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第5話  コータ、アンジェリカとピクニックに行く。


 朝食の時間。……普通の和食だった。

 ご飯と味噌汁、そして小鉢がいくつか。

 見上げると、明らかに外国人っぽい金髪王女のアンジェリカがお箸を使ってそれを黙々と食べている。中々シュールな光景だった。

 このお城の中でそんな光景があちこちで見られるのだろうか?

 僕の感情を読んだのか、クスリと笑い声が零れ落ちてくる。 

 

「――このセカイの住人のほとんどが太平洋戦争と高度成長期を経験している、おじいさんおばあさんだからね。……時代が変われば、そのうちトーストとハムエッグになるかもね?」


 アンジェリカは膝に僕を抱きかかえたままの姿勢でご飯を食べる。

 ちなみにここは彼女の私室だ。 

 侍女がわざわざここまで運んできた。毎朝のことらしい。

 

「コータは何か食べたいものはある?」


 アンジェリカは僕を持ち上げて並んでいる料理を見せるが、正直食欲はない。

 僕は黙って首を振る。


「まぁ、仕方ないね。召喚獣はそもそもモノを食べないから」


≪……そうなの?≫


 例によってきゅんきゅん鳴いている僕。……慣れない。


「……今日はいい天気だからピクニックに出かけましょう? コータも外のセカイを見てみたいでしょ?」


 アンジェリカは今の質問には答えず、僕を胸に抱きしめると弾んだ声でそう提案してきた。


「ナタリー! ピクニックに行きたいから一緒にお弁当を作ってくれないかしら?」


「はい! いいですね、モチロンお手伝いしますよ」


 控えていた侍女が笑顔で返した。

 


 お弁当の準備を終えたアンジェリカが僕を抱きかかえて掃除の行き届いた廊下を歩いていると、これ見よがしに陰口が聞こえてくる。


「……やはり犬姫様は犬がお好きなようで」


「きっと前世で夫婦だったオスでしょうね?」


「――いやいや、実は以前の飼い主だったそうで」


「なんと! それはそれは、中々の()()()()だ。……やはり獣は恐ろしいな」


 そんなことを聞こえるか聞こえないかの声で囁きながら、ニヤニヤとアンジェリカを見つめている。

 本当にイヤな感じだ。


「おはようございます!」


 そんな彼らにアンジェリカは満面の笑みで会釈をする。

 そして僕を顔の前に抱き上げると額にキスをし、満面の笑みで彼らを見つめ返すのだ。

 陰口を叩いていた人間はそれを見せられて、眉を顰めると無言で足早に立ち去って行った。

 その後ろ姿を彼女は鼻で笑いながら見送る。

 ――これが彼女なりの生き方なのだろう。

 このセカイに来て二日目の僕に何が言えるのだろう。

 だからじっとされるがまま。

 彼女はこんな状況の中で十年間も暮らしてきたのだ。



 早速、僕たちはお城を出てピクニックに出発した。

 アンジェリカは僕を抱き、お弁当を背負ってゆっくり歩く。

 豊かな自然の田園風景を眺めながら、二人きりのゆったりした時間を楽しんでいた。


「ほら、あの赤い屋根の家が見えるでしょ? あの辺りは果樹園なんだよ。リンゴやみかん、それにパイナップルも。……すごいでしょ?」


≪うん、メチャクチャだよね? 普通、同じ場所じゃ絶対に作れないよね≫


 リンゴは北、みかんは比較的南、パイナップルに至っては完全に南国だ。


「ここはシステムに守られたセカイだから、そんなの関係なく育つし毎年豊作なんだよ。だから農場の仕事は人気があるんだ。いわゆるリスクのないスローライフってヤツね。前の世界でも『仕事を辞めた後の第二の人生は田舎で過ごしたい』みたいな話があったでしょう?」


 皆このセカイで晴耕雨読を満喫しているそうだ。

 おかげでこの国の食料自給率は相当高いらしい。

 他の国ではまた違った状況らしいけれど。


≪……ねぇ、重くないの?≫


 そんな会話をしている間も僕はずっとアンジェリカの腕の中にいた。

 彼女はくすぐったそうに笑う。


「うん、大丈夫。召喚獣だからね」


 さっきから『召喚獣だから』という言葉で片付けられることが多い気がする。


「……ちょっとこの辺りで休もうか」


 見晴らしのいい丘まで来ると、彼女は腰を落ち着けた。

 



「はい、卵焼き。コータの大好物だったよね?」


 彼女は小さくちぎって僕の口元に持ってくる。

 何となく断るのも悪いかと思ってそれを食べる。

 うん、普通に美味しい。いわゆるだし巻き卵ってヤツだ。

 ……母の得意料理だった。


「ナタリーから教わったの」


≪……ねぇ、犬って卵焼き食べても良かったっけ?≫


 尋ねるが当然仔犬の鳴き声。だけど彼女はそれを正確に理解する。

 ちなみにナタリーさんは分からないようだった。


「……そもそもこの召喚魔法ってのは誰も使おうとしないの」


 アンジェリカは答えになっていない答えを返してくる。

 だけどどこか真剣な表情だった。

 どうやら僕のこれまでの疑問を説明してくれるらしい。

 

「使い魔は召喚者に絶対服従するの。主の許し無しでは死ぬこともできない。……だからね術者は憎いと思っている相手を召喚して気が済むまでいたぶるんだ。ときには自分の盾として使い潰す。気が済んだら契約を解消することもあるけれど大抵は……ね? ……運良く解消して貰えた者はようやく元居たセカイに生まれ変わることが出来るんだけど」


 ……聞くべきではなかったかも知れない。

 僕は顔をしかめる。

 ……といっても犬の顔で出来ているのかどうか。

 僕の考えていることが伝わったのか、彼女は大げさに首を振る。


「私は違うわよ! ……コータのことが大好きだから呼び寄せたの。お願いだから、それだけは信じて!」


 それは十分すぎるほど伝わっていた。

 第一あのモモが僕をいたぶるために呼び出すなんて考えられない。

 それぐらいの信頼関係は出来ていたはずだった。



「で、話は戻るけれど使い魔は主の生命力を借りて生きる。だから大きいモノを召喚すればそれだけ召喚者は寿命をすり減らす。それに子供だとやはり負担が大きいから、どうしても今のコータみたいな小さい生き物になってくる」


 かつて別の大陸では戦争中に先の短い年寄りが身の丈に合わない巨竜を召喚して敵軍を消滅させ、そのままご臨終させるという作戦があったとか。

 ある意味自爆テロに近い。


「だから召喚魔法は秘術扱いなの。手を出した人間は軽蔑されることの方が多いわ。このセカイは一応常識人のセカイってことだから。……私の身の周りの世話をしてくれている人たちは()()を知っているから理解してくれているけれど」


 事情というのは彼女の生い立ちだけではなくて、僕の置かれていた状態も含めてだろう。

 でもそれには触れずにおいた。


「だからコータは卵焼きを食べようが玉葱を食べようが毒を飲もうが剣でメッタ刺しにされようが私が命じない限りは死なないし死ねない。ましてや契約を解消するつもりもない。――コータが死ぬときは召喚者である私が死んだとき。少なくとも私はコータと離れるつもりはない。今度こそ一生傍にいてあげる。一生守ってあげる。……約束」


 その熱い気持ちに胸が熱くなる。


「もうアイツらはコータの前に現れないから。これからずっと私と一緒に暮らそうね?」


≪……うん。ありがとう≫


 僕の返事を聞いて彼女の目から一筋涙がこぼれた。

 気を取り直すように乱暴にそれを拭うと笑顔を見せる。


「御飯が終わったら、もうちょっとだけ歩こうね。……コータはまだ歩けないから私がだっこしてあげる」 


 そう言うと彼女は甲斐甲斐しく食べ物をちぎっては僕の口にご飯を放り込んできた。



 アンジェリカは何か思いついたように立ち上がると、近くに生えている花の葉っぱを数枚ちぎって戻ってきた。そしてそれを口に当てて、プーと音を鳴らす。

 ――草笛だ。


「……懐かしいよね。コータもよくやってたよね?」


 散歩の最中にそんなことを一緒にやった記憶がある。


≪……よく覚えていたね?≫


「そりゃそうだよ。コータったら無理矢理私の口に葉っぱ押し付けてきたりしてさ。『ほら、こうやって吹くんだよ』って。……吹ける訳ないでしょ、犬なんだから。まぁ実は何度か『アレ? ……鳴りそう!』ってところまで行ったんだけどね」


 アンジェリカは昔を思い出してクスクス笑い出す。

 そんなこともあったかもしれない。子供ながら無茶をさせたモノだ。


「ホラ、コータもやってみてよ」


 彼女がイタズラっぽい目で葉っぱを僕の口に押し付けてくる。

 仕方なく吹いてみるんだけど、上手く空気を一点に集中できない。

 というよりそもそも口を(すぼ)めるのが難しい。

 アンジェリカは耐え切れなくなったのかお腹を抱えて笑い出した。


≪……それにしても、よく嫌がらずに付き合ってくれたね?≫


 あの頃のモモは僕のこんな訳の分からないお願いも嫌がらず、ちゃんと一緒に草笛の練習をしてくれていた。

 今思うと凄い忍耐力だ。


「そうでしょ? もっと褒めてよ! ……私はコータのお姉ちゃんなんだからね!」


 そういうと彼女は胸を張った。

 十歳ぐらいの少女のそのおしゃまな姿が可笑しくて笑ってしまった。




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