉には、棘があった。
デスゼ先生はともかく、神父様もがそういう感情を出すのは珍しい。
「アグリカ、権力と贅沢は人を変える。あのバズレーはもはや私達の知る彼女ではない」
「へへっ、経験者は語る、ってか」
「デスゼ、お主は・・・。あぁ、そうとも。私も以前は神よりも金を信仰していたさ」
神父様の昔話は、到底信じられるようなものでは無かった。
カッパヘア神父と言えば、周辺の村落でも人格者として崇められる存在だ。
なのに、若い頃は贅を尽くし、神父という権力で好き放題していたらしい。
「アグリカ、バズレーの事は忘れなさい。それが、一番良い」
「こんな寒村に住んでたんだ。今の生活から質を落としたくないんだろうさ」
「・・・有難う御座います。でも、お二人の話を聞いてると、バズレーには勇者への愛が無いと思えました」
神父様は言った。
権力と贅沢は、人を変えると。
ならば今のバズレーは、権力と贅沢に目がくらみ、それを離さない為に勇者を愛そうとしている。
小さい頃から共に生きてきた僕との心の繋がりならば、彼女の目を醒ます事が出来るかも知れない。
もちろん、生活の質は落ちてしまうが、好きでもない男と無理に過ごすよりは、遥かに良いはずだ。
「・・・王都に行って、もう一度、バズレーと話をしてきます」
神父様と先生は何かを言いたそうだったが、結局、僕の覚悟を尊重してくれた。
■ ■ ■ □ □ □
ホーロビル王国。
王都ハイキョ。
大きく頑丈そうな城壁に囲まれたこの大陸の中心は、人酔いする程の賑わいだ。
建物、人々の服装、お店で売ってある品々。
そのどれもが、ショキノ村では見た事のないようなモノばかりだ。
確かに、村の生活しか知らない人ならば、心を奪われてしまっても仕方がない。
僕は・・・やっぱり村の方が好きだけどね。
ここは、土の匂いが全くしないや。
「・・・アグリカ、この先が中央教会だ」
「はい、・・・デスゼ先生、有難う御座いました」
ショキノ村から王都までは、馬車で9日もかかる。
本来であれば1人で来るはずだったが、用があるからついでだ、と先生もついてきてくれた。
ただ、日程は忙しい。
バズレーに会えなくても、今日の夕方には出発しなければならない。
街の人に聞いたら、この時間は間違いなく教会にいるらしい。
だけど、すんなり会えるかは解らない。
バズレーはその聖属性魔法の優秀さから、聖女として崇め奉られているようだ。
「あいつが聖女、ねぇ。性格は歪んじまってるけどな」
「先生・・・そんな、ことは」
「お前は知らないだろうが、アイツの目は、俺達を見下していたよ」
あぁ、あの目の事か。
つまり、僕も「見下すべき村の一部」だったわけだ・・・だけど、それでも。
「なぁ、アグリカ。アイツの事、諦めちゃどうだ?」
「諦め、きれませんよ」
「村にはお前を慕う娘は多い。諦めを知り足るを知るのも人生だ」
デスゼ先生が、僕の事を心底心配してくれているのは解ってはいる。
そして、僕がしようとする事が、いかに難しいか、もだ。
王国迄の馬車の中で、何度も考えた。
いくら愛が無いとしても、彼女は満たされており、幸せだろう。
彼女の事を想うなら、諦めて消えるべきだ。
だけど・・・だけど、もう一度だけ、チャンスが欲しかった。
僕は以前彼女から貰ったナイフを、取り出す。
彼女が僕のために買って送ってくれた、ナイフ。
これを見せれば、彼女の気持ちも変わるかも知れない。
「・・・ふぅ、無理だけはするなよ。どんな結果だろうと、夕方までには戻ってこい」
「っ!は、はい!ありがとうございます!」
呆れるデスゼ先生へと頭を下げ、僕は速足で中央教会へと向かう。
立派な尖塔が見えるから、解りやすい。
「ご、ごめんなさい!すみません!」
やはり、王都は人が多いな。
中々前に進まないし、人にぶつかってしまう。
と、そこで僕は信じられない光景を目にした。
「バズ、レー・・・」
人垣の向こう。
中央教会までの華やかな通りの道を、バズレーと勇者が腕を組んで歩いていた。
その顔は、とても幸せそうで。
あんな顔、今まで見た事が無くて。
否応にも、彼女の心に、僕の居場所は無いと、解ってしまった。
(服も綺麗で、まるで別人のように綺麗だ)
・・・諦めよう。
恐らく、いや、絶対に・・・僕では、彼女をあんな顔にできない。
「さよなら、バズレー」
僕は彼女の幸せを祈り、踵を返そうとした。
だが、後ろに居た人々に押され、列の前へと弾かれてしまう。
そんな僕を見て、バズレーの顔が一瞬驚きを張り付けるが、すぐさま心底軽蔑したような眼へと変わる。
「アグリカ、貴方、何しに・・・!」
「違うんだ、一目見て帰ろうとしたら、押し出されて」
「勇者様!聖女様!お下がりください!この者、刃物を持っています!」
周りの衛兵が騒ぐ。
気付くと、バズレーから貰ったナイフを、持ったままだった。
勿論鞘付きだが、これでは要らぬ誤解を生んでしまう。
「違うんです!ほんと、コレはバズレーに見せようとしただけで!」
「自分のモノにならないから殺そうとした、か。いやいや実に情けないね」
カチリと。
勇者が腰に下げた剣を、抜く。
太陽の光が眩しく反射し、双眸に鮮烈な痛みが生まれた。
「そのナイフは・・・!ゼッゲン、待っ」
「得物を向けられて笑って済ますほど俺は甘くない。相手が悪かったね!」
瞬間、周りから悲鳴が上がった。
何やら赤い液体が舞っている。
綺麗だな、と思うと同時に、鋭い痛みが僕を襲って来た。
「が、がああああああああああああああああああああ!?」
肩から下腹部に、赤い線が出来ていた。
痛みと血が、どんどんと溢れてくる。
誰か、助け・・・っ!
そ、そうだ!
「バズレー!だず、げで!いだいよ!じぬ!かいふぐ、まぼうを!」
「あ・・・、アグリカ、ぁ、あぁ…」
かすむ目を何とか開き、僕はバズレーへと手を伸ばした。
だが、バズレーはまったく動いてくれない。
「バズレー!だずげ!」
「衛兵、処理しておいてくれ」
「はっ!」
「まったく優雅な買い物の時間が台無しだ、さぁ帰ろう、バズレー」
「ぁ、う、うん。そうね、ゼッゲン」
体が冷えていく、感覚。
勇者に肩を抱かれたバズレーは一度は振り返ってくれたが、そのまま教会へと消えて行く。
(なんで、だよ、バズレー!)
見捨てられた。
バズレーは、このナイフが何かわかっていたのに!
なのに!
あぁ、もう目を開けるのも疲れた。
「・・・い!おい!アグリカ!しっかりしろ!・・・うるさい!こいつの知り合いだ!」
デスゼ先生には、迷惑かけちゃった、な。
「大丈夫だ!助けるからなアグリカ!くそっ!バズレーは何故!」
どうして、見捨てられたか。
もう、あいつにとって、僕は、死んでもいい存在、だったんだ。
「すまない手を貸してくれ!アグリカ!痛むぞ!我慢しろ!」
もう。
どうでもいいや。