第30話 アンジェリカ、ネリーを師匠と仰ぐ。
「――ねぇアンジェリカ。貴女、コータ君のことが大事なのは分かるけれど、もう少し接し方を変えてみてはどうかしら?」
学校がお休みの日はネリーお姉さまの部屋での勉強会となっていた。
ここで心構えやらを教えてもらうのがここ最近の流れだ。
コータがいたりマユミがいなかったり、オブザーバーとしてシンシアが入ったりとメンバーはころころと変わる。
今回はお姉さまから、私とマユミの二人で来るようにとの言葉があったので、コータは散歩させている。
コータがいるとお姉さまは何かと彼を構いたがるので私としても望むところだった。
レクチャーが一段落したところで、ネリーお姉さまがお茶を淹れ直す。
ここで手伝いを申し出ることも覚えた。
こういうことはずっとナタリーたちに任せていた。
だけどお姉さまはメイドから仕事を奪うのは避けるべきかも知れないけれど、してもらって当然だという態度は絶対にしてはいけないのだという。
だからちょっとだけでも手伝わせて貰う。
その匙加減を覚えればもっと周りの人間と上手くやっていけるのだとか。
今まで誰もそんなこと教えてくれなかったし、前世ではそもそもご飯を出してもらっていた身分。
改めてこういう話を聞くと、足りないことだらけだったのだなと痛感した。
茶葉が開くまでの何気ない世間話で飛び出したのが今の言葉だった。
「お姉さまも、あのヘンタイ王子と同じことを言うのね? ……一応変えたつもりよ。今もコータは自由に散歩しているし」
だからネリーお姉さまとコータが出会って、それが縁になって今こういう時間を持てるようになったのだ。
いい切っ掛けだったと思う。
「ん~。……そういう意味じゃないんだけど、ね」
お姉さまは苦笑いしながらカップに紅茶を注いだ。
暖かい湯気がふぁっと立ち上る。
「はいどうぞ」
私の前に差し出されたカップを両手で抱えて一口。あったかくて美味しい。
カップを持てないマユミの前にはスープ皿。そこにも注がれる。
最初は犬みたいな飲み方は出来ないとそれなりに抵抗があったらしいけれど、もう開き直ったらしい。
彼女は湯気が立ち上るミルクティを美味しそうに飲み始めた。
「ねぇアンジェリカ? 昔から『女は男より三歩下がって歩く』という言葉があるのは知っているかしら?」
「えぇ。もちろん知っているわ。……でもそれって昔の言葉なんでしょ? ……女が男の前に出るのを嫌がるなんて時代遅れよね?」
ネリーお姉さま相手のときは常に慣れない敬語を使っていたけれど、こういう世間話のときはいつもの言葉でもいいと言われたので、ありがたくそうさせてもらっている。
「あれはその言葉の本質を理解できないバカな女たちが曲解しちゃったから、そんな風に広まってしまったのよ」
お姉さまが口元を歪めてせせら笑った。
その珍しい姿に私とマユミが顔を合わせる。
「そうね。……ラジコンって分かるわよね?」
ネリーお姉さまが足を組んだ。
かなり踏み込んだ本音を話してくれそうな、その佇まいに対して、こちらは逆に姿勢を正す。
……ラジコン、ラジコン。
私は古い記憶を呼び起こす。
「……昔何度か競争させられたことがあるわ」
その一言に飲んでいた紅茶を噴き出しそうになるお姉さま。
隣ではマユミがむせていた。
その光景をありありと思い浮かべることが出来たのだろう。
「そう、そんなこともあったのね」
その笑みは先程の人を馬鹿にするかのようなモノではなく本当に心から穏やかな。
私としても懐かしい思い出なので思わず笑みが零れる。
「コータ君はラジコンを動かすとき、車の前を歩いていたかしら?」
「後ろを歩いていたわ。当然でしょ? だって何かあったら対処しないといけないんだから。何につまずくか、どこでひっくり返るかわからないし」
お姉さまは我が意を得たりと言わんばかりに頷く。
「――そう、その通り。男もラジコンと全く同じなの。どこで何につまずくのか分からない、突然意味不明な動きをしたりして本当に予測がつかないの。だから女がちゃんと後ろから見張っておかなくてはいけない。……夫に何かあったら妻である私たちが何とかする。……ねぇ、それが『出来る女』というモノではなくて?」
すこーんと頭に入ってきた。
私の驚く顔を笑顔で覗き込んでくるお姉さま。
その目は私を一人の女性を見てくれていた。
ネリーお姉さま! 素敵!
そっか! 私はコータの妻なんだ。
私がコータのやりたいことを支えなければいけないんだ!
それが出来るのは私だけなんだ!
自分がどれだけちっぽけなところにハマっていたのかを思い知らされた。
「いい? 夫の手綱は絶対に外さない、それは妻としての常識。……だけど強引に引っ張ってはダメ。まずは彼が行きたがるところに行かせてあげなさい」
モモとして散歩をしていたとき、幼い頃のコータは私のことを力いっぱい引っ張っていたのを思い出す。
決まったコースを離れると半分泣きそうな顔でオロオロしていた。
それが申し訳なくて元の道に戻ったのだけれど。
「本当に都合が悪ければ、そのとき、さりげなく引いてちょっとだけ軌道を修正してあげればいいの」
パパさんと散歩に行ったときは本当にそんな感じだった。
ちょっとぐらいの遠回りは許してくれた。
だけどダメなときはダメ。
そういうときは私も潔く寄り道をあきらめた。
つまりそういうことなのだろう。
「彼らの行こうとする方向を読んでおいて、先回りして躓きやすい場所や注意しなければいけないところを把握しておきなさい。……ね? 男ってラジコンカーみたいでしょ? だから付かず離れずの丁度いい三歩後方の距離からちゃんと操作してあげるのが女の務め。アンジェリカもそろそろ『妻としての自覚』を持たないとね? 次からはそのこともちゃんと一緒に勉強しましょうか?」
「はい! お姉さま! これからもどうぞよろしくお願いします!」
私の今までしたこともない丁寧なお辞儀に、隣のマユミは目を見開いていた。
これで秋は終了です。
ようやくネリーを出すことが出来ました。
彼女は以前拙作『2周目は鬼畜プレイで』の番外編の欄外にチラッと書きましたが、本来はそれなりに重要なキャラとして作り込まれた存在でした。
洋風淑女のクロエ、和風淑女のネリーとアリスを支える両輪になるはずでした。
ですがあっさりカット。
結局先に登場していたクロエとその娘のケイトが美味しいところを全部もっていきました。
おしとやかでありながら、男をペットとして扱うメンタル。
私の考えうる最強の女性ですね。
腕力や政治力に頼るのではなく、精神的なマウンティングというか、洗脳と言うか。
良し悪しですが、こういう人も物語に必要かと。
これからもよろしくお願いします。




