第39話 コータ、怒る。
僕が浅い眠りから目を覚ますと、いつの間にかアンジェリカの腕に抱かれてたくさんの人に囲まれていた。
「アンジェリカ、ご飯は食べられそう?」
ネリーさんの言葉にアンジェリカは首を振る。
「……いらない」
「じゃあ簡単に摘まめるモノ用意してもらうからお腹がすいたら食べなさい。食べないと身体に毒だから」
彼女のそういうところが妙に所帯じみたお母さんを感じさせた。
「体調はどう?」
今度はシンシアが彼女の額に手を当てて優しく尋ねる。
彼女は医者ではないけれ医学部出身という話を聞いたことがあった。
おそらくこの中で一番そういった知識があるのだろう。
「大丈夫よ、ありがと」
アンジェリカは心配そうに見つめている一同に弱々しい笑顔を見せると溜め息を吐いた。
そして僕をぎゅっと抱きしめる。
「……それよりも私、みんなに話さなきゃいけないコトがあるの」
彼女はまだ血色の戻っていない顔でそう切り出した。
アンジェリカの要望で暖炉の部屋へ向かう。椅子もテーブルもない部屋でアンジェリカは絨毯の上に座る。
ネリーさんとシンシアが紅茶の準備をしている間、僕はそのフカフカの絨毯の上で転がっていた。
今まで感じたことのない気持ち良さに僕は少しばかり興奮し、身体中をこすらせる。顎の下のところを重点的にスリスリすると更に気持ちいい!
夢中になっていたら、いつの間にか近くに来ていたマユミに頭を叩かれた。
「……ちょっと! これから大事な話があるってのに何してるの!」
≪いや、ちょっと気持ち良すぎて。マユミも一度やってみたら? 凄いよ?≫
「…………」
マユミはしばらくの沈黙のあと、恐る恐る僕と同じように顎をこする。
「……あぁ、なるほどね」
マユミは何度か僕と同じように擦り付けてから納得したように顔を上げる。
「でも、これから大事な話があるから、終わってからにしなさい」
彼女はそう告げるとアンジェリカの隣に控えた。
そんな会話をしている間に準備が整ったのか、全員が輪になって座る。
そして無言で発起人である彼女を見つめた。
アンジェリカは小さく頷くと神妙な顔で口を開いた。
「今から話すのは私たち召喚獣部隊の根幹にかかわる可能性がある話なの。私はこの話の流れ次第ではコータを手放す覚悟があるわ」
いきなりの言葉に僕を含めた全員が驚いた。
アンジェリカは全員の視線を受け止めると、僕を再び抱え上げて手を翳す。
「ねぇコータ。パパさんとママさんの今の様子を知りたいと思ったことはない? 私たち王族は下界を知る目を持っていることは知っているよね? 私はコータをこっちに呼び寄せてから、ずっとずっとあの二人を見てきた。コータが今の二人を見たらきっとショックだと思う。……それでも見たい?」
アンジェリカは泣きそうな顔をしていた。
彼女の笑顔の為ならどんなことでも頑張れそうなのに。
それでも僕はやっぱり両親のことが気になった。
僕があんな死に方をしてあの後両親がどうなったのか。
どうしてもそれが知りたいと思った。
僕が思いを告げる前に、彼女は笑顔で僕の頭を撫でた。
アンジェリカの指示で全員が手を繋いで彼女の『目』を共有する。
僕も言われるまま彼女の頭の上に乗り、目を瞑った。
やがて懐かしい両親の姿が映し出される。
……痩せたね。
二人とも随分白髪が増えちゃったね。
…………ゴメンね。
目をギュッと閉じていても零れる涙が止まらなかった。
「……ママさんは仕事を止めたわ」
アンジェリカが呟く。
「それは僕のことを気に病んで?」
特に母の変わりようは凄かった。あれだけ綺麗で若々しかったあの人が一年経たずに一気に十歳以上年をとったような気がする。
「……半分だけ正解」
その言葉を裏付けるように寄り添う父が母のお腹に手を当てた。
まさか……。
ゆったりした服を着ている母。
それが意味すること――。
『コータ、今度こそお前を幸せにするからな』
父が母の大きくなったお腹に頬を寄せ、新しい命に声を掛ける。
その言葉に母は皺の増えた口元を上げて幸せそうに微笑んだ。
……寒気がした。
あの二人はこの一年近くの間、ずっと狂気の中にいたのだ。
「……もう、いいよ」
僕の溜め息交じりの言葉に映像が消えた。
手を繋いでいた全員の溜め息も聞こえる。
「パパさんとママさんは取り憑かれているの。――次に生まれてくる子供は絶対にコータの生まれ変わりだって、そう信じ込んでいる」
「……そうでもないと、きっとあの二人は生きていけなかったのね」
ネリーさんが沈痛の面持ちで頷いた。
「でも、僕はここにいるから……」
「うん、ママさんのお腹にいるのはコータではないよ。でもあの二人の間では『そういうこと』になっているの。二人はそう信じることでしか前に進めなかったの。生きる価値を見出せなかったの。コータの死を受け止めることが出来なかったの。……二人は二度と同じ過ちは犯さないと誓った」
アンジェリカは涙をこぼして僕を強く抱きしめた。
「ねぇ、コータ。どうする? コータは召喚獣だから私が解約さえすれば、すぐに転生する。私がシステムに願い出たらママさんの子供として転生出来るかもしれない。今回の功績も加味すればもしかすれば何とかなるかもしれない」
みんなが僕の決断を待っていた。
「……出産予定日は夏の終わり。それまでに決めてくれればいいわ。……私はそれに従うから」
二人のもとに戻りたい気持ちが無い訳ではない。
だけど僕はそんなことよりも、何よりも、ただ怒っていた。
さて、その怒りをどう伝えたらいいのか。
僕は荒く溜め息を吐いた。
「……アンジェリカ、僕は――」
「返事は今じゃなくていいから、ね?」
彼女は僕の言葉を遮る。
今のは決定的だった。
「アンジェリカ聞いて――」
「ごめん今はまだ心の準備が――」
「――モモ!」
僕の一喝に彼女は強張った。
僕は彼女の腕をすり抜けて輪の中央に向かう。
みんなの視線が当たるけれど今は我慢する。
振り返ると、オロオロするアンジェリカ。
「……『飼い犬コータ』の日々は楽しかったよ。あの頃みたいにいっぱい遊んだよね?」
僕の言葉に、この暖かい部屋の空気が一瞬にして冷え込んだ。
「本当はこの関係はどうかと思っていたのに、ズルズルと何も言わず続けてきたことが問題だったんだ。それでも僕は君が望むならと、ずっと十歳だったあの頃のコータを演じてきた」
僕たちが離れ離れになったあの頃の――十歳のコータが犬になったらどんな感じになるのか。それを探りながら過ごしてきた日々だった。
とてもとても楽しかった。
でも僕は十九歳の芦原幸多だ。
そりゃ、僕は周りに流されて犯罪に手を染めた悪党だけど、それだけの人生じゃなかった。
それなりの日々を生きてきたんだ。
「……『飼い犬コータ』は今日で終わりにするよ。元々無理があったんだ」
僕の宣言に全員が息を飲んだ。
それを無視して僕はあの頃のように彼女を見つめた。
「モモ! ……おいで!」
僕は短い前足でトントンと絨毯を叩く。
アンジェリカは昔を思い出したのか、おずおずと僕の目の前まできて座った。
僕は彼女の目をじっと見つめてから告げる。
「――モモ、お手!」
アンジェリカは驚きで目を見開いた。
ようやく『お手』イベントを書くことが出来ました。
……長かった。
察しの良い方なら「コータ、ちょっと幼過ぎじゃね?」と思われていたでしょうね。
そのあたりの伏線回収も出来ました。
さて次話で一区切りです。完結ではないですが、一旦完結設定します。
まだ書きたいエピソードがあるので継続予定ですが、準備不足なので中断という形ですね。
コータはどうするのか、アンジェリカは?
次話で取り敢えずの決着がつきます。




