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俺は大して勉強もしなかったが、運よく公立の高校に進学できた。私立にしなかったのは、女手一つで育ててくれたおふくろにこれ以上金銭的な負担をかけたくなかったからだ。
おふくろは朝早い清掃のパートと、午後からは弁当屋での調理補助をしながら、その働いた金で借家の家賃と生活費、俺の学費を賄っていた。ぎりぎりの生活だった。
欲しいゲームソフトや読みたい漫画もあったが、我慢した。ゲーセンに誘われる度に断り続けたせいか、お陰でダチの数が減った。
最後に残ったのが、たった一人の親友と決めてるクラスメートの岡村隆志だった。隆志は、俺と同じ母子家庭だった。
「――卒業したら、近くの工場で働くよ」
銀杏の葉が色づいた土手に腰を下ろした隆志がぼそぼそと呟いた。
「……留学の夢、諦めんのか」
「諦めないさ。まず金、貯めないと。留学はいつでもできるし」
「俺は、……」
俺は迷っていた。
「コピーライターになるんだろ?糸井重○みてぇな」
「……ああ。けど、バイトしながらだ。専門学校行く余裕ねぇし」
「……拓也」
「ん?」
「おまえのこと、本当のダチだと思ってっからな。卒業しても」
「俺も、おまえのこと親友だと思ってる」
夕日に顔を染めた隆志と目を合わせると、照れ隠しのように笑った。オレンジ色の川原に顔を戻すと、対岸の工場の屋根に橙色の夕日が載っていた。
「ただいま!」
「お帰り!ご飯できてるよ」
六畳の居間にある卓袱台には好物の肉じゃがや煮魚が並んでいた。
「うまそー」
「その前に、手を洗って」
「はいはい」
「今日は清掃のほうの収入があったからね、奮発したよ。銀鱈」
「へぇ、銀鱈なんて久しぶりだもんな。いつも鰯とか鯖だし」
「お前は父さんと一緒で魚、好きだもんね」
「……遺伝かな」
俺が中学二年の時に病死した親父とは食べ物の好みが似かよっていた。
「それと、大根と油揚げの味噌汁、父さんと一緒で、お前も好きだもんね」
「……ああ」
手を拭きながら返事をすると、おふくろの前に座った。
大皿に大雑把に盛り付けたおふくろの料理は、色彩感覚も上品さもないが、味付けだけは天下一品だった。
しょっぱくもなく、かと言って薄味でもない。だしが利いていて、コクがあった。
おふくろの味に慣れてしまってる俺は、嫁さんになる人にはこの味付けを覚えて欲しい。恋愛経験もないくせに、漠然とそんなことを願っていた。
「――母ちゃんね、セールスの仕事しようと思って」
藪から棒だった。
「……セールスって?」
「生命保険の」
「今の仕事、辞めるの?」
「清掃と調理補助を合わせた給料の二倍以上にはなるのよ。……もちろん、ノルマはあるけど」
「そんな仕事できるのか?」
「やったことないから分かんないけど、接客は慣れてるし。それに人様と話すの嫌いじゃないし」
「喋ったからって加入してくれるとは限らないじゃないか」
「頑張ってみるよ」
「なんで、仕事変えるの?」
「お前の大学資金に――」
「俺、大学行かないって言ってるだろ?俺のために慣れない仕事なんかするなよ。分かった?ごちそうさん」
俺は味噌汁を啜ると自分の部屋に入った。