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第21話 想像を超える天才は怪物である

 才賀が腕の骨を折ってから1ヶ月。


 それは同時に、萌乃の小説が発売されるまで、残り1ヶ月半になったということでもあった。




 腕を折ったため、ギプスで完全に固定されてのイラストの作業は、当然のことながら困難を極めた。


 才賀の頭の中には完璧な完成図があるのに、それをイラストという形に落とし込めないもどかしさ。


 普通に手を動かすことができていた時でさえそうだったのに、現状において、それは先の見えないマラソンをしているかのようだった。


 並の精神だったなら、もうずっと早い段階で諦めていたことだろう。


 自分には無理だ。


 絶対にできない。


 こんなのは不可能だ!


 できない理由をあれこれあげつらって。


 だが、才賀は違った。


 そんなことは微塵も思わない。


 萌乃の世界をイラストで表現することが楽しくて。


 何より、自分にしかできないことだと思えば、この困難さえ愛おしく感じる。


 秋帆に言わせれば、


『それも一つの才能なんでしょうね』


 ということらしいが、才賀自身は違うと思っている。


 望んでもいないのに、延々、愛奈の小説のイラストを描くことを強要されてきたから。


 だから今、こうして好きな人の小説を担当できるのは、幸せ以外の何ものでもないのだ。


「……愛奈には感謝しないといけないのかもな」


 才賀が呟けば、すぐ近くにいた萌乃が「どうかした?」と首を傾げてくる。


 今日は平日。


 学校が終わった後。


 才賀と萌乃は、才賀の部屋にいた。


 萌乃は怪我をしているのに、それでも自分のイラストを描いてくれる才賀の力になりたいと、怪我をしてから毎日、サポートしてくれていた。


 萌乃には萌乃で自分の小説を仕上げるという大事な仕事があると断ったのだが、


『才賀くんがイラストを描いているところを間近で見られた方が興奮――じゃなかった、仕事は捗るから! これはむしろご褒美なんだよ!』


 そんなふうに言われたら断ることなどできないし、


『それに、こうした方が、一緒に物語を作ってる感じがして、うれしいな』


 萌乃がぽつりと漏らしたその言葉は、とてもうれしかった。


 そして実際、萌乃は小説の修正を終え、校閲によるチェックが終わるのを待っている状況だ。


 秋帆が太鼓判を押し、萌乃も胸を張るほど、小説の出来は素晴らしかった。


 あと、今までで一番エロい。


 出てくる女の子たちがみんなで大変エッチで、しかもとてもかわいらしく、主人公に一途なところが素晴らしい。


 そんな最高な原稿を見せられたら、才賀が奮起するのは当然だった。


 手が痛いのが何だ、そんなことより最高のイラストを仕上げなければ……!


「ねえ、才賀くん。本当にどうしたの?」


 首を傾げたままだった萌乃の言葉に、才賀は我に返る。


 愛奈のことを思い出して、自分が考えたことを言葉にして伝えた。


「そっか。うん、確かにそうかも。なら、わたしもありがとうって言おうかな」


 萌乃が言う。


「それ、あの人に対して、すっごい皮肉です」


 と口を挟んできたのは澄江である。


 マグカップの載ったお盆を手にしている。


「いつの間に?」


「ノックはちゃんとしました。お兄ちゃんがとんでもないことをしている可能性もあったですから」


 澄江が意味深に言えば、萌乃が顔を赤くして俯いてしまった。


「お茶、ありがとな」


「いえいえ、どういたしましてです。……では、お邪魔虫は退場するので、後は若い人同士で」


「澄江!」


「お兄ちゃんが怒りましたー。恐いですー」


 澄江は笑いながら出ていった。


 まったくと才賀は苦笑して、萌乃に向き直る。


「ちょっと休憩して、それから作業を再開しよう」


「……う、うん」


 萌乃の様子がぎこちない。


 澄江の言葉に、すっかり意識してしまったようだ。


 彼女がそんな感じになってしまえば、才賀も意識してしまうのは当然だった。


 恋人同士だし、キスをしたら、その先だってしたくなる。


 だが……。


「萌乃、これが終わったら、いっぱいしよう」


 今は萌乃の小説を最高のものにするイラストを、きちんと完成させることに集中する。


 そのことを伝えれば、萌乃も、まだほんのり頬を赤くしていたが、


「うんっ」


 とうなずいてくれた。


 二人は5分ほど休憩してから、作業を再開させた。


     ※※※※※


 秋帆が事務所で背伸びをした時、メールを受信する知らせがスマホに届いた。


 スリープ状態だったパソコンを復帰させ、メールを受信。


 送信者は須囲才賀。


「相変わらず素っ気ない文章ですねぇ」


 必要最低限のことしか書かれていないメール内容に、秋帆は苦笑する。


「まあ、そんなことがどうでもよくなるくらい、須囲さんのイラストは最高ですからね。さてはて、今回のイラストはどうでしょうか」


 萌乃の小説の修正が終わるタイミングで、才賀は過去一番に素晴らしいキャラクターデザインをあげてきた。


 それは秋帆が想像していた以上のもので、これでOKを出そうと思った。


 だが、それに待ったをかけたのが、他ならぬ才賀自身だった。


 修正が終わった萌乃の原稿を読んだら、このキャラクターデザインじゃ全然駄目だからやり直したいと言ったのである。


『え、マジで……?』


 と思わず口走ってしまったのは、正直今でも悔しいと思っている。


 少しでもいいものを作りたいという思いから、一切妥協せず、作家やイラストレーターにかなり無理を強いているという自覚が秋帆にあった。


 クリエイターたちから煙たがられ、忌み嫌われても、それでも秋帆は自分の信念を曲げなかった。


 1000%力を込めて作ったとしても売れるとは限らないが、手を抜いて売れることは絶対にないからだ。


 いつだって秋帆が無茶を言う側だったのに、その時だけは才賀にしてやられてしまった。


「さあ、須囲さん。あなたの本気、見せてもらいますよ!」


 そうやって言う秋帆は、自分がとてつもなくいい顔で笑っていることに気づいていない。


 受信したファイルを開く。


「………………!」


 言葉が出なかった。


 息をするのも忘れて、ただただそのキャラクターデザインを見つめ続ける。


 そしてようやく自分が呼吸するのを忘れていたことに気がついて、慌てて呼吸を再開。


「これは……」


 すごい? 素晴らしい? 最高?


 そんな言葉では言い表せない。


 秋帆の想像を、遙かに超えたものだった。


 電話を手に取り、かける。


 1コールで相手――才賀が出た。


「あ、もしもし? 須囲さんですか? 今、お時間大丈夫ですか?」


『もちろん』


「いただいたキャラクターデザインですけど」


 そこで言葉を切る。


「もうひと息って感じですね!」


 ついさっき、あんなにも感動していたことをおくびにも出さずに告げてみる。


 さあ、才賀の反応は?


『やっぱりな。辺見さんならそういうと思ってた。……実際、俺ももう少し粘りたい気持ちがある。萌乃はすごくいいって喜んでくれたけど、萌乃は俺のイラストなら何でもいいって喜んでくれるから』


 電話の向こうで萌乃が『そ、そんなことない! ……こともないけど!』とか何とか、何かいちゃついた感じの雰囲気が伝わってくるが、秋帆にはどうでもよかった。


 そんなことより才賀の発言。


 もう少し粘りたいだと!?


 マジか。


 秋帆は興奮しそうになるのを、必死に抑え込んだ。


「じゃあ、引き続きがんばってみましょうか!」


 何とか普通に言えたと思うが、わからない。


 完成次第送ると言われ、才賀から電話を切った。


「……あー、もう! 悔しいですね!」


 とか言いながらも、秋帆はどこまでもうれしそうだった。


 自分の、決していいとはいえないやり方についてきてくれた作家は、これまでもいた。


 中には、作品がアニメ化した作家もイラストレーターもいる。


 そうじゃない作家やイラストレーターでも、今でもラノベ界の第一線で作品を発表し続けている。


 だが、秋帆を越えてきたのは、才賀が初めてだった。


 才賀は天才だ。


 いや、天才以上、そう、怪物だ。


 今は秋帆と萌乃だけが知る存在だが、そのうち、誰もが才賀の名前を知ることになるだろう。


 そんな予感に、秋帆は全身を震わせる。


「未来のある若者が、こんなにがんばってるんですから。大人として私もがんばらないといけませんね」


 萌乃の小説を、1000%の力を注いで作り上げ、売る。


 それだけじゃない。


 通行人とぶつかっただけで、腕を折られた才賀。


 当然、警察には被害届を出しているが、進展は何もない。


 それならばと使えるコネや伝手をフルに使って、才賀から聞き出した目撃証言を元に犯人を捜す一方、目撃者も探している。


「須囲さんをあんな目に遭わせた輩には、きっちり罪を償っていただかないと」


 逃げ得なんて真似は絶対にさせない。


     ※※※※※


 某日、ある人物たちのやりとり――。


『偶然を装って接触。いざこざを演出して、腕を折っておいた。これで依頼された仕事は完了したはずだ。早く口座に金を振り込んでくれ』


『わかった』


     ※※※※※


 才賀が全身全霊を込め、萌乃の小説のキャラクターデザインを完成させた日の夜。


 愛奈は、ある理由から、ホテルのレストランに来ていた。


 当然、ホテルのドレスコードに合わせた服装をしている。


 純白のスカラップレースのキャミソールで清楚な色気を感じさせながら、足元を飾る大きなリボンのついたミュールが少女らしさを演出。


 ここに来るまで何回もナンパされた。


 当然断ったが。


 その愛奈が眉間に皺を寄せながらスマホを弄り、小さく舌打ちする。


「どうかしましたか?」


 声を掛けてきたのは、同席していた阿武(あんの)羅栄(らえい)だ。


 あの後、正式に愛奈の新作のイラストレーターを担当することになった。


「……別に、どうもしません」


「そう言いながらも、どこか浮かない表情だ」


「……ちょっと変な人に粘着されてて。なんかよくわからないメールが送られてきたから」


「なるほど、ストーカーですか。キリナ先生はとてもかわいらしいですからね」


「ありがとうございます」


「はは、全然気持ちのこもってないお礼だ。これでも僕、けっこうモテるんですけどね」


 羅栄が肩をすくめる。


「ところでキリナ先生」


「何ですか?」


「あなた、本当はイラストを描かれていませんよね?」


 笑いながらとんでもないことを言い出した羅栄を、愛奈は一瞬だけ睨みつけた。


 だがすぐに、才賀以外の奴らに対して貼りつけている笑みを浮かべる。


「――――何を言ってるんですか。そんなことあるわけないじゃないですか」


「まあ、どんな理由があって、そんな嘘をついているのかわかりませんけど。でも、よかった。この業界で一番のイラストレーターは僕だけで充分だと思ってるんで、ライバルは潰すことにしてるんです。その対象にキリナ先生が入らなくて、本当によかった」


 羅栄がにっこりと笑う。


「おっと、担当編集が来ましたね。一緒に来たあの方たちがそうでしょうか。監督とプロデューサーかな。おめでとうございます、キリナ先生。新人賞受賞作と先日発売したばかりの新作の、ダブルアニメ化。話題になること間違いありませんね」

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