始まり
過去作にあるようなテンプレ展開です
「ごめんね、アグリカ。私、ゼッゲンと結婚するわ」
目の前で見知らぬ男へと体を預ける、2年ぶりの幼馴染。
風になびく、薄紫色の肩まで伸びた髪。
細い目、スラリとした鼻、整った顔。
畑仕事の度に泥で汚れていた、白い絹の様な肌。
2年ぶりに見る彼女の見た目は、変わってはいなかった。
だが、心の方はすっかり変わってしまったようだ。
「説明、してくれないかな?バズレー」
説明?
そんな事聞かなくても解る。
解ってしまうのだが、僕は震える声で、尋ねた。
「見て解らない?私はこの人、勇者ゼッゲンに全てを捧げたの」
「捧げた、って・・・?」
「バズレー、どうやら君の友人は、初心なようだ。もっと解りやすく言わないと」
バズレーの腰に手を回した金髪短髪野郎が、侮蔑を籠めた目で僕を見て来た。
勇者ゼッゲン…名前は、聞いた事はある。
ホーロビル王国が擁する、対魔族の切り札だ。
確かにバズレーはその聖属性魔法を認められ、3年の任期で救護班として国に徴兵されたはずだ。
それが何故、こんな男と・・・!
「ふふっ、そうね。アグリカ・・・私ね、ゼッゲンと将来を誓い合って、性交渉したの」
2人は僕を見下したかのような笑みを浮かべると、目の前で抱き合い、口づけを交わしだす。
そしてそれを呆れたように眺める、勇者の付き人達。
だが僕は、呆れるどころではない。
昔、バズレーと交わした約束を思い出し、それが反故にされる事へ、怒りで体を震わせた。
そう、あの日、約束したんだ・・・!
■ ■ ■ ■ ■ ■
「ねぇ、アグリカ・・・、どうしよう」
「・・・ ・・・ ・・・」
「お父さん、お母さん、皆、死んじゃった・・・」
僕達が11歳の頃、僕達の村・・・ショキノ村を、赤狼の群れが襲った。
赤狼は普段は人に近づかない魔獣だが、何かしら危機を感じ取ると、群れと化す。
原因は不明だが、10以上の赤狼は、村を蹂躙するのに事足りる脅威だ。
祭の日、丁度皆が酔いつぶれていた夜の出来事だった。
僕とバズレーの両親は、元冒険者だ。
普段であれば、赤狼など相手ではない程強かった。
ただ、運悪く祭の日の夜。
4人とも酔っており、まともに戦える状態じゃ無かったんだ。
赤狼の群れは何とか食い止めたが…僕達の両親は、死んでしまった。
「君達の両親のお陰で、皆が救われた。君達さえ良ければ教会で預かろう」
幸運だったのは、村の人達が僕らを見捨てなかった事だ。
特に教会の神父様・・・カッパヘア神父様は、僕達の両親を称え、お墓も建ててくれた。
教会の暮らしは、決して楽では無かった。
だけど、雨風をしのげ、飢える事が無いのは僕達に取ってはとてもありがたかったんだ。
ううん、それだけじゃない。
神父様は、僕達に文字や魔法を教えてれて、もはや第二の親となっていた。
「2人は、どんな魔法を学びたいんだい?」
「僕は、土魔法がいいです。畑仕事で、村の人達に恩返ししたいです」
「私は聖魔法!お母さんみたいに、怪我した人を治してあげたい!」
この時は知らなかったが、魔法には適性というモノがある。
例えば僕のように土属性を使いたくても、適性が無ければ、中途半端な魔法しか使えない。
だが運よく、2人とも自分が望む魔法に適性があった。
神父様は、天に居る僕達の両親が授けてくれた、って自分事のように喜んでくれてたな。
そこからは、実際に動きながらの勉強だった。
僕は村の人達が飢えぬよう、食糧の増産を推し進める事を目標に置く。
広い範囲で土を耕し、田畑を作る。
土を深く掘って水を湧かせ、同じく掘って作った水路に流す。
土に魔力を通し、栄養に富んだ土にする。
・・・土魔法の使い道は多岐に渡ったが、それは確実に食糧問題を解決していった。
自分達が食べる分だけではなく、周辺へ売る余裕すら出てきた程だ。
一方バズレーは、村医者のデスゼ先生の下で、聖属性魔法を学んでいた。
聖属性魔法で人を癒す場合、人の体がどんなものかを理解する必要があるらしい。
日々、人の血と肉、呻きと悲鳴に苦しみながらも、確実に力を付けて行った。
「アグリカ、私ね、貴方の事が好き。・・・これからも一緒に居てね」
「僕も同じ気持ちだよ、バズレー。・・・結婚を前提に、付き合ってくれないかな」
齢は15歳くらい・・・だったかな。
その時はお互いに意識し合い、周りからは恋人と茶化されるようになっていた。
僕とバズレーは幼馴染であり、小さい頃から仲良くしていた。
最初は互いに恋愛感情は持っていなかったが…2人で一所懸命生きている内に、ずっと一緒に居よう、って気持ちになってたんだ。
それは僕からの一方通行ではなく、バズレーも、同じ気持ちだったはずだ。
そういえば、その頃から世間が騒がしくなったんだっけ。
魔族との戦争。
魔王率いる魔族が停戦協定を破り、地方にある都市を滅ぼしたのが始まりと聞いた。
魔族との戦力差は歴然。
もはや多くの人が絶望を抱いた時に現れたのが、勇者とういう存在だった。
勇者の力は絶大で、魔族に落とされた都市などは次々と解放されていく。
だけど、それでも多くの人が死んで、国全体に徴兵令が出された。
それは、王国から離れた田舎のショキノ村も、例外じゃあなかったんだ。
「すばらしい!こんな僻地に、このような聖属性の使い手が居ようとは!」
時期は、丁度収穫時。
村長は徴兵を断りたがったが、王命故そうはいかない。
多くの青年が志願させられる中、バズレーが役人の目に留まってしまった。
バズレーの魔力、そして聖属性魔法の腕前は、王国から見て優秀だったらしい。
カッパヘア神父様は首を縦には振らなかったが、役人が強権を使い、バズレーの王都行きが決まってしまった。
「アグリカ、大丈夫よ。たった3年だもの。
「だけど・・・。僕も一緒に行きたかったよ」
「仕方ないよ、アグリカいないと税収落ちちゃうらしいから」
戦争に兵士は必要だが、食料も必要だ。
幸運にも・・・と言って良いかどうかわからないが、僕は土属性魔法使いの為、兵役を免れたんだ。
その代わり税が重くなってしまうので、これまで以上に頑張らなくてはならない。
「・・・バズレー、帰って来たら、結婚しよう!」
「アグリカ!・・・うれ、しい!うん!約束だよ!」
「手紙、書くから!毎日は無理だけど、書くから!」
「私も!返事出すね!約束、忘れちゃダメだからね!」
離れていても互いの気持ちは、近い場所にある。
そう信じて、僕達はバズレー達を送り出した。
<布をアカネソウの実で染めたんだ、髪留めに使って欲しい>
<街で素敵なナイフを見つけたの、アグリカ、ずっと昔の使ってるでしょ?>
<神父様がもう子供の名前を考えてるよ、早すぎるよね>
<神父様ったら!デスゼ先生も名前つけたがってたのに>
<愛してるよ、バズレー>
<愛してるわ、アグリカ>
手紙は、週に一度の頻度で送った。
バズレーが活躍している内容を見る度嬉しくなり、少しでも彼女の力になるために、僕も頑張った。
前年度の3割増しの農作物を収める事ができ、代官様から褒められた程だ。
だけど、バズレーの手紙に、僕以外の男の名前が載り始める。
勇者。
どうやら、バズレーの聖属性魔法が認められ、勇者の指揮下へと入ったようだった。
それから、手紙の頻度が落ちた、んだよな。
こちらから送っても、返事がなかなか帰ってこない。
バズレーは忙しいから仕方ない。
そう、思ってたんだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■
それが、まさか。
勇者と、恋仲になっていた、なんて・・・!
「バズレー、約束・・・忘れたの?」
震える声で尋ねるが、バズレーの双眸は冷ややかなままだ。
「忘れるわけないじゃない」
「だったら・・・!ぐぁっ!?」
彼女の言葉に一瞬嬉しくなり駆け寄ろうとするが、周りの女性兵に取り押さえられる。
余りの痛さに涙を浮かべ、非難の声を上げようとするも、バズレーの言葉が遮った。
「忘れてないから、約束を破棄しに来たの。このままだと不義理になっちゃうし、ね」
「・・・え?」
「アグリカ、貴方とは結婚できない。貴方とは幼馴染ではあるけど、もはや住む世界が違うのよ」
かのじょは なにを いってるんだ?
「さようなら、もう二度と会う事も無いと思うわ」
「ま、まって!バズレー!嘘だ!うぐっ!?」
「人の女に触ろうとするんじゃねー、よ!」
みっともないとは思う。
だが、縋るしか無かった。
バズレーに手を伸ばそうとした瞬間・・・僕は勇者に殴られ、そのまま意識を失った。
「さ、次は神父様の所に行きましょ、ゼッゲン」
遠くに聞こえる彼女の声は。
僕の事などまるで心配していないように。
むしろ。
弾んで、いた。