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第4話  アンジェリカ、昔を懐かしむ。


 私は震えるコータを何度も撫でていた。

 また怖い夢でも見たのだろうか?


「――大丈夫だよ。もう何も心配いらないからね。誰もコータをいじめたりしない。私が誰にも手出しさせないから。……コータは私だけのコータだからね。ずっとずっと一緒だからね。ゆっくりお休み――」


 やがてコータは安らかな寝息を立て始めた。

 

「……かわいいね」


 思わず笑顔が零れてしまう。



 私はずっとコータのことを見ていた。

 彼が生まれてからずっと。私が死んだ後もずっと。

 新しくこのセカイに生まれ変わってからも、何故だか自分は念じるだけでコータの姿を見ることが出来た。

 ――それは王族に生まれた()()だった訳だけど。

 その後このセカイに呼び寄せる方法があると知ったときは狂喜した。

 必死で勉強した。普通の人間よりも遥かに勉強した。

 ……当然だ。

 そもそも私は()()が持つべき常識を持っていなかったのだから。

 私は異分子そのものだった。



 このセカイの子供は一歳ほどで言葉を話す。前世の記憶を持っているからだ。

 話せる身体が出来上がれば話しだす。

 立てる身体になれば立ち上がって歩き回る。

 だけどこの国の王女として生まれた私は、周りの人間がいつまで待っても、話そうとも立とうともしなかった。

 もちろん話しかけられれば意味ぐらいは分かる。 

 だけど私にはそもそも『言葉を返す』という発想がなかったのだ。

 周りの者たちは不思議に思っていたし、何やら難しい仮説も立てていたようだ。

 そんな中で決定的な事件が起きた。

 ハイハイで自由に動く私が、部屋の隅でしゃがんで用を足したのだ。

 その光景を見た周りの者たちは完璧に理解した。

 彼らは根気強く私に人間の言葉を教え、意思疎通を図った。

 そして私の前世が犬だったと知り、大きく頷いたのだった。


 

 それに我慢できなかったのが父である王だった。

 自分の娘がまさか犬の生まれ変わりだったなどと。

 母も泣き崩れた。自分が犬の子を産んでしまったことに。

 それでも私を放逐(ほうちく)するようなことがあれば『システム』を敵に回しかねない。

 だから表面上は大切に育てられた。

 だけど私自身、元は獣だ。

 人の悪意には敏感だった。

 私は自分を大切にしてくれる人間を見極め、彼らにだけ心を許した。



 学校に通うような年齢になっても私への風当たりは変わらなかった。

 陰で犬姫様と呼ばれる日々。

 そんな私の心を癒してくれるのはコータだけだった。

 でもそのコータはいつもひどい目にあっていた。

 子供の頃からいじめられているのは知っていた。

 私がコータと離れ離れになったのは彼がまだ十歳になったばかりの頃だったけれど、その後も彼はアイツらにいじめられ続けていた。

 傍にいられない、慰めることの出来ない自分がもどかしかった。

 コータはアイツらに悪事の片棒を担がされる。

 万引きで捕まって警察に補導されたこともあった。

 そのせいで彼は希望する高校には行けなかった。

 大学生になって東京に行ってからも変わらなかった。

 いつも一番危ないところを押し付けられる。

 運よく捕まらなかっただけで、彼が犯罪者として世間に恥を晒すのは時間の問題だと思われた。

 もちろん断らないコータが一番悪い。それは私だって認める。 

 だけど断ったとしても、待っていたのは理不尽な暴力だった。

 コータはずっと絶望の中で死んだように生きていたのだ。

 その原因の一つが私の死にあることも知っている。

 だから私はコータを殺した。 

 彼の心を守る為、彼に汚名を着せない為、それに彼の両親に迷惑を掛けない為に、命を奪うことにした。



 一目惚れした女性の気を引く為だけに私を飼い始めた、名前も顔も思い出せないあのクソのような男は、相手の女性に()()()が無いと知ると、もう用は無いと言わんばかりに私を河川敷のフェンスに括りつけて立ち去った。

 幾日も絶食していた私は、衰弱しきって死を待つだけだった。

 そんな死ぬ間際の私を泥だらけになりながら助けてくれたのがパパさんだった。「ガンバレ」と何度も声を涸らしながら叫び、病院まで私を抱きかかえて走り続けた。

 そんなパパさんが両手を合わせて「頼むからウチで飼わせてほしい」と頼み込んだとき、「仕方ないわね」と笑顔で家に迎え入れてくれたのがママさんだった。

 そんな優しい二人から私は『幸せ』というモノを教わった。

 大好きな二人に甘えられる幸せ。

 暖かい布団の上で一緒に眠れる幸せ。

 たくさん撫でてもらえる幸せ。

 他にもたくさんの幸せを教えてもらった。

 こうして、私は新しく『モモ』として生まれ変わることが出来たのだ。



 やがてママさんのお腹に二人の愛の結晶が宿った。


「ねぇ、モモちゃん? ……この子が生まれたら、お姉ちゃんとしてちゃんと面倒を見てあげてね?」


 ママさんが私の頭を優しく撫でながら(ささや)いた。

 もしかしたら特別な意味を持たせるつもりなんてなかったのかもしれない。

 ただの何気ない呟きだったのかもしれない。

 だけどそれは私にとってこの家にいてもいい正当な理由になった。

 本当に嬉しかったのだ。

 その瞬間、自分の生まれてきた意味をはっきりと見出すことが出来たのだ。

 その子を守っている限り、私は二人に愛情を注いでもらえるのだと!



 そんな大好きな二人からコータを取り上げることに迷いがなかった訳ではない。

 彼らを悲しませたと思うと辛い。


「コータ……」


 私は涙を堪えながら彼の小さな身体に顔をうずめる。

 ――温かい。

 これが命のぬくもり……。

 それでも私は、どうしてもコータのことを守りたかったのだ。

 ずっとずっとこうしてコータのことを包んであげたかった。

 そしてようやくコータと触れ合うことができたのだ。

 それだけで涙が零れそうになる。

 思い起こせば、彼もいじめられて返ってきては、こんな感じで私に顔を埋めて涙をこらえていた。

 あの頃の私はそれを黙って受けとめることしかできなかったけれど。

 本当ならばコータをいじめたヤツらをかみ殺してやりたかった。

 だけどあの頃の私はただ傍にいて慰めることしかできなかった。

 無力な自分が情けなかった。



 私は彼の身体に顔を押し付け深呼吸する。

 もふもふであったかい彼の体から、あの頃の懐かしいコータのにおいがした。

 私はその幸せなにおいに包まれながら眠りに落ちた。




暗い展開はこれぐらいにしておきましょう。

ようやく彼らの穏やかな日常が始まります。

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