夏、墓の前
「死ぬ」ということはよく理解していたつもりだ。死ぬその時までは。
俺は軽音楽部に入部し、一目惚れした先輩――初照先輩と同じベースを始めた。彼女からたくさんベースのことを教えてもらった。その一瞬一瞬が、どれほど幸せだったか、今ではもう思い出せない。詩のようなものを書き始めたのはこの頃だった。
先輩のことを一つ知るたびに一喜一憂した。先輩こそが神様で、俺は一途になり、これ以上好きな人はできない、作らないと誓った。気持ち悪い言葉も吐いた。恋が成就した後のことも妄想した。でも、初照先輩は三年生だった。受験生だったのだ。
国立を目指して真面目に勉強する優等生だった。それを知った時も喜んだ。反して少しばかり不安にもなった。受験を理由にフラれるかもしれないからだ。
じゃあ、卒業してから告白すればいいではないかと思うかもしれない。さっきも述べた通り、俺は気持ち悪い言葉を垂れるほどに彼女へ好意を寄せていて、想いが爆発するのも時間の問題であった。結果論ではあるが、彼女が受ける大学は卒業式の後にもテストがあった。
受験生だし、部活も引退するのは見えている上に、夏休みを越せる自信はなかった。そこで、夏休み前にある、先輩の最後のライブ後に告白しようと考えた。
友達や他の先輩に告白のことを言っていたおかげで、二人きりの状況を作るのは簡単だった。ライブ会場の後ろで、初照先輩は親を待って立っていて、俺はその姿を見ることすらも難しいくらいに緊張していた。
目線は定まらず、スマホを持つ手は震え、足は今にも崩れそう。でも……ここでチャンスを逃せば、次いつチャンスが訪れるかわからない。俺は初照先輩が好きだ。好きだ。好きなんだ。その気持ちが勇気に変わった。
「せ、先輩……。あの……俺、は、初照先輩のことが……す、好きです。だから、付き合ってくれませんか」
「ごめんね。自分、受験生だからさ……」
そこから少し記憶が欠けている。「そ、そうですよね」的な言葉を残し、音を全て遮断し、目を閉じ、足を地面に叩きつけるように走ってその場から逃げた。
さっきのドキドキは消え失せ、枯れた花のようにしぼんだ。魂は抜け、車に轢かれてもおかしくないほど覚束ない足取りだった。肩にかけてあるベースの重さが異常だった。見えている世界に色も明かりもなかった。ただ深い闇があるだけ。心に痛みが張り付いただけ。
その時、始めて「死ぬ」という言葉の真意を理解した。心のどこかで、初照先輩と付き合える可能性があると思っていて、それが打ち砕かれたのだ。期待が崩壊することこそが「死ぬ」なんだと知った。
家へ帰る途中、墓の前へ差し掛かった。溶けた脳は、帰路に墓があることを忘れていた。ただただ、初照先輩と失恋したことだけを考えていたのだ。
おかしな話、俺は初照先輩を恨んだし、憎くなった。でも、先輩が悪くないことは明白である。でも、他の誰かを咎めていないと、自分に矛先が向いてしまうのではないかと思った。自己防衛だったのだ。
夜だというのに、初夏の暑さが襲ってくる。額から汗が流れ、スマホを握る手からも汗が出て、最悪極まりない状態。一歩が重く、永遠のように墓の前を歩き続けた。
ようやく墓の前を通り抜けて、家へ着くと、夕飯も食べずに自室のベッドに転がった。そして、泣いた。呪った。寝た――
明日が、俺の命日だといいな。
残念ながら、その願いは叶わなかった。




