第33話 マユミ、一歩引く大人の対応に感謝する。
「はい、プレゼント。こっちはコータ。こっちはマユミね?」
私とコータの首に可愛いマフラーがグルグルと巻かれた。
色違いのお揃いだ。
アンジェリカは戸惑う私たちを見てニコニコしていた。
サプライズの為、ネリーさんの部屋でこっそり編んでくれたらしい。
一応こちらのセカイにもクリスマスはある。
だけど下界のように恋人とデートしてディナーして高級なプレゼントを贈る感じでなければ、宗教的な儀式もない。ただ家族や友人にプレゼントを贈ったり、一緒にケーキを食べたりするだけ日だ。
アンジェリカが言うには単純にまだそういうクリスマスにお金を使う文化が根付いていないだけで、時代が先に進めば変わるかもしれないとのこと。
クリスマスを寂しく過ごしていた私からすれば、しばらくは居心地のいいセカイかもしれない。そもそも下界のクリスマスは商業主義に毒され過ぎだと思う。
全くもってけしからん。
「ゴメンね。僕、何も用意してないや」
「私も貰うだけもらって何も返せないよ?」
「二人は私の側にいてくれるだけで充分だから」
いきなりのプレゼントに驚く私たちにアンジェリカは笑顔で抱き着いてきた。
……とはいってもこれから毎年のことだろうし、思えばアンジェリカの誕生日さえも知らなかった。
そのあたりはいずれコータやシンシアさんと相談すればいいか。
――といった感じで初めてのクリスマスはサクッと過ぎていった。
だけど問題は正月だった。
年寄りと言っては語弊があるが、前の世代の人たちの正月に対する熱意を舐めていたのは否定しない。
あっちにいた頃は初詣すら行かない典型的な寝正月組だった私。
食べ物は年末に買い溜めしていたレトルト中心で済ます。
テレビはずっとつけっぱなし。コタツでゴロゴロ。どうしても必要なものは近所のコンビニへ直行。
だけどこのセカイの正月は違った。
何たって皆の気合いの入り方からして違う。
そもそも一大イベントであるはずのクリスマスすら、彼らにとっては正月の準備期間でしかなかった。
城下町はイルミネーションで飾られることなく商店のノボリが彩り、ツリーの代わりに正月用の門松が鎮座する。
王宮料理人たちはおせちに命を懸けているのか、鬼気迫った表情であれこれ議論していた。
黒豆だとか伊達巻なども当然全て手作り。
もし洋風おせちだとか、そういうフレーズを口走ろうものなら、袋叩きに遭うこと間違いなし。
普段は落ち着いた雰囲気で憩いの場所でもある王宮庭園は、餅つき大会の会場に様変わり。
力自慢の兵士たちが変わりばんこでひたすら餅をつく。つく。更につく。
もはや国を挙げてのお祭りだった。
そしていざ正月になると、今度は全員すまし顔で着物姿になっていた。
金髪銀髪などの色とりどりの頭をした彫りの深い人たちが着物で煌びやかな王宮を闊歩する。
ある意味一番のコスプレだと思えた。
だけどこれは日本の伝統で、ずっとずっと昔から続けてきたことだと。
馬車にしめ縄とかシュール過ぎるのだが、誰もツッコむ気配がないので私もだんまりを決め込んだ。
そんな気合の入った怒涛の正月が終わる頃、隣国のフィリップ王子が挨拶にやって来た。
「――あけおめ」
アンジェリカの素っ気ない言葉に王子は天井を仰ぐ。
「だ・か・ら! 『あけおめ』ってのはヤメろ! ちゃんと最後まで言えよ! 最近の若い奴は何でもかんでも短く――」
「――アンジェリカ姫、コータさん、マユミさん、『あけおめ』『ことよろ』でございます。」
それを逆なでするようにレイモンドさん――じいやさんが私たちに挨拶する。
いつものニコニコ笑顔で。
口上を遮られた王子が彼を睨みつけるのだが、彼は相変わらず飄々としている。
そこが素敵だ。
「……もういいや。……それより今日は坊主のコトを抱かねぇのか?」
王子は例によって敵ばかりの状況に苦笑いしながら、向かいのアンジェリカに向かって尋ねる。
今アンジェリカの膝の上にコータはいない。
椅子が無い時は乗せることもあるが、横が空いているときは大抵そちらに座らせるが最近の流れだ。
「まぁね。アレからもコータとの関係を考える機会があってね。……生まれて初めてじゃないかっていうぐらい真剣に考えたのよ」
「……そうか」
しみじみ呟くアンジェリカに王子は目を細める。
その光景は誰がどう見ても、やはり孫娘とそれを見守る祖父のようだった。
それに気付いていないのはおそらく当事者二人だけ。
「突き詰めた根っこのところは『私はコータの何になりたいのか?』だったわ。……『コータをどうしたい?』ではなくて」
本当に彼女はここまできたのだ。
もはやそれは犬の発想ではない。完全に人間それも大人の人間の考え方だった。
……いや、彼女は王族に選ばれる程の高潔さを持っていた。
それぐらいの素養は初めからあったかも知れない。
コータは意外だったのか彼女をじっと見つめていた。
王子もじいやさんも目を見開いて驚いている。
アンジェリカはそんな彼らを見渡してクスリと笑った。
「コータは私の所有物。それはもう変わりようがない。召喚獣ってそういうモノだから、その関係だけは絶対に覆らない。……でも私はコータをモノとして扱いたくはなかった。もちろんマユミもね?」
彼女は足元の私を優しく撫でる。
「だから私が変わらないとダメなんだと思ったの。……コータの在り方を変えるのではなく。私は何になれるのだろうか? 色んな人に教わったわ。まだ考えがまとまった訳じゃないけれど、取り敢えず今、考えた末にあるのが、私とコータのこの座り方なのかもしれないわね」
フフフと笑い、隣のコータを愛おしそうに撫でるアンジェリカが頼もしくもあり、ちょっと寂しくもあり。
私は一段飛ばしで大人の階段を上っていく彼女を見上げていた。
「そうか。それならもうこっちとしては何も言えねぇなぁ」
王子は弱り切った顔でじいやさんと目を合わして頭を掻いた。
そして真剣な表情でアンジェリカを見つめる。
「それがお前さんの出した答えなんだな?」
「……はい!」
王子の問いに彼女は姿勢を正して返事する。
それを見届けた王子とじいやさんも納得したように頷く。
「了解した。今日国に帰ったら正式に婚約の話はなかったことにしてもらおう」
「……なんかごめんね」
急にしおらしい感じになるアンジェリカ。
それに焦ったのは王子だ。
「イヤイヤ、待て待て待て! なんでオレが振られたみたいになってんだよ!」
「実際振られましたからな。ネリー王女に続き連敗ですな」
じいやさんが笑顔で言わなくていいことを暴露する。
「だから、そうじゃねぇだろ?」
「大丈夫ですよ、女の人は他にもたくさんいますから」
私もこの機会を逃さないよう、神妙な顔で流れに乗っかる。
「だから違うだろって! お前らちゃんとわかってるくせに!」
必死になってきた王子の言葉に噴き出しそうになった全員が、そっぽを向いてそれを凌ぐ。
「……僕たち、貴方の分まで幸せになります!」
ダメ押しとばかりにコータが深々と一礼すると、もう堪えきれなかった。
大笑いの部屋の中、顔を真っ赤にした王子が彼の首根っこを掴んで振り回し始める。
「ちくしょう! お前、何調子に乗ってんだよコラ!」
みんな無駄に連携が上手くなったと思う。
アンジェリカの「返してよ!」といった叫びの中、楽しい笑いが巻き起こった。
「しかしなんだな。女ってのはちょっと見ない内に一気に成長するんだな」
「……それは身体が大きくなるとかじゃなくて?」
アンジェリカがちょこんと首を傾げる。
王子はひと暴れして落ち着いたのか、今まで見たこともないような優しい笑顔で大きく頷く。
「あぁ、嬢ちゃんはもう立派なアンジェリカ姫だ。誰にも犬姫なんて言わせねぇ」
彼の太鼓判にアンジェリカも嬉しそうにコータを抱きしめる。
「今ね、ネリーお姉さまから色々教わっているの! ……王族の心構えとか、女としての生き方とか」
「あぁ、なるほどね。……あのババァか」
王子遠い目で窓の外を眺めた。
「ちょっと! お姉さまに対する侮辱は私への侮辱なんだからね?」
「おいおい、お前もかよ」
身を乗り出して異議を呈するアンジェリカに王子は心底うんざりした表情を見せる。
「……何か前世であったんですか?」
コータの問いかけに王子はソファにどっかりと背中を預けた。
「まぁ因縁めいたものは、無い訳ではない。……でも聞かないでくれると助かるな」
その苦り切った顔で昔から色々あったんだなとは簡単に想像できた。
実際二人の相性は悪そうだし。
「分かったわ。じゃあ聞かない。傷心の男に追い打ちをかけるのは良識ある淑女として褒められた行動じゃないから」
アンジェリカはどことなくネリー様を彷彿とさせる笑顔で、さりげなく追い打ちをかける。
「……この国はこれからこんなのが、量産されていくのかよ」
王子は何度も首を横に振って、本格的に頭を抱えこんでしまった。




