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第36話  ネリー、アンジェリカの初陣を見届ける。


 チラチラと雪が舞い散る中、三台の馬車が細い山道を進んでいた。

 山の中腹に王族用のロッジがあるので、そこを拠点にすべく馬を走らせる。

 朝日が積もった雪で照り返して上からも下からも眩しい。

 到着予定は昼前ということになっており、そこで一旦昼食を取って直近の状況を確認するという流れ。

 軍を動かすという判断だったらまだ王城を出れていない可能性すらあった。

 それを考えれば召喚獣部隊というのは実に迅速だと思う。

 ……過去の記録でしか残っていない召喚獣による(ひず)みへの対応。

 それも複数で、しかも王族の召喚獣が主導となると間違いなくこのセカイ初の試みだろう。

 ――それを提言した人間の役得として、その現場を特等席で鑑賞出来る。

 それを考えるだけで心が躍った。 



 その一方で暖かい馬車の中、私の前に座るアンジェリカは一人物憂げな表情を見せていた。

 コータ君もマユミも初めてのことで緊張しているが伝わってくるのだが、アンジェリカだけは少し違う感じがするのだ。

 腕の中のコータ君にもそれが伝わっているのか、何度も何度も彼女を心配そうに見上げていた。

 その度にアンジェリカは彼の鼻をつついたりもみくちゃにしたりして誤魔化しているのだが、私にはバレているのを知っているのか、こちらには一向に目を合わせようとしない。

 それは別に構わないのだが、大事な一戦の前に何か心に引っ掛かりを残しているのはパフォーマンス的によろしくない。

 万一にでも失敗は許されない作戦なのだ。

 最悪アンジェリカに白状させることも考えないと。

 もしそれをされるならどの段階がいいのか。

 私は考えていることを出来るだけ顔に出さないように外の景色を眺めていた。


 

 問題なくとまでは言わないが少しだけの遅れで無事ロッジに到着した。

 管理役が暖かく準備で済ませてくれていた。

 皆で状況を説明してもらいながら用意されていた昼食を言葉少なに食べる。

 緊張感で重苦しい雰囲気だった。

 どうしたものか、そもそもこの緊張を解くべきなのか、それとも。

 私と王子がそんなことを考えながら視線を何度か交わしていると、不意にアンジェリカが「……あの」と切り出した。 


「私、みんなに話さなくちゃいけないことがあるの。この任務が終わったら時間を作ってくれる? マユミもシンシアもネリー姉さまもシンシアもここに一緒に来てくれたみんなに聞いて欲しい」


 いつになく真剣な表情のアンジェリカ。


「一応コータと私だけの話なんだけど、もしこれからもこのような作戦が行われることがあるなら、早いうちにみんなに聞いて貰わないといけない」


 コータ君がテーブルの上で首を傾げてきゅんと鳴いた。

 可愛い。メチャクチャ欲しい。


「うん。……結果次第ではコータと私が離れ離れになるから」


 コータ君が再びきゅんと鳴く。

 でもその言葉は周りの人間も簡単に聞き逃せるものではなかった。


「私はコータと離れたくない。それだけはホントよ?」


 どういうことなのか、だけどそれを今聞いてもいいことなのか。

 そんな変な空気になりそうな瞬間、王子がパンパンと大きく手を叩いた。


「はいはい、じゃあそれは作戦後にゆっくり聞くからな」


 その言葉に全員ホッと溜め息を吐き、頷いた。



 昼食を平らげ一息ついたところで、王子が何度か深呼吸する。


「……悪いがちょっと静かに頼むな?」


 そう告げると目を瞑った。

 どうやら今から歪みと敵の位置を探るらしい。

 聞いてはいたが隣国の王族にはそこまでの力があると改めて知る。

 みんな集中している王子を驚きの目で見つめる。

 その厳粛な雰囲気を壊すようにじいやさんがポツリと呟く。


「普段からこうだと、きっと女性からもモテモテなのでしょうなぁ」


 その強烈な混ぜっ返しに全員噴き出す。

 王子は不愉快そうに眉を動かすも瞑想を続ける。

 再びロッジが静まった。


「よし、見えてきた! ここを出て道沿いに進んで谷を降りていくとなだらかな丘陵がある。そこで待てば鉢合わせ出来そうだな。馬車は無理だ。歩いていくぞ!」


 その言葉に頷いて全員がロッジを飛び出した。


 

 王子が提示してくれた丘陵地を見下ろせる場所で待機していると、黒い影が徐々に白い大地を侵食していくのが見えた。


「……あれが、私たちの敵なのね? こうして見るのは初めてだわ」


「俺もナマで見るのは初めてだな」


 私たちは二人とも王族だから最前線に出ることはない。

 今回が特例なのだ。

 戦った者たちに聞けば、それらは人の形こそ取っているものの陽炎のように揺らいだ存在らしい。こちらに来ているモノは肉体ではなく精神体だといわれ、このセカイに何らかの形で定着すれば肉体を得ることが出来るとの専門家の弁だ。

 大抵はそれまでに特別な武器を使った我が国の軍に討伐されて終了するらしいが、まれにこのセカイで肉体を得る者も現れるそうだ。

 システムに発見され次第叩き出されるのだが、過去に何人かひっそりと数十年過ごした輩がいるとも聞いている。




 私は唇を舐めて渇きを潤し、妹に告げる。


「……アンジェリカ準備はいいかしら?」


「はい!」


 少し離れたところにいるアンジェリカは先程の迷いなど忘れた様に快活に頷くと、付き添いの学園理事長と一言二言交わし、まずはマユミに手を翳した。

 急に彼女の身体がまぶしく光りだし、それが収まった頃には私たちの目の前に見上げる程巨大な黒い狼がいた。

 隣にいた王子が息を飲む。

 私も冷静さを装ってはいたが目を凝らして彼女たちを見ていた。

 人知を超えた恐ろしい力が漲っているのを感じる。

 ――だがこの上なく優美な存在。

 私は黒い影めがけて走っていくマユミのその頼もしい後ろ姿を目で追いかけた。



 アンジェリカは次にコータ君を雪の上に置いて手を翳すが、少しためらう様子を見せた。

 コータ君がそんな彼女を見上げてきゅんと鳴く。

 すると彼女は弾けるような笑顔をみせる。


「……任せて! メチャクチャかっこよくしてあげるわ!」


 そしてコータ君の身体が光った。

 こちらは真っ白で巨大な狼。

 絵本だが絵画か何かで見たことのあるフェンリルみたいだった。

 そんな姿に変身した彼がちょこんとアンジェリカのまえで伏せていた。

 どれだけ素敵な姿でも中身はやっぱりいつものコータ君だということにその場の全員がほっこりした。

 アンジェリカは背伸びしてコータ君の鼻先にキスをする。

 彼はくすぐったそうに「グルル」と喉を鳴らした。

 そして身を翻しマユミを追って駆け出した。



 シンシアも一歩進んでコータ君のときと同じようにゴローを下ろす。


「別に私たちはあくまでオブザーバーなんだけれど、ね。……ゴローも行くっていうから」


 そんなことを呟き、慣れた様子で手を翳した。

 するとゴローはすらっとしたネコ科の猛獣に変化する。

 シンシアが伏せたままのゴローの頭を愛おしそうに撫で、アンジェリカと同じようにキスをする。


「いってらっしゃい」


 彼女がそう告げるとゴローは一度私たちに頭を下げた。

 ――シンシアを頼むと言わんばかりに。

 私たちが了解とばかりに手を振ると、彼も雪原を駆け降りていった。




「……行っちまったな」


「うん。あとは待つだけね?」


 たとえここが襲われたとしても理事長の召喚獣が守ってくれることになっている。

 ただ理事長の寿命のこともあるから出来るだけその事態は避けたいところ。

 ふと最愛の者を送り出したアンジェリカとシンシアの様子を窺うと、彼女たちは手を繋いで瞑想していた。

 何事かと王子と顔を見合わせていたら妹から声が掛かる。


「お姉さま、こっちにきて私たちと手を繋いで? ……みんなも」


 言われるままつなぐと頭に鮮明な映像が浮かび上がった。


「……これは?」


 車載カメラのような疾走感のある映像が流れる。

 前を走るのは大きな黒い獣。――おそらくマユミ。


「今コータが見えてるモノ」


 先程のキスはそういう意味もあったらしい。


「……ゴローの目線に切り替えます」


 シンシアの言葉と同時に映像が切り替わった。

 今度は前を走る二匹を追いかける視線だ。 

 私たちはそれを無言のまま眺めていた。


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