第8話 コータ、馬たちにもみくちゃにされる。
今日もアンジェリカは学校に通う。
といっても彼女は王族なので、送り迎えは馬車だ。
通学中の友達とキャハハウフフなどなく淡々と乗り込んで降りる。
一応このセカイにも曜日の感覚はあるらしい。
更に現実日本の制度に合わされており、現在週休二日制となっている。
その辺りは、システムと王族が決めるそうだ。
そもそも学校といっても基本的にここにいるほとんどの人間は前世で義務教育を経験している。
だから学ぶのは主にこのセカイのことだ。
今彼女たちが受けている授業内容は歴史。
転生した人物たちがこのセカイにどのような影響を与えたのか?
その中には前世でも有名な歴史上の人物もいた。
先生が講義をするのだが、生徒の方が頭がいいらしく、核心を突くような鋭い質問が飛びかう。
それに対して知らないことは知らないと、虚勢を張ることなくはっきりと伝える先生。悪びれる様子もなかった。
見た感じ大人の先生と子供の生徒だが、そんなことは関係ないらしい。
このセカイは大人が大きく見せる必要のないセカイだった。
それにここにいる人間の大抵が、知りたいことがあれば自分で調べる術も持っている。
アンジェリカと僕は木陰で昼食を食べ終わると、散歩を始めた。
……例によって僕はずっと抱かれたままだったけれど。
森の中をゆっくり歩く。やがて大きく切り開かれた場所に出た。
「牧場よ。一応ここも学園の施設なの」
だだっ広い平原に馬がいっぱいいた。
アンジェリカは日向ぼっこをしていた一頭に近付いて優しく撫でる。
彼女でさえ見上げる程大きいというのに、今の僕はその彼女の腕にすっぽり収まる仔犬だ。
――メチャクチャ大きいとしか言いようがなかった。
彼らの前世は僕たちがいたセカイで大事にされていたペットたちだという。
離れた場所では何人もの学生たちが乗馬の練習をしていた。
「……このセカイには車がないのよ。環境に悪影響を与えるモノは『システム』がイヤがるから」
なるほど。
ここはさしずめ自動車教習所のようなモノかもしれない。
子供のうちに馬の乗り方を覚えておこうという話らしい。
≪アンジェリカはもう乗れるの?≫
「ううん。ゼンゼン乗れないわよ。私は馬車専門だから」
二人して馬にエサのニンジンをあげることにする。
といっても僕は見てるだけ。
アンジェリカは僕を足元に置くとカゴに山盛りのニンジンを配っていく。
小さい彼女はあっという間に馬たちに囲まれて見えなくなる。
助けなきゃと思って彼女の足元に駆け寄れば、今度は僕に興味津々になり、次々と匂いを嗅がれては舐め回されてしまう。
……うぇ、唾液がニンジン臭い。
僕は慌てて逃げ惑うけれど、四方八方から顔がヌッと飛び出してきて、鼻先で突かれる。生温かい鼻息で自慢のもふもふの毛がペタっと張り付いてしまって気持ち悪い。
そんな僕の情けない姿を見て、楽しそうに大笑いするアンジェリカが妙に可愛らしかった。
ひとしきり遊んだ後、僕たちは芝生に腰を落ち着ける。
≪ねぇ、この先の予定は何かあるの? あの子たちみたいに部活動みたいなのはしないの?≫
目の前には先生らしき大人が子供を乗せた馬を引きながら声を張り上げている。姿勢がどうのこうのと聞こえてきた。
「そういうのはしないわ。……シンシアの研究だって基本的に私が協力できることなんてないしね。何か私の協力が必要になってきたなら、向こうの方から言ってくるでしょ」
彼女はいつものように僕に顔を近付けようとするけれど、体中に染みついてしまった馬たちの匂いに顔をしかめた。
そして一言二言わからない言葉を呟く。
次の瞬間、体がすっきりする。匂いも消えていた。
アンジェリカは納得したように頷くと僕を抱き上げて頬ずりした。
きっと今のも何かの魔法なのだろう。
「基本的にこのセカイでやるべきことなんて何もないんだよ。……だってここは次に生まれ変わるまでゆっくり魂を休ませる為の場所なんだから」
なるほど確かここは天国だった。
つまり前世で頑張ったご褒美という訳だ。
「見たいものを見て、食べたいものを食べる。暇なら本を読む。絵を見る。身体を動かす。……見たいものがないなら自分で作ればいい。読みたい本がなければ自分で書けばいい。そしてそれを後世の者が読んで暇つぶしをする。……それだけの話よ。休暇ってそういうものでしょ?」
なんて素敵な場所なんだろう!
まさに天国!
「ここでの生活が退屈に思うようになる頃には、私たちの体も成長し切っているわ。後は好きに家族を持つもよし。仕事を持つもよし。……元々このセカイの住人は勤勉な人間が多いから、子供のうちは遊んで大人になったらやりたい仕事を見つけて好きに暮らす、そんな感じらしいよ」
子供のうちにやりたいことを決めておけばいい程度の感覚か。
その為の知識を得るための学校、そして目の前の乗馬クラブと。
「――ただし王族には別の役割があるんだけどね」
僕もそのことにずっと疑問を持っていた。
何故特権階級の王族があるのか?
天国という優しいセカイで何故序列を作るのか?
アンジェリカは僕の頭を撫でて続けた。
「王族はね、システムに干渉できるんだ。ごく一部分だけどね。私がコータのことを知れたのも、その特権の一つ」
秩序を作り、治安を守る。
その為にある一定以上の資質を持った人間が選ばれるらしい。
この国の王族も他所の国の王族も、全員前世で何かしらの功績を残した人物だという。
「ネリーお姉様なんて、いくつもの慈善団体を立ち上げた有名なおばあちゃんだったらしいわ。……そんな王族の中に、何故か元飼い犬だった私が入り込んでしまった、と」
完全に異端だ。
アンジェリカも呆れた様に乾いた笑い声をあげる。
「ホント私が一番驚いているよ。……しかも召喚術にまで手を出してしまうし。まぁ、おそらく私も大きくなったらそれなりの役目を背負わされるんだろうね」
そう呟くと彼女は僕をお腹に乗せたまま寝転がる。
僕たちは突き抜けるような青空の中、馬の鳴き声や乗馬の訓練をする声、それらを聞きながらのんびりと過ごした。




