第5話:竜崎棗
モヤモヤを残したまま、病院に到着した
携帯で時間を見ると、日付が変わっていた
そんな時間まで、病院がやっているはずもないがここは個人が経営する病院
「あまり夜中で申し訳ないのだがな・・・」
ピンポーン
裏に回り、病院と併設している一軒家のインターフォンを押す
しばらくして、お医者さんらしい初老の男の人が出てきて、事情を説明すると
嫌な顔せず病院を開けてくれた
ええ人や
「まずはこれで頭を拭きなさい」
初老の医師はタオルを用意してくれた
タオルを受け取り、顔や、頭を拭いて体はサッパリしたが
心の中は全くサッパリすることはなかった
むしろ考えれば考えるほど警戒心という袋小路にはまっていた
「ありがたいな、先生、礼を言う」
そう言って隣の女の人も長い黒髪を掻き揚げ
張り付いていた髪が顔が現れた
その瞬間
「あっ」
っと真吾は声をあげた
黒髪の中から現れたのは大きいが鋭く意思を持った瞳
その目は一度見たものを虜にするには十分であったのだが
その人のことを真吾は知っていた
「竜崎・・・棗・・・生徒会長!?」
口から声が漏れてしまった
「ふむ、やはり知ってくれていたか、だが初めましてだな
神山真吾」
その瞳をこちらに向け、決して悪意は感じなかったが射抜くような眼力があった
「いっいやこちらこそ、初め・・・まして」
正直、こう対面するのは初めてだったが、『ネゴシエイター』としての真吾としては
告白相手として相談される2番目に多いのがこの人なのだ(一番は太陽関係)
そのため、他の人よりも多少は棗のことは知っていた
竜崎棗
霧山高校3年1組、元男子校であった霧山高校として初の女性での生徒会長
凛とした瞳に、流れるような漆黒の長髪、その容姿から校内3大美人の一人女性として数えられる
しかし女性としての容姿だけでなく、成績優秀、運動神経抜群であり、現在空手部部長、全国大会で準優勝する腕前
そして何より、情に厚く、そこらの男より男気が熱い、何というか戦隊ヒーロー物の主人公みたいな人である
いろいろ伝説が数知れずあり、味方にすると心強く、敵にすると最も恐ろしいタイプの人間であろう
そんなことを考えていると治療の用意が整ったらしく、棗は診察室の奥に入っていった
「あの人がそうだったんだ・・・」
考えてみると、猫への情の移しよう、真吾を持ち上げる腕っ節の強さ、そしてあの美しさ
よく考えてみればみるほど、情報の正しさを裏付けていた
だが、何故、俺らのグループをそこまで知っていたのかは謎だ
あまりにも詳しすぎる
頭がいいとて、そこまで知っていると気持ち悪い
とりあえず治療が終わるのを待つしかないか、そう考え真吾は治療が終わるのをひたすら待った
途中、眠気が襲ってきて、意識が途切れるのはあっという間だった
「・・・い、起きろ、起きろ!!!」
ビシィ!!!
思いっきり頭をたたかれて、真吾は眼を覚ました
「いっ痛!なっ何するんですか!?」
目の前には棗が真吾のことを覗き込んでいた
見ると棗の足にはギブスがはめられ松葉杖で身を支えていた
「あぁ治療終わったんですか、良かった・・・」
ビシィ!!!
「いって!!!いや何もしてないじゃないですか」
さらに強く頭を殴られた
「あぁ、治療終わったさ、君のも含めてだ!神山真吾!!!
痛いなら、さっさとお前も言え!!!」
痛いのは今殴られた性じゃないか!
そう思ったが、棗が今にも泣きそうな顔で真吾を見てくる
「えっ?」
状況を理解できない真吾は辺りを見回す
周りの風景はさっきの待合室ではなく、病室
しかも現在、真吾は病室のベッドの上だった
さらに、上半身の上着を脱がされ、腹を中心に包帯でグルグル巻きになっていた
「あばら骨の2本が持っていかれていた、そんなにして痛くないわけがあるまい!!
それなのに、無理して私を背負い病院に連れてくるなんて」
正直、痛みは麻痺していたので全く折れているなんてわからなかった
しかし、ヤバイ事態であったのだと今更ながらに背筋がぞっとした
棗の目からはボロボロと涙が溢れていた
ホント情に厚い人なんだ、真吾はこの人が信頼されるわけがわかる気がした
太陽も友達思いで人のためによく泣く男だ、ちょっとそこが似ていると思ったからだ
「ありがとう・・・」
今にも擦れそうな棗の声が聞こえた
そして、フワッと甘い香りが真吾を包んだ
「えっ、えっ、あの、センパイっ!?」
棗に抱きしめられていた
「ありがとう・・・」
「いや・・その」
おんぶとは違い、正面から抱きしめられ
真吾は赤面、どう返せばいいかわからなかった
さらに抱きしめられる力が増していき
ギュ〜〜〜!!!
傷が思い切り圧迫されて、結果
「痛い、痛い!!!センパイありがたいけど痛いっす!!!!!
それ、さばおり、折れ!グァ・・・カクっ・・・」
空手全国準優勝の手にかかって臨死体験していた
初老の医師はやってられんよって顔をしていたそうな
「全治2ヶ月か〜」
病院からの帰り、真吾は棗を家に送り届けようとしていた
あの後、真吾は必死な蘇生措置によりなんとか現世に帰還
死んだばあちゃんに会ったが、手招きされた後
思いっきり殴り返された
ばあちゃんありがとう
「すまない・・・」
棗は真っ赤になりながら帰り道ずっと俯いたままだった
「いいですよ、先輩、原因考えたらむしろこっちが謝らなければならないんですから」
そうできるだけ自然に話してみた
「そうか、そう言ってもらえると助かる・・・」
俯いてしまったまま上目遣いで言うだけだった
しか、済まなそうに赤面していて凛とした目で見上げられるのは非常に妖艶な魅力があった
センパイ・・・上目遣いはやめてください、落ちてしまいます
そう言いたがったが、言えるはずもない
とりあえず話題変換
「そっそういえば、何で俺らのことそんなに詳しかったんですか?」
「あぁ、そのことか、何てことはない」
そんなに大したことはないようだ
「次の生徒会長候補にお前らの名前があった、ただそれだけだ」
「なるほど、そんなこ・・・ちょと待って!!!」
大したことですが何か!!?
生徒会長!?生徒のトップなど考えたことがない
成績も普通、顔も普通、優れているところといったら間を取り持つくらい
そんな重役できるはずがない
「でっでも候補ですから俺なんて考えたらあかんですよ」
必死に抵抗してみた
「いや、今日の事で決めた、神山、お前が生徒会長だ」
爆弾投下
「ぅえぇぇえええええ!!!むっ無理っす!!!」
「大丈夫だ、選挙は生徒会長である私の推薦による信任選挙だ、問題ない」
勝手に話は進む
「もちろん、私たち現スタッフも新スタッフをサポートする、仕事面でも心配することはないぞ」
「たっ確かにそれなら問題はないですが、俺の心以外は・・・」
「じゃあ明日生徒会室に来てくれ」
真吾の心など置いてきぼりに、決定事項のようだ
「では、私の家はここだ」
気が付くと一軒のアパートの前についていた
異次元まで吹っ飛んだ内容に時間があっという間に過ぎてしまっていたようだ
見るとあまり立派ではないが、そこそこでかい、3階建てのアパートだった
「では、生徒会室で・・・待っている」
棗は顔を赤くさせたまま、まっすぐに真吾を見つめてからアパートの階段を
上がっていった
「先輩っ!!」
たまらず、われに戻り声をあげた
「・・・」
棗は立ち止まったが振り向かず、何も答えない
「先輩は何で俺なんかを生徒会長にしたいって思ったんですか!?」
「・・・そうだな、しいて言えば」
振り向かずに声だけが響いた
真吾は息を呑んで棗の言葉を待った
「お前と一緒に働きたい、そう思っただけさ」
そして、棗は階段をゆっくりと上っていった
「卑怯だよ・・・チクショウ・・・」
その一言に・・・心が燃えた