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第11話 お前の小説を面白いと思ったことは一度もない

 してもいない盗作をやったと決めつけられた、その次の日。


 才賀はいつもどおり学校に向かった。


 いや、極力、いつもどおりのつもりではあったが、正直、心の中は尋常じゃないくらい動揺していた。


 昨日は胸の奥から溢れ出る感謝を萌乃に伝えたくて、思いきり抱きしめてしまった。


 萌乃は驚いていたが、それでも抱きしめ返してくれたから、嫌がってはいなかったと思う。


 それでも、一日経って冷静になると、とんでもないことをしでかしてしまったような気になって来た。


 萌乃の家まで送り届けた時は気持ちが昂ぶっていたから大丈夫だったのに、今日はどんな顔をして萌乃に会えばいいのか、さっぱりわからない。


 朝、学校に行く前、鏡を前にして悩んでいたら、


『お兄ちゃん、百面相してどうしたんですか? ……一人睨めっこ? もしかしてお兄ちゃん、友だちがいないとか……?』


 と澄江に変な心配をされてしまった。


 セットした澄江の髪を撫で回してくしゃくしゃにしてやろうかとも思ったが、ぽんぽんと撫でるだけに留めておいた。


 ともあれ、未だにどんな顔をして萌乃に会えばいいのか、その答えは出ない。


「……まあ、何だ。普通でいいよな、普通で」


 よし、と気合いを入れている時点で、もはや普通ではないことに才賀は気づいていなかった。


 教室に入り、クラスメイトたちの「おはよう」という挨拶に返事をしながら、自分の席に着く。


 萌乃はまだ来ていなかった。


 それから一分が経ち、二分、三分、五分――そしていつもなら萌乃が来ている時間になっても、萌乃は現れなかった。


 もしかして、また何かあったのだろうか。


 そんな心配をしていれば担任がやってきて、出席を取り始める。


 萌乃が呼ばれる時になって、担任から萌乃が風邪を引いて休むことが告げられた。


 どうして? ……などと考えるまでもない。


 原因は昨日の雨だ。


 濡れて帰ったのがよくなかったのだ。


 別れ際、早く風呂に入って体を温めるように言ったのに。


 それからすぐに授業が始まってしまい、スマホで萌乃に連絡を取ることができたのは最初の休み時間になってからだった。


 メッセージアプリを起動して、萌乃に呼びかける。


 寝ていたらそのまま無視されてもかまわないと思っていたら、すぐに既読がついて、返事があった。


【才賀くん、ごめんね。帰り際、あんなに早くお風呂に入るように言ってくれたのに。あのね、すごく面白いお話のアイデアが浮かんで、これなら絶対いけるって忘れないうちにと思ってまとめてたら、一時間以上経ってて……】


 気がついた時には寒気がしていたらしい。


【萌乃の考える話は面白いから、どんな話なのかすごく気になるけど、体調を崩してまでがんばるのは絶対駄目だ。すごく心配したんだからな?】


【……そんなに心配してくれたんだ?】


【当たり前だろ?】


【即答されちゃった。……えへへ、何だかうれしいかも】


【体調崩してうれしいって何だ。俺は怒ってるんだからな?】


【わかってる。すごく反省してます】


【どうかな。学校休んでるのに、こうやってメッセージアプリをやってる時点で、反省の色は薄いと思うんだけど】


【だ、だって、少しでも才賀くんとお話ししてたいんだもん。……駄目?】


【……駄目、じゃないから困る】


【ね、困っちゃうよね?】


【けど、今は体調を直すことに専念すること。元気になったら、いくらでも話はできるんだから】


【本当?】


【ああ】


【約束、だよ?】


【ゆびきりだ】


【うんっ。……じゃあ、おやすみなさい、才賀くん】


【ああ、おやすみ、萌乃】


 メッセージアプリを終了。


 とりあえず、そこまでひどく体調を崩しているわけじゃないみたいで、ほっとした。




 放課後、才賀は教室を飛び出すと廊下を走った。


 萌乃の家へ向かうためだ。


 行ったところで何ができるわけじゃないし、むしろ萌乃を疲れさせるだけかもしれないが、それでもお見舞いに行きたいと思ったのだ。


 下駄箱で靴を履き替え、校庭を横目に校門へ。


「待ちなさい……!」


 聞き慣れた声に呼び止められたが、才賀は無視した。


 だが、声の主は諦めなかった。


「このあたしが待ちなさいって言ってるでしょ!?」


 駆け寄ってきて、才賀の腕を掴んだ。


 才賀はそれを乱暴に振り払い、声の主を、愛奈を睨みつけた。


「……な、何よその生意気な目つきは! あんたの分際であたしに向かって、そんな顔していいと思ってるわけ!?」


 こいつはいったい何様なのだろう。


「まあ、いいわ。今日のあたしは気分がいいの。だから特別に許してあげる」


 愛奈の顔には、喜びの色が滲んでいる。


「……そうか。そんなに俺たちの邪魔をするのが楽しいのか」


「どう? あたしに謝る気になった?」


 腕を組んで、愛奈が得意げに胸を反らす。


 ありもしない、嘘八百のでたらめを出版社に吹聴しまくって、才賀の評判だけならまだしも、萌乃の小説を本にする機会を奪っておいて――この態度。


「……なあ、愛奈」


 久しぶりに幼馴染みの名前を口にすれば、愛奈がその顔にパッと笑みを浮かべた。


「お前、物忘れがひどくなったんじゃないか? 言ったはずだ。お前に謝ることは何もないって」


 愛奈が笑顔を浮かべたまま固まる。


「というか、ちょうどいいところで会ったというべきなんだろうな。俺からお前に会いに行くなんて、今後二度とないことだから。お前に言いたいことがある。よく聞け。そして忘れるな。お前がこれから先、どんな嫌がらせをしようと、俺と萌乃(・・・・)がお前に屈することは絶対に、120%あり得ないから」


 これ以上、話すことは何もないと立ち去ろうとした才賀だったが、


「ああ、そうだ。最後にもう一つ、言っておくことがあった。……萌乃はすごいぞ。俺、お前の小説を面白いと思ったことなんか一度たりともないけど、萌乃の小説はめちゃくちゃ面白い。だからお前は萌乃に負ける。覚悟しておいた方がいい」


 もう何も言うことはない。


 才賀は愛奈をその場に残して、歩き去った。


     ※※※※※


 一人残された愛奈は、動くことができなかった。


 あれだけのことをすれば、才賀は泣いて謝ってくると思った。


 自分が悪かった。愛奈の元に戻りたい、いや、戻らせて欲しい。


 才賀がそう言ったら、散々もったいぶった後、土下座させて、それから特別に許しを与えるつもりだった。


 だが、才賀の反応はどうだ?


 まったく堪えていないではないか。


 それどころか、


俺と萌乃(・・・・)……? あたしの小説を面白いと思ったことが一度もない……?」


 才賀は何を言っているのか。


「ふ、ふふふ……あはははははははははは!」


 なるほど。よくわかった。


「どうやら躾がまだまだ足りないみたいね……?」


 狂気を孕んだ眼差しで、才賀の消えた方向を見つめる愛奈だった。

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