第6話 魔女シンシア、仲間が出来て喜ぶ。
珍しく騒がしくなった教室で何事かと顔を上げれば、満面の笑みで入ってくるアンジェリカと目が合った。
胸に仔犬を抱いている。――もちろんただの犬であるはずがない。
教室に連れてきてもいい獣は例外的にアレだけと決まっている。
彼女は一直線に私の元へと駆け寄ってきた。
「シンシア、ありがとう! ――ホラ!」
弾む声で彼女は軽々と仔犬を抱き上げる。
当の彼は困惑しているのか、目を白黒させていた。
「成功おめでとうございます、アンジェリカ姫」
一応彼女は王女様だ。
本来ならば気安く話していい人間ではない。
それを弁えるのも大事なコト。
そして小声で話かける。
「……おじい様から話は聞いているわ。やったじゃない!」
私の祖父はこの学園の理事長であり、召喚術の権威の一人だ
彼女は祖父の付き添いの中で無事成功した。
「その子がコータ君ね?」
「うん! そうなの!」
そう言うなり、アンジェリカは顔を寄せて額にキスをする。
仔犬も顔を背けることもなく嬉しそうにしている。
「まぁ!? 本当に相思相愛なのね。……うらやましいわ!」
私も彼女と同じように胸に抱いている猫を見下ろして、ゆっくりと撫でる。
『ゴロー』はピクリと反応するが、固まったまま撫でられるに任せる。
随分従順になってきたが、目の前の二人には遠く及ばない。
だけどいつか二人のような関係になりたいと思っている。
朝の勢いから変わらず、アンジェリカとコータの二人は授業が始まってもイチャイチャし続けていた。
……本当の言葉通りの意味だ。
隣の席の私からしたら少々目の毒なのだが。
仔犬のコータが彼女を見上げながら、囁くような鳴き声で話しかけている。
きっと授業内容で気になることを尋ねているのだろう。
彼女はそれに対して顔をくっつけるようにしながら、笑顔で答える。
授業中ずっとその繰り返しだった。
アンジェリカのあの楽しそうな顔ときたら!
急に可愛くなった気がする。
クラスメートたちもそんな彼女のことが気になるらしく、授業そっちのけでそちらを盗み見していた。
アンジェリカもその突き刺さるような視線に気が付いていただろうけれど、気にすることなく、むしろ煽る様にコータを撫でて頬ずりする。
術者と召喚獣がじゃれあうそんな光景はセカイ中どこを探しても見つからないはず。
いやはや本当にうらやましい。
だけど悔しいとかそういった暗い感情は一切なかった。
私はゴローを見下ろす。
彼もアンジェリカとコータのことを食い入るように見ていた。
おそらくコータが、こうもアンジェリカと召喚術を受け入れているのが信じられないのだろう。
ゴローは五年近く経った今でも、私が彼をこのセカイに呼び出したことを許してはいないのだ。
――研究一筋の私がいいと言ってくれたのに。
それなのにも関わらず吾郎は私をあっさりと捨てると、対極にあるような頭の悪そうでふわふわしたお嬢サマと結婚した。
風の噂では私たちが別れて間もなく結婚したのだと耳にしたが、すでに新婦のお腹は大きくなっていたらしい。……要するにフタマタだったって訳だ。
婿養子のくせに婚姻前に孕ませてしまったということで、それなりに肩身の狭い思いをしたらしいが、そんなものは自業自得だ。
私の知ったことではない。
結局私は婚期を逃し、研究者としては名を挙げたものの、五十歳になる前の冬の寒い日にマンションで一人ひっそりと死んだ。
そして生まれ変わったのが、実にくだらないこちらのセカイだった、と。
最初は退屈すぎて死にそうだった。
何かの研究をしようにもその意欲すら湧かなかった。
だけど祖父が召喚術の権威だったことが私の道を切り開いてくれたのだ。
おかげで学校に上がる前の年齢で使い魔を持つことが出来た。
それだけは感謝してもしきれない。
そんなことより。
これで計画の第一段階が成功したようなものだ。
これから先、アンジェリカと私はいい仲間になれるだろう。
前世が犬というだけあって、やや常識が足りていない部分はあるが、下手な人間よりは余程付き合いやすい。
それにあの柔軟すぎる発想は絶対にこれからの研究の役に立つはず。
そういう意味でも期待している。
私も授業そっちのけで、ゴローを撫でながらそんなことを考えていた。
昼休み、私たちはカフェテリアで向かい合っていた。
お互い召喚獣を胸に抱きかかえながら。
私たちの周りには誰もいない。
皆が遠巻きでこちらの様子を窺っていた。
誰もこの年齢で召喚術を成功させるような二人組に近付きたくないのだろう。
私からすれば丁度良かった。
「……ねぇ、アンジェリカ?」
「なぁに?」
彼女はテーブルの上にちょこんと座っている仔犬に甲斐甲斐しくご飯を与えながら小首を傾げた。
コータ君も何の疑問を持つこともなく口を開けて美味しそうに食べている。
普通にご飯を食べる召喚獣って……。
「まだ誰にも言って欲しくないのだけれど。……私ね、今、大事な研究をしているの」
私も一度試してみたくてパンを一片ゴローの口元に持っていく。
彼は一瞬固まるも、ちらりとコータ君の方を見てから、恐る恐る口を開いた。
「……えッ? 食べてくれるんだ?」
ゴローはそれに答えず、何度か噛んでから飲み込んだ。
少しだけ熱い思いが込み上げてくる。
「――で、どんな研究なの?」
アンジェリカは笑顔で尋ねてくる。
「……あぁ、……そうだったわね。実はある程度まで結果は出ているんだけど」
そう言って彼女に顔を寄せる。
「召喚獣と私たちとの間に子供をつくる研究――」
「私もコータの子供を産みたい!」
「こら、叫ぶな!」
立ち上がって叫び出したアンジェリカの袖を引っ張って無理矢理座らせる。
周りが騒然としてこちらに視線が集まった。
幸いまだコータがここにいる犬の名前だと、そこまでは知られていないからマセた子供の話で済むが。
コータも愕然とした感じで彼女を見上げていた。
犬なのに中々表情の豊かな子だ。
「一応、ゴローと雌猫との間に子供が生まれるのは確認したの。流石にまだ人間相手には試していないけれど。……システムがどう反応するのかも分からないし。そもそも臨床実験でゴローの子供を産む役目なんて他の女に任せられる訳ないから、私がある程度成長するまでは本格的な実験はしないわ。――どう? 私と一緒に研究してみない?」
非常識な研究なのは重々承知している。
それでも私は自分の想いを優先させてここまで進めてきた。
アンジェリカは疎まれているとはいえ王族。
私も祖父が学園の理事長であり召喚術の権威でもあるので、そこそこの権力やノウハウは持っている。
それに私たち以外にも召喚獣との子供が欲しいと考えている人間がいるはず。
おそらく研究素材には困らないだろう。
アンジェリカの目は期待に満ちていた。
答えなんて聞かなくてもいい。
「――じゃあ、早速今日の放課後にでも私の家に遊びに来てちょうだい」
私の誘いに彼女は大きく頷いた。