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第4話 べた褒めされることに慣れない

 立ち上がって絶叫した萌乃は、自分がクラスメイトに注目されていることにようやく気がついたみたいだ。


 頭から湯気でも出すんじゃないかと思うくらいの勢いで真っ赤になると、慌てて倒れた椅子を元に戻して、腰掛けた。


 それから『わたし、立ち上がって叫んでなんかいませんよ?』みたいな澄ました顔をしてみせた。


 赤くなった頬を誤魔化せていない時点で、なかったことにはできない。


 とはいえ、そのことを指摘するほど、才賀は野暮ではなかった。


 小さく苦笑するに止める。


 それでも、気づいた萌乃には「むぅ」と軽く睨まれてしまったが。


 だが、それも長くは続かない。


 萌乃はさりげなく身を寄せてくると、声を潜めて尋ねて来た。


「あ、あの。本当に須囲(すがこい)くんが神イラストレーター様なの……?」


「は? 神、イラストレーター……様?」


 なんだそれ、と思っていたら、萌乃の顔が再び極限まで赤くなった。


「あ!? ち、違うの! わたし、須囲くんのことが本当に大好きで! だからその、憧れと尊敬の念を抱いて、普段そんなふうに呼んでいるだけで! 馬鹿にするとか、そんなつもりは全然なくて……!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ語部(かたりべ)さん! とんでもないことを口走っているから!」


「とんでもないこと……?」


 目をぐるぐる回して絶賛混乱中の萌乃は、どうやら自分が何を口走ったのか気づいていないらしい。


「お、俺のことが、その……………………大好きだって」


「ほわぁ……!?」


 珍妙というにはかわいらしい声を上げて、萌乃が両手で顔を覆った。


 机に突っ伏した萌乃を、才賀は呆然と見つめる。


 才賀は萌乃のことを、とても落ち着いた少女だと思っていた。


 授業中、先生に問題を解くように指名された時も、決して慌てない。


 抜き打ちテストを行うと告げられた際もそうだ。


 クラスメイトたちがぶーぶー騒ぎ出すのに対して、不要なものを机の中にしまうなどして、淡々と準備をしている姿が印象的だった。


 醸し出す清楚な雰囲気と相まって、まるで深窓の令嬢のようだとさえ思っていた。


 だが、実際はどうだ。


 休み時間にはラノベを読み、変なことを言ってしまったと真っ赤になって机に突っ伏す姿は、どう考えても普通の女の子でしかなかった。


 ……いや、違うな、と才賀は心の中で呟く。


 普通の、かわいい(・・・・)女の子だ。


 そんな子に、間違いとはいえ、大好きだと言われた。


 胸の奥がムズムズする。


 ……なんだこれ!?


 生まれて初めての感覚だった。


「須囲くん、あの、変なこと言ってごめんね……?」


 混乱状態からようやく立ち直った萌乃が、消え入りそうな声で告げた。


「わたしなんかに大好きだって言われたら、気持ち悪いよね」


「え、なんでだ? 全然そんなことない。むしろうれしいぞ」


「うれしいの……?」


 思わず本音を答えてしまったことが照れくさかったが、本当のことなのでうなずく。


「ああ、うれしい」


「……そ、そうなんだ」


 ふーん、と呟き、ふふっと萌乃が笑う。


「ね、須囲くん。変わってるって言われない?」


「言われない。というか、そんなこと言うなら、それは語部さんの方だと思う」


「え、わたし?」


 才賀はうなずいた。


「どうして語部さんに好きだって言われると気持ち悪いって話になるのか、俺にはさっぱりわからないよ」


「わたし、弟がいるんだけど。わたしに好きだって言われてもキモいだけっていつも怒られるから」


 昔は自分の後ろをいつも追いかけてきてかわいかったんだけどね、と続ける萌乃。


 その話を聞いて、才賀はぴんときた。


「もしかして弟さんって小学生?」


「うん」


「じゃあ、そうやって言う時、乱暴な口調で、だいたいそっぽを向いていたりするんじゃない?」


「すごい、須囲くん! どうしてわかったの!?」


 萌乃は驚いているが、才賀にしてみれば苦笑するしかない。


 本当はうれしくて仕方ないくせに、絶対に素直になれないだけのやつだったから。


「そ、それで須囲くん、さっきの話……なんだけど」


「俺のことが好きって話?」


「そ、それじゃなくて……! ……もう、須囲くんのいじわる……!」


 萌乃が肩を叩いてくるが、痛くはない。


「ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」


 ぷいっとそっぽを向いてしまう萌乃。


「どうしたら許してくれる?」


「……許して欲しいですか?」


「もちろん」


「じゃあ、誠意を見せて欲しいかな?」


「誠意?」


「……須囲くんが本当に神イラストレーター様なら、サインが欲しいです!」


 萌乃が、読んでいた小説を両手で掴んで差し出してくる。


 その必死な様子に、才賀は本当に萌乃が才賀のイラストを好きでいてくれることを知った。


 だからこそ、きちんと向き合う必要があった。


「ごめん、サインは書けないんだ」


「あ……そうだよね。須囲くん、神イラストレーター様だから。わたしの方こそ、気軽にサインを頼んじゃってごめんね」


 しゅんと落ち込む萌乃に、才賀は慌てた。


「ち、違う違う! そうじゃなくて! 俺、サインなんて生まれてこの方、一度も書いたことがないから!」


「え、そうなの……? SNSでサイン本をプレゼントする企画を見た気がするけど……」


「だからサインの代わりに、イラストを描くよ」


「ほ、本当に!?」


 ぐっと身を寄せてくる。


 途端、萌乃からふわりと漂ってくる甘い匂い。


 胸がドキドキしながら、萌乃から本を受け取り、描いて欲しいキャラを聞き出して、そのイラストを描く。


「わ! わ! 迷いなく線を引いていくたび、キャラが生まれて……! すごい! 須囲くん、本当にすごい! 本当に神イラストレーター様だったんだね!」


 イラストを描き終え、本を手渡せば、萌乃は胸にギュッと抱きしめた。


「家宝にするね! 本当にありがとう、須囲くん!」


 その笑顔に再び胸がドキドキする。


「こっちこそ、ありがとう。そんなふうに言ってもらえて、本当にうれしいよ」


「…………はぅっ。そのかわいい笑顔は反則だよ!? 胸がドキドキするよぅ!」


 萌乃が胸を押さえて何か呟いているが、よく聞こえなかった。




 しばらくの間、サイン本を抱きしめていた萌乃だったが、汚したらいけないと呟きながら大事に鞄にしまう。


「ね、須囲くん。この前発売したばかりの新シリーズ、次の巻っていつ頃出るの?」


「ごめん、知らないんだ」


「う、ううん、大丈夫。出版社との契約で話せないこともあるもんね」


「語部さん、詳しいんだな。けど、そういうのとは違うんだ。俺、もうイラストは描かないから」


「え、どういうこと!?」


 口を開くものの、話すべきか迷う。


 愛奈に下僕のように扱われていた時のことを話すのが何だか恥ずかしくて。


 だが、話すことにした。


 萌乃は才賀のイラストを好きだと言ってくれた。新刊が出た時、才賀のイラストじゃなくてがっかりさせたくない。


 才賀がイラストを描き始めたきっかけから、これまでの経緯をすべて萌乃に打ち明ける。


 話を聞きながら、最初は驚いていただけだった萌乃だったが、途中から手を強く握りしめ、最終的には、


「何ですかそれ!? 信じられません! あんまりです……!」


 憤りを隠さなかった。


 そんな萌乃を見つめていたら、


「もうっ! ひどいことされたの須囲くんなのに、どうしてそんなにうれしそうなんですか!?」


「いや、だって……俺なんかのためにそんなに怒ってくれたから。それがすっごくうれしくて。ありがとう、語部さん」


「自分なんかなんて言わないでください! 須囲くんはすごいです! 須囲くんのイラストは人の心を動かすことのできる、すごいイラストなんですから!」


「それはちょっとひいきが過ぎるんじゃないか?」


 萌乃は才賀のイラストが好きだから、そんなふうに言っているに違いないと思ったのだが。


「そんなことありません! あの小説が売れているのは、須囲くんのイラストがあったからです! 須囲くんのイラストが下手とか、そんなの絶対あり得ません!」


 これが証拠です、と言って見せてくれたのは、愛奈の小説の感想が掲載されているサイトだった。


『今回もイラストが最高だった!』


『どう考えても神!』


『いつもありがとうございます!』


『先生のイラストに救われました! これで新刊が出るまで生きていけます!』


 有り体に言って、べた褒めだった。


「須囲くんのイラストは本当にすごいんです! もっと自信を持ってください!」


 萌乃の言葉が、才賀の胸に強く響いた。




 昼休み、才賀は幸せな気分で廊下を歩いていた。


 あれだけ愛奈に否定され続けた才賀のイラストを好きだと言ってくれる人がたくさんいる。


 中でも萌乃の存在が、才賀の中で大きくなっていた。


 その事実がうれしいやら、照れくさいやらで、誰が見ているわけでもないのに鼻の頭を掻いて誤魔化した。


 気がつけばいつの間にか、昼食を買うための購買にきており、自分がどれだけ浮かれていたのか気づかされる。


 だが、それも悪くない――なんて思っていたのに。


 そんな気分に水を差す人物が視界に飛び込んできた。


 胸の前で腕を組み、不機嫌であることを隠しもしないそいつの名前は、


「愛奈……」


 だった。

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