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第34話  ネリー、最愛のショタ夫がかまくらをつくる姿を愛でる。


 私たちのいる国でも年に数日は大雪が降る。もちろん生活に支障が出ない程度なので、豪雪地方のような雪害はない。あくまで『風流』として、だ。

 システムのおかげで雪害や台風などの自然災害は無い。

 その辺りも天国の天国たる所以だろう。


「……俺も一緒でいいのか?」

 

 外と違って温かい馬車の中、神妙な顔で私の隣のちょこんと座っている男の子が声を潜めて尋ねてくる。

 見た目はまだ学校に通える年齢ですらないが、当然前世持ちだから中身は元おじいちゃん。

 かつての最愛の旦那であり、このセカイでもそうなる予定の殿方だ。

 

「いいの、いいの。あの子たちってばホントに可愛いんだから! きっと貴方も気に入ってくれるわ!」


 撫でやすい位置の彼の頭を抱くと、彼は恥ずかしいのか力任せに身体を離そうとする。それを許さない私は彼を強く抱きしめる。二人してそんな攻防をしながら馬車に揺られていた。



 馬車を降りるとどちらからともなく手を繋ぎ、目的地である王宮庭園へ向かう。

 何度かデートに来ているから、旦那も慣れたものだ。

 だけど雪景色の庭園は初めてなので、何度も感嘆の溜め息を零していた。

 そしてキャッキャと庭を走り回っている少女に目を止める。


「……あの子が、……あの?」


「えぇ、私の()()()()のアンジェリカよ」


 彼女はコータ君を胸に抱きしめ、マユミさんと走り回っていた。

 メチャクチャ嬉しそうな表情と声。

 犬だった前世を彷彿(ほうふつ)させる派手なはしゃぎっぷりに、例の童謡が頭の中を何度もグルグルと回る。旦那も同じことを思ったのか苦笑いで私を見つめてきた。

 今日彼を連れてきた目的は彼女をみせることだった。

 アンジェリカ、私の妹になった彼女をちゃんとした形で紹介したかった。




「ネリーお姉さま!」

 

 アンジェリカは目敏(めざと)く私を見つけるとマユミさんと一緒に駆け寄ってくる。


「アンジェリカ、楽しんでる?」


「はい! ……えっと、……こちらの方はもしかして――」


 彼女は私と旦那の繋がれた手をチラチラ見て察した様子。


「えぇ、私の旦那なの」


 私も負けないように、彼女がコータ君にしているのと同じく、旦那をギュッと抱きしめた。

 驚いて必死に振りほどこうとする彼が可愛らしい。

 もちろん小さい身体の彼にどうこう出来る訳がないので、私の思うままだ。

 そんな光景にアンジェリカの顔がパァっと綻んだ。


 


「ねぇ! かまくらつくろ!」


 アンジェリカは高いテンションのまま旦那の手を握る。

 今の身体こそ子供だが、数年前まで元老人だった彼がどうしたものかと目に見えてオロオロし始めた。

 そんな旦那が可愛い。


「はい、何故かここに子供用の手袋が二組あります」


 私は夫の退路を断つべく、こっそり用意していた包紙を二人の目の前に差し出した。先回りされ、目を見開く旦那。一方アンジェリカは感激した様子だった。

 彼は観念したのか、苦笑いを浮かべながらもいそいそと手袋をつける。

 その姿が在りし日を思い起こし、懐かしさに目頭が熱くなる。

 思えば昔から子供たちに誘われると断れない人だった。

 そしてそんな彼の優しさに私たち家族全員が救われていたのだ。



 早速旦那とアンジェリカとマユミさんでかまくらを作り始めた。

 どうやらアンジェリカは自分より年下の旦那に、お姉さん回路めいたモノが発動したらしく、何かと世話を焼きたがる。

 旦那は旦那で、そんなアンジェリカに命令されて振り回されるのも満更ではない様子。

 私は少し離れたところでコータ君を抱いて暖を取っていた。

 一番戦力になっていたのはマユミさんで、力仕事は彼女が受け持っていた。

 いやはや本当に素晴らしい『忠犬』だと感心する。

 ……一度は諦めたが、やっぱり欲しい。



 完成間近になり、アンジェリカと旦那が出たり入ったりして大きさを調整している。何だかんだ言っても旦那も盛り上がってきたのか、彼の笑い声も聞こえた。

 彼は元々子供が好きな男性(ひと)だった。

 血の繋がらない養子(あのこ)たちも全力で可愛いがってくれた。

 だからきっとアンジェリカのことも――。そう思った。

 私は彼の()()姿()が見たくて見たくて仕方なくて、ここに連れてきたのだ。


 

 ふと視線を感じて建物を振り返ると、窓からチラチラと庭園を窺っているような影が見えた。それも複数。


「……興味があるなら、みんなも参加すりゃいいのにね?」

 

 私が呆れた思いを込めて呟くと、その声色に胸元で大人しくしていたコータ君が身動ぎした。

 見下ろすと彼は不思議そうな顔で見上げてきた。


「……実を言うとね、私も毎年こうやってはしゃぐアンジェリカを私も窓越しに見ていたんだ。……あそこにいる人たちみたいにね? アンジェリカは気付いていなかったようだけど」


 いつも内に閉じこもって誰とも話そうとしない少女が、毎年、一年に数回あるかないかの大雪の日は喜んで走り回っていた。飽きもせずはしゃいでいる姿を、私は窓の陰からじっと眺めていた。

 彼女もこんな風に笑えるのだと。未知の生物では無いのだと。


「だから今年から私も参加できて嬉しいの」


 本当に心からそう思えた。



「――僕って、ちゃんと彼女の役に立っているのでしょうか」


 その声のあまりに真剣な響きに彼の顔を見つめると、いつものように逸らすのではなくて見つめ返してくる。

 何となく彼が何を思ってそんな言葉を絞り出したのかは理解できた。

 おそらく彼は取り残されることを心配しているのだ。

 一足飛びで成長するアンジェリカ。そして元々大人で分別があるマユミさん。その他にも彼女の周りは優秀な人間が多い。その中で引け目を感じているのだろう。

 そもそも未成熟な人間が少ないこのセカイの中で彼は異質だと言えた。彼の過去も一応調べたのでその判断は間違っていないはず。

 未だ成長できていない、保護されるだけの自分が不甲斐ないのだろう。

 それが不安で、だけど何をすればいいのか分からなくて。

 ……実は彼には特別な役目を用意するつもりだけれど、それは今はまだナイショにしておきたいし。

 ――さて、私は何から伝えるべきだろうか。


 

 沈黙する私にコータ君の表情は徐々に悲しみに歪み始める。

 そのときを見計らって私は彼に笑顔で告げた。


「今の彼女は随分話し掛けやすくなったわ。それは間違いなくコータ君のおかげなの」


 彼は(すが)るように私の顔を見上げる。


「去年の今頃の、こんな雪の降る庭を一人で走り回っていたアンジェリカは、一部の人たちを除いて全員敵に見えていたんじゃないかしら? 可哀想にずっと何かに怯えるように身構えていたわ。きっとこのセカイは彼女にとって安らぎを与えるモノではなかった」


 コータ君はその頃のアンジェリカを知らない。

 あの王宮内で作り笑いしながら、だけど陰で誰かを睨みつけて、それでいて本当は怯えていたそんな可哀想な彼女を。

 だからといって、私が近付こうかと思えば距離を取ってそれを許さない。

 むしろ避けられる。……そんな悪循環。


「だけどコータ君という()()()()()()()()()()を得たことで、彼女はようやく安心して眠れるようになったんじゃないかな? このセカイを楽しめるようになった」


 逆に言えば、アンジェリカは()()()()追い詰められていた。


「君がいるから心にゆとりが持てた。あとは切っ掛けさえあれば、ね? ……そうすればすぐにアンジェリカはこの城の人気者になれるんじゃない?」


 私はコータ君を撫でながら微笑みかけた。




「――へぶッ!」

 

 コータ君が変な声を上げて悶絶する。

 雪玉が直撃したのだ。

 飛んできた方向を見るとアンジェリカが投げ終わった後のフォームのままで笑っていた。


「バカコータ! ……ネリーお姉さまにはもう旦那さんがいるんだから、色目使うんじゃないの!」


 アンジェリカの嫉妬丸出しの言葉に旦那も苦笑い。

 ダシにされたことは一目瞭然。


「……そんなつもりないのに」


 顔に張り付いた雪を私に払われながら、コータ君は不平を漏らす。


「言い訳無用! マユミ! 捕獲してきて!」


 口答えを許さないアンジェリカは腰に手を当てて隣のマユミさんに指示を出す。

 それに頷いた彼女が駆け寄って来た。


「……ネリー様恐れ入りますが、節操のない『それ』をこちらへ放り投げてもらえますか?」


 投げる、の?

 おっかなびっくりで私が言われるまま放物線を描くようにそーっと放り投げると、慣れたモノなのか彼女はそれを器用に口でキャッチし深々と一礼。

 コータ君が所在無さげにぷらんぷらんと彼女の口元で揺れている。

 ネズミを捕まえた猫を見ているような感じだった。

 ……両方とも犬だけど。二匹とも元人間だけど。



 マユミさんはアンジェリカの元へ駆け戻り、目の前で彼をポトリと落とす。

 テンテンと雪の上に転がるコータ君がメチャクチャ愛らしい。


「……任務完了しました」


「よくやったわ、マユミ! ……さて、浮気者にはお仕置きが必要。そう思わない」


 そう言うや、アンジェリカは彼を大きな雪だるまの口の部分に埋め込んでいく。

 雪だるまに食べられているような構図で、彼女に芸術的なセンスさえ感じる。


「ちょ、ちょっと、待って!」


 叫ぶコータ君が可笑しかった。

 いつの間にか隣に来ていた旦那も大笑いしながらそれを見守っていた。

 



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