最悪な日
異世界に来て三年経った。
三年というのは意外と短いなぁと感じてしまう。
そして俺には毎日の日課がある。
それは、自分の経歴を全て一字一句間違えずに口に出すことだ。
「俺の名前は鈴木優輝、この世界ではユウキを名乗っている。生まれた日は1987年5月2日。この世界に来た日は日本で言う2017年6月6日。生まれも育ちも東京都千代田区。高校と大学はしっかり卒業して、それからは中小企業でデスクワークをしていた、と...」
この日課はこの世界に来てすぐに始めたものだ。
いくらこれらの経歴を使わないとは言っても覚えておくべきだと思うからね。
ついでにこの世界に来た日とかも覚えておいても損は無いだろう。
それにしても......
俺は宿屋の窓から外を見る。
道にはゴミ奴は食べ残しが散らばっており、更には嘔吐物までもが処理もされずにそのままにされている。
それは三日前に始まった宴が原因だ。
どうやら最近こっちの世界に来た人が、魔王を倒したらしい。
その魔王を倒し、勇者として讃えられている男の評判はとても悪く、行動を共にするのは女性のみ、男性は問答無用で追い返し、女性であれば誰でもいいと言っているらしい。
更には依頼は女性からしか受けず、男性の依頼は絶対に受けない。
しかし実力は凄まじいもので、王都を襲った魔王軍を一撃で吹き飛ばしたとか。
とにかく魔王が倒されたことにより、色んな場所でお祭り騒ぎとなった。
それは昨日までずっと行われた。
その間誰も片付けなどをしなかったから、道にはゴミが溢れているのだ。
俺はため息を吐いて服を着替える。
寝間着を脱ぎ白い線で模様が描かれた青い服を着て、黒いズボンのを履く。
そしてマントが付いた鉄製の青と黒のチェストプレートを装備し、腰に鉄製の剣を携える。
鉄製ということもあり、最初は慣れなかったが三年もこれらを装備しているのだ。
さすがに力もついたし、慣れもした。
脱いだ寝間着と、この世界のお金である『スズ』が入った袋を袋に詰める。
1スズは日本で言う1円のようなもので、今俺は50万スズを所持している。
つまり50万円だ。
この世界は物価が日本より安く、例えば林檎だ。
日本では150円ほどだが、この世界では日本円で言う20円で購入できる。
そのため、日本と比べてお金が少なくても生活はできる。
稼ぐことができれば、の話だが......。
俺は服とお金を詰めた袋を持って部屋を出る。
この部屋は2階だったので、階段を下りてチェックアウトするためにロビーへ向かう。
「チェックアウトお願いします」
「???───────?」
え?どういうことだ?何を言っているのか全く分からない。
口は動いているし、声も出ているが、その言語を理解できない。
昨日までは確かに普通に会話ができていたはずだ。
しかしこれはどういうことだ。
向こうもこっちの言葉を理解できていないようだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか自分の周りが光っていた。
「え?!え?!何?!」
足が床から離れ、少しだけ浮いた。
そして光が更に強くなり......
「うっ!浮いたぁ!ひ、光がっ!」
俺は光の強さに目を瞑ってしまった。
次に目を開くと、そこはこの世界に来る前に一度来た場所だった。
そこは神界にある転生の間......らしい......。
周りを見ると、そこには戸惑っている人が大勢いた。
「なんだ?」
「ここって確か......」
「くそっ!最近彼女といい感じだったのに......!」
そのような声が耳に入ってくる。
その時、上の方から光が降り注ぐ。
その光と共に女性がゆっくりと降りてくる。
白い布で体を隠しているだけの服装は、人の目を惹き付けている。
床に足をつけると、口を開く。
「お久しぶりです皆さん、リンネです。すみません皆さん......実はお話しなければならないことがあります......」
その言葉を聞いて、その場にいた全員が行きを飲む。
勿論自分も含めてだ。
「実は......皆さんに力を与えていた勇者システムが......終了することになってしまいました......」
............は......?
ちょっと待ってくれ......頭の整理が追いつかない......
勇者システムが終了......?どうしてそんなことに......?
「皆さんにもお話した通り、勇者システム魔王を討伐するために私たち神が考え、開始した転生・転移システムです.........しかし、魔王が倒された今、そのシステムは必要なくなり、消費される神の力......神力が無駄になるから止めろ、という上の命令で......」
緊張しているのか、リンネは一度深呼吸をして話を続ける。
「そのため、皆さんにお渡しした力を全て回収することになってしまいました......!すみませんっ!」
リンネはそう言って勢いよく頭を下げる。
彼女なりに誠意を込めた謝罪なのだろう。
しかし、それで納得する人は少なかった。
自分は納得しない側の人間だった。
「ふ......ふざけんじゃねぇ!脅されて無理やり力押し付けられて送られて......力を無理やり取り返しただと?!ふざけんな!家族だっていたんだぞ?!」
そう言ったのは自分と同年代に見える男性だった。
「そうよ!私だって......私だって子供がいたのに!旦那が逃げてから私1人で育ててきたのよ?!そんな大切な子供と永遠に別れさせられて......!」
泣きながらそう言ったのは自分より若く見える女性だった。
「すみません......すみません.....!すみません......っ!」
リンネはそう謝り続ける。
しかし、罵詈雑言は減るばかりか増える一方だった。
自分も言ってやりたかった。
でも、言うべきではないと思った。
見た目はまだまだ小さい少女だ。
そんな相手に暴言を吐くなんて、人間として終わってしまうと思ったからだ。
まだ人間として終わりたくはなかった。
だから俺は、何も言わずにその場から少しだけ離れることにした。
離れても声は聞こえるが、小さい。
ずっと人が多いところで立っていて疲れたので、座って少しだけ休んでいた。
すると、一人の男性が近くに来た。
見た目は自分よりも歳下に見える。
その男性は俺の隣まで来ると、座って俺に話しかけてくる。
「なぁ、あんたはどうして何も言わないんだ?」
「実際はともかく、あんな小さい子に向かって暴言を吐くなんて、俺にはできない」
「へぇ......あんた、名前は?」
「俺は鈴木優輝。よろしく」
「男とよろしくする気はねぇよ。ただ一人だけこっちに来てたから気になっただけだ」
「そうか......」
それからしばらく沈黙が続く。
その間も暴言は聞こえる。
すると、隣にいた男が立ち上がり、人がいる方へ行こうとしていた。
「君は向こうに戻るのかい?」
「まあね。俺、勇者だから」
その男性は、そう言うとすぐに人混みの中へ入り、みんなの前に立った。
何かを話しているがこっちには聞こえない。
それよりも......
「勇者、か......」
自分があの世界に足を踏み込んだ瞬間に諦めたものを口にして、俺はこれからについて考える。