第12話 自覚とお見舞い
萌乃のお見舞いに行く。
そう決めたのはいいものの、何か持っていくべきではないのか。
散々考えてもわからなかったので、スマホを使って、ネットで検索してみることにした。
「風邪、見舞い、っと」
表示された検索結果を見て、噴き出してしまった。
「彼氏、彼女に買ってきて欲しいものって」
萌乃の存在が日増しに自分の中で大きくなっていることは確かだ。
萌乃のことを思えば胸の奥が熱くなり、萌乃にイラストのことを褒められればかつてないほどの喜びを覚える。
こうして萌乃が体調を崩せば、萌乃は大丈夫だろうか、苦しんでいないだろうかと、萌乃のことばかり考えてしまうぐらい、萌乃のことを大事に思っている。
それはつまり、そういうことなのだろう。
「……そうか、俺は」
自分の中に芽生え、ゆっくりと育ちつつあった気持ちを、才賀は今、自覚した。
萌乃への見舞いは、ちょっと高めのアイスと、額に貼る冷却シートにした。
自分の思いを自覚してしまった今、才賀はその冷却シートを自分に貼りたいくらいだった。
萌乃の家の前につく。
覚悟を決めて、玄関チャイムを鳴らした。
『………………誰だ?』
聞こえてきた声は萌乃じゃなかった。
いや、風邪を引いて学校を休んだのだ。出なくて当たり前だ。
だが、萌乃が出るとなぜか思い込んでいた才賀は、咄嗟に返事ができなかった。
『………………いたずらか?』
「あ、違う! ――じゃなくて、ち、違います! 俺は萌乃の」
『………………萌乃?』
まずい。
「も、萌乃さんのクラスメイトで須囲才賀と言って! 萌乃さんのお見舞いに来ました!」
『………………お前か』
「え?」
『………………待ってろ。今、行く』
乱暴にインターホンが切られ、才賀は立ち尽くす。
それほど待つことなく、玄関が押し開け放たれ、中から姿を現したのは、
「子ども……?」
と才賀が呟けば、その子ども――少年が駆け寄ってきて、才賀の臑を思いきり蹴飛ばした。
「痛っ!?」
「子どもじゃねえ! おれは語部衛だ!」
黒髪を短く刈り上げ、才賀を睨みつける少年の年格好は小学校6年生くらいだ。
目元が萌乃に似ている。
……ああ、そうか。この子が萌乃の弟か。
以前、話に出てきた時のことを才賀は思い出して、笑った。
「笑ってるんじゃねえ!」
もう一度蹴られた。ご丁寧にもさっきとまったく同じところを。
加算ではなく乗算の痛みに頭の中で火花が散り、才賀は臑を押さえてうずくまる。
そんな才賀を、少年――衛が見下ろす。
臑を蹴ったのは、才賀を痛い目に遭わせる目的もあっただろう。
だが、こうやって才賀を見下ろすことも含まれていたのかもしれない。
「お前が姉ちゃんを泣かせた悪い奴だな……!」
衛が言う。
野平から萌乃の小説が本にならないと告げられたあの日、萌乃は家に帰ってからも泣いたらしい。
それだけじゃない。
昨日も泣いていたというのだ。
「お前に謝りながら、姉ちゃんは泣いてたんだ!」
才賀の前でも泣いたことはある。
だけど、泣き止んで、笑顔も見せてくれるようになって、それですっかり安心していた。
もう大丈夫なんだと、そう思っていた。
しかし、そうじゃなかったのだ。
萌乃は気にしていたのだ。
心の奥、深くで。
「おい、何で笑ってるんだ!? おれは怒ってるんだぞ!」
衛に言われるまでもなく、才賀は自分の頬が緩んでいることに気がついていた。
萌乃が泣いているというのに喜んでいるなんて、不謹慎だ。
だが、そこまで自分のことを思ってくれているのだと思うと、うれしくてたまらない。
これまでもそうだったが、萌乃への気持ちを自覚した今はなおさらに。
臑はまだ痛むが、才賀は立て膝をついて衛と視線を合わせる。
「な、何だよ」
衛が思わず後ずさる。
ついさっき、臑を思いきり蹴飛ばされた反撃でもされると思ったのかもしれない。
「確かに、俺は萌乃を泣かせた」
「!」
衛が表情を険しくして、手を強く握り込む。
「けど、それは昨日までだ。今の俺は違う。萌乃を泣かせたりしない。絶対に」
「言うだけなら簡単だ!」
「俺は本気だ。なぜなら俺は萌乃が好きだから――」
才賀がそう告げた時、ガチャと玄関が押し開かれ萌乃が現れた。
固まる才賀だったが、すぐに再起動して萌乃を見る。
今の告白を聞いたかどうかなんて、そんなことは尋ねなくてもわかった。
萌乃の顔は信じられないくらい真っ赤になっていた。
「さ、さささ才賀くん、いいい今の……!?」
「落ち着いてくれ、萌乃」
「で、でででででも!?」
「萌乃の体調が治ったら、その時、また改めて言うから。だから今はちゃんと休んで欲しい。お願いだ」
「うんっ、わかったっ! わたし、めちゃくちゃがんばって治すから! これでもかってぐらい寝まくって、もうすぐに治しちゃうから……!」
萌乃のテンパった物言いに、才賀は思わず笑ってしまった。
お見舞いの品を渡せば「ありがとうっ!」と言って、回れ右して戻っていく萌乃。
そんな萌乃の様子を、ぽかーんと呆気にとられて見ていた衛は、我に返ると涙目になって才賀を睨みつけ、
「お前なんか大嫌いだーっ!」
三度、臑を蹴飛ばしたのだった。
やはり、一ミリのズレもなくまったく同じところを。