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第31話  コータ、ゴローの昔話を聞く。


 初冬の昼下がり。

 アンジェリカとマユミ、そしてシンシアは温かいカフェテリアの中でぬくぬくと暖かい飲み物を飲んでいた。

 そして僕はと言うと。


「――朝方は冷えるけれど昼間は暖かくていいね?」


「そうですね。僕としては天国でも冬の朝は寒いんだなって感じです。布団から出るのに勇気がいりますよ。正直これからが思いやられますね。……犬だから毛皮にくるまれているんですけど、これは関係ないです」


 ゴローさんと隣り合って日向ぼっこしながら、どうでもいい世間話をしていた。



 例によって三人は女同士の話があるとかで、こういうときはゴローも話せるようにしてもらい、適当なところでおしゃべりしてきなさいと放り出される。

 仕方なく男二人で花壇やらどこか落ち着ける場所に移動するのだが。

 身体の小さい召喚獣二匹はそれなりに目立つのか、女の子たちの視線が集まる。

 ちょっとしたアイドル気分を味わえるのは、まぁいいかなとは思う。

 そしてこんな感じで会話をするのだが、何を話せばいいのか全く分からない。

 それはゴローさんも同じらしく、こんな感じで当たり障りのない会話をして時間をつぶす。

 シンシアさんは年代の違う二人の男を一緒の場所において話が盛り上がるとでも思っていたのだろうか。

 この気詰まりした感じがちょっとだけつらい。



 

「ゴローさんって思っていたよりも若い声ですね?」

 

 取り敢えず会話を途切れさせないように、次の話題を放り込む。


「あぁ、これは私たちが付き合っていた頃の声だろうね。もう、かれこれ四十年ぐらい前のことになるのかな」

 

 しみじみ話す彼の声色に、もしかして地雷を踏みぬいてしまったのだろうかと心の中で焦る。

 それでも怖いもの見たさと退屈が勝った。


「ちなみにこちらに来たときは何歳だったのですか?」


「丁度六十歳だったよ」


 結局その先が続かず終了した。



 再び無言で日向ぼっこする。

 …………あったかい。 


「……私からも聞いていいかい? 答えたくないなら答えなくていい」 


「はい、どうぞ」

 

 聞かれて困ることなんてないし、気詰まりが一番イヤだった。

 話せることは何でも話すし、最悪ネリーさんのあの感触を聞かれても話すつもりだ。


「こちらに来た時のキミはアンジェリカ王女を恨んでいるように見えなかったのだけれど、それは本心だったのかい? それとも()()()のかい?」


 ゴローさんの思わぬ真剣な声に身構える。

 そちらを窺うと、くりんとした大きな目に理知的な光を宿し、一心にこちらを見ている猫。

 アニメか何かのワンシーンみたいだなと頭のどこかで感じている自分がいる。

 僕はフッと息を吐いて、ちゃんと心の中を整理してから口を開いた。


「彼女のことは全く恨んでいません。前世で僕の置かれていた事情はシンシアさんから聞いています……よね?」


「あぁ、アンジェリカ王女とシンシアが話しているときに耳に入った。聞くつもりは無かったのが」


「それは仕方ないですよ」


 僕もゴローさんもいつも胸に抱かれている。

 話は勝手に入ってくるのだ。避けようがない。


「――僕はモモを失ってから、あちらのセカイで生きている意味が分かりませんでした。だからといって自分で死ぬのは怖い。あの場所から抜け出す勇気もない。だから消去法で生きていました」


 生きたいという意志すら奪われた日々。

 今を思うとそれこそが本物の地獄かもしれない。


「だからこのセカイに呼ばれたときは本当に嬉しかったんです。ようやくあの苦痛しかない日々から解放されたことに。……そして何よりあのモモがちゃんと僕のことを大事に思ってくれていたことに」


 僕の人生の大部分をともに過ごしてくれていた彼女。

 彼女も同じように僕のことをかけがえのない存在として思ってくれていた。

 僕のことを欲しいと思ってくれていた。

 あのセカイで必要な存在ではなかった自分を、殺してでも側に置きたいと思ってくれた。

 再会を喜んで涙を流してくれた。

 それだけで十分だった。


「モモ――アンジェリカに愛されているというのは、たとえどんな形であれ、今の僕を肯定してくれるものでした。僕に居場所を与えてくれました。だから彼女に感謝することはあっても恨むなんてことは絶対にありえません」


「……そうか。ちゃんと答えてくれてありがとう」


 僕の強い言葉にゴローさんは笑顔で頷いた。

 



「僕からも聞いていいですか? 答えられなかったら別にいいですけれど」


「ふふ、君に答えさせておいて私がだんまりを決め込む訳にはいかないだろうね」


 ゴローさんは楽しそうに身体を揺らす。


「……シンシアとの関係、前世のことだね?」


「……はい」


 僕が頷くとゴローさんは空を見上げた。

 小さく「さて、何から話したものか」と呟く。

 きちんと話してくれるようだ。僕は邪魔にならないようにそれを見守っていた。


「大学で知り合った友達の家に遊びにいったときに彼女と知り合ったんだ。彼女――典子はその友達の妹でね。当時はまだ高校生だったよ」

 

 ゴローさんはシンシアの年上だったのか。てっきり同級生だと思っていた。

 ノリコという耳慣れた日本人の名前に妙な現実感が湧く。


「彼女の高校卒業を機に付き合い始めたんだ。彼女からの告白でね。……嬉しかったよ」


 いかにも積極的なシンシアらしい。


「だけど年々に会う時間が少なくなっていってね。頭の良かった彼女は研究にのめり込み、私は仕事が面白くなってきた。それでも時間を捻り出してお互いの気持ちを確かめていた。……いつか必ず結婚しようと。口には出さなかったけれどね」


 ゴローさんは溜め息を吐く。ここからが本題だ。


「……彼女が大学院で研究していた頃かな? 私は取引先の社長の娘さんにえらく気に入られてしまってね。結婚する予定の彼女がいるとちゃんと伝えていたのだが、その娘さんは私に本気になってしまってね。()()()な父親に相談した。そしてやり手の社長さんは()()()な娘のためにあらゆる手を尽くした」


 ファザコン娘と娘を溺愛する父の組み合わせ。

 なまじ権力があるだけに手を付けられなかったそうだ。


「もう一介の平社員がどうこう出来る話じゃない。それこそ株価に影響しかねない大きな話になっていたんだ。どうすることも出来ないと感じた私は彼女の家族に結婚できないと告げた。友達や彼女の父からぶん殴られたよ。彼女の母は泣き崩れていた。だけど典子は、彼女だけは笑顔だった。笑顔で全てを受け入れた」


 僕は頷くことで先を促す。

 

「そこまで送ると私と家を出て、私の隣で悠々と駅まで歩く物分かりの良すぎる彼女が怖かった。……何を考えているのか分からなかった。駅に近い公園のベンチに座り、彼女は口元を歪ませてこう告げたんだ」


 ゴローさんは表情を歪めて僕から視線を外した。


「――『違うよね? 本当は私のこと、もうそんなに好きじゃなかったんだよね? 研究に打ち込む私のことを応援していながら、心の中では自分のことを大事にしない私を疎ましく思っていたんだよね? ……私と違って、可愛くて吾郎のことしか見えない、吾郎の為なら()()()()()でもやってのける、そんな彼女のことが好きになったんだよね?』、と」


 彼はフフっと笑う。


「図星だった。私が彼女の家族に別れを告げるために訪問したその日は、その娘さんのお腹に私の子供がいると知った日だった。あちらの家族に呼び出されて『ケジメをつけてこい』と言われたんだ。……だからどうしようもなくなって何とか自分が悪者にならないようにする為、彼女の家族に会社の意向だと言い訳した」


 僕は身動きせず彼を見つめる。


「……だけどね、典子は()()知っていたんだよ。その事実を突き付けて、笑顔のまま涙をボロボロ零す彼女に私は何も言えなかった。ただ逃げるようにその場に彼女を置き去りにして駅へと走った。……その日以降典子とは一度も会っていない。妹が亡くなったとかつての友人から電話があったときも葬儀には出なかった」


 ゴローさんは空を見上げて溜め息を一つ。


「訳の分からないままこのセカイに召喚され、私を抱き上げながら高笑いする幼女が()()典子だと知ったとき、どれだけ彼女に恨まれていたのかと絶望したよ。自業自得なのにね。……まぁ、今はちゃんと彼女の本心を知っているが」


 ゴローさんはすっきりとした笑顔で僕を見つめ返した。




「――こんな感じかな?」


「ちゃんと話してくれてありがとうございます」


「いや、話し相手がいるというのはいいものだな」


 ゴローさんの穏やかな声に僕たちの心の距離が縮まったのを感じた。 

 あちらでも女子会が終了したらしく、ゾロゾロとこっちに歩いて来る。

 シンシアは笑顔でゴローを抱きあげると、額にキスをした。

 彼は出会った頃のように嫌がることも固まることもなく、平然とそれを受け入れている。

 そのあまりに自然な光景に見ていた僕たちが驚いた。

 アンジェリカも負けていられないと、同じように抱きかかえてキスをし、シンシアと二人して笑いあう。

 僕とゴローさんも仕方ないなという顔で見つめ合った。



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