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第37話  コータ、迷うことなく戦う。


『コータ、聞こえる?』


 雪原を本能に任せて走っていると、頭に直接アンジェリカの声が響いた。


≪……うん、聞こえてるよ!≫


 耳に届く僕の声はガウガウといった感じの太い声。

 まぁ、この大きい身体できゃんきゃんはちょっとアレだ。

 

『このまま黒い影に襲い掛かって頂戴。影みたいだけどちゃんと手ごたえはあるから。前足で殴るもよしボディアタックを仕掛けるもよし、何ならマルカジリしてもいいよ。……たとえ拾い食いしてもそんなことじゃ召喚獣は死なないから!」


 ……拾い食いって。元人間がする訳ないし。

 でも、考えてみたら僕ってアンジェリカが命じない限り死なないんだった。

 負けたりしたらどうしようかと思ったけれど、それなら思いっきり暴れることが出来そう。


≪……了解。ゲーム感覚で頑張るよ!≫


『うん。そんな感じで気楽にね?』


 そしてアンジェリカの声が消えた。



 前を行くマユミに続いて僕も敵に襲い掛かる。

 身体の大きさに圧倒的な差があった。単純に僕たちが大きいだけだろうけれど。

 相手にもそれなりに感情やら思考能力があるらしく、いきなり現れた僕たちに困惑したように立ち止まる。

 そんな姿に改めて彼らはモンスターなどではなく、別のセカイに落とされた人間であることを思い出す。

 彼らはこのセカイへ侵入することに活路を見出して、システムエラーを引き起こすという強硬手段に打って出たのだ。

 そしてあと一歩のところまで来た、と。

 その前に立ちはだかるのが、得体の知れない僕たち召喚獣だったと。

 彼らがどう考えているのか想像に(かた)くない。

 僕だって本当はアチラ側の住人だったかもしれないのだ。

 彼らは天国での穏やかな暮らしを求めてやってきた。

 もちろん違うセカイに落とされたのは彼らの責任。

 それでも彼らの気持ちは理解できた。

 単純にいい暮らしを求めて。

 あるいは離れ離れになった愛する人に逢いたくて。

 ――それらの想いを感じ取った上で、僕は迷いなく彼らの集団に突進し、突き抜けた。


 

 マユミもゴローさんも僕と同じように身体を思う存分動かして彼らを蹴散らしていく。

 一撃一撃で彼らの姿が黒いチリのように霧散していく。

 僕も前足を振り回し、体当たりを喰らわせるなどして彼らを駆逐する。

 僕たち三匹は圧倒的な力を行使し、お互いに疑似的な縄張りを作って狩りを続けた。

 一方あちらも僕たちを無視して通り抜けることは不可能と感じたのか、次第に組織立って攻撃を仕掛けてくるようになった。

 だけど彼らが手にしている黒く揺らぐ剣のような武器も、僕たちにとってはクッションで出来たおもちゃの剣のようなものでしかない。

 僕は容赦なく彼らを返り討ちにしていった。



 しばらく順調に彼らを撃退していたが、敵の数は一向に減る気配がない。倒しても倒しても次から次へと現れてるのだ。

 そんな中、再びアンジェリカの声が聞こえた。


『コータ? 大丈夫? 疲れてない?』


≪ちょっと疲れた。でも怪我とかはないよ≫


『そう? それならいいの。ちなみに本来召喚獣って疲れたりしないからマユミもゴローさんも平気なんだよね。疲れているのはコータだけ』


 思わぬ告白に僕は絶句する。二人も疲れているだろうに頑張っているなと尊敬していたのにまさかの展開だった。


『ふふふ、なんかごめんね? そんな身体にしちゃって。……なんとなくコータの動きが鈍くなってきたんじゃない? なんてみんなに指摘されてからやっとそれに気付いたの』


 ちょっと笑いごとじゃないって。

 僕は襲い掛かってくる黒い影を迎撃しながら溜め息を吐く。


『……で本題だけど、ネリーお姉さまのお話では、無事システムが再起動したそうよ。もうこれであちらさんは打ち止めだから、残っている者たちを全滅させて終了ってコト。……それじゃ、最後まで気を抜かないで頑張ってね?』


 身体を起こしてマユミとゴローさんの様子を窺うと、彼らにもそのことが伝わったのだろう、同じように身体を起こして意思疎通する。

 終わりが見えると俄然力が湧いてくるもの。

 僕は最後の力を振り絞って向かってくる彼らに攻撃を仕掛けていった。




≪……これで終わりかな?≫


 襲い掛かってくる敵がいなくなり、自分から見つけては倒すというのを繰り返していたらあれだけいた黒い影の姿がなくなった。


「……終わったわね。もっと手ごわい相手だと想像していたけれど意外と楽だったわ」


 マユミは僕と違って人間の声、それも普段の若い女性の声で話す。

 身体の大きさとその声のギャップが面白い。

 ゴローさんも僕たちに合流する。


「まぁ召喚獣というのはそれだけ強いということだろうな。この技術が忌避(きひ)されながらも途切れることなく継承されてきた理由がこれにあるのかも知れないな」


 確かに僕たちはちょっとした兵器だ。不死身で疲れないから継続使用できるし、何度でも投入が可能だ。……僕はもうヘトヘトだけど。


「それじゃ戻りましょうか?」


 マユミとゴローさんが丘を登り始め、僕もそれについて行こうとした瞬間、視界の端に息をひそめるようにして隠れている黒い影の集団を発見した。


≪……まだ、残っている!≫

 

 僕は彼らに告げると、猛突進した。

 隠れていたことに気付かれ、慌てた彼らが逃げ出そうとするが、スピードに乗った僕の一歩は十数メートルを駆ける。彼らとの距離はみるみる縮まりあと数歩のところで――僕は体勢を崩した。

 急に意識が遠のき、敵がどんどん大きくなるような感覚。

 ――違う! 僕が小さくなったんだ!


≪……なんで?≫


 小さくなってしまった僕の前で、黒い影は仲間同士で顔を見合わせている。

 驚くほど人間臭い動きだった。

 彼らは今の僕なら倒せると考えたのだろう、意を決したようにこちらに向かって黒い武器を振りかざして襲い掛かってきた。

 今の僕に抵抗する術はない。ふらつく身体で僕は必死で逃げ回る。

 それでも簡単に囲まれてしまった。

 ――まぁ不死身なんだけど。それでも痛いのはイヤだなぁ。

 そんな感じでどんよりとした雪雲を見上げていると、いきなり身体が宙に浮く感覚に襲われる。

 景色がぐるぐる流れて目を回していると、雪の上にポトリと落とされた。

 一瞬吹っ飛ばされたのかと思ったけれど、近くにいる気配のお陰でそれは違うと直感する。

 どうやらマユミが助けてくれたらしい。

 今も彼女は僕を大きな身体でくるむようにして守ってくれていた。

 僕が先程までいた場所を見ると、ゴローさんが彼らを苦も無く駆逐していた。




「もう、危ないじゃない!」


 マユミの大きな顔がずいっと僕の鼻先に寄ってくる。ちょっと威圧感があり過ぎて怖い。


≪……いやぁ、僕も何がなんだか。何で戻ったんだろうね?≫


 伝わらないのを覚悟で僕はきゅんきゅんと鳴いて弁解するのだが、何となくマユミには伝わるらしい。


「……うん、何でだろうね。私はこのままなのに」


 一仕事終えたゴローさんもゆったりとした足取りで僕たちに合流する。


「コータ君、ケガはないかい?」


「大丈夫そうです。……まぁ一応この子も召喚獣のはしくれですし」


 ……はしくれって何!?

 マユミの言い方に僕は彼女を睨むけれど、ゴローさんは噴き出す。

 その珍しい姿にマユミも僕も呆気にとられた。


「それもそうだね。ついついコータ君を見ていると召喚獣だってことを忘れてしまいそうになるのだよ」


 ゴローさんとマユミが楽しそうに笑いあった。

 ダシにされた感はあるけれど、まぁゴローさんがご機嫌ならいいかとも思う。


「それでは戻るとするか?」


「はい。私はコータ咥えていきますから先に戻って報告しておいて頂けますか?」


「……了解」


 ゴローさんはそう言い残して走り去っていった。


「じゃあ私たちも行こっか」


 マユミはいつかの雪遊びの日のようにプランプランと僕を咥えてゆったりした駆け足で丘を登り始めた。



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